第7話 調査結果
「そしたら自分も小麦畑を見学させてくれませんかね?」
「ああ、いいわよ」
その女性に案内されて、俺は小麦畑に向かう。そこには、意外な人物がいた。他でもない。
俺が元々探していた牟田口弘だ。
「牟田口さん、牟田口さんですよね?」
俺は、思わず声をかけた。本来なら、探偵としてこんなやり方はよくないのだ。
依頼人の奥さんに、情報を伝えれば良いだけの話だったのに。
牟田口が、振り向いた。気持ちのいい笑顔だ。よくよく見ると、そこには楓の姿もあった。
そこでは大勢の老若男女が農作業に従事している。楓などは、見るからにへっぴり腰だったが、それでも楽しそうに仕事をしていた。
「君は一体誰なんだい?」
「奥さんの依頼で、あなたを探しに来ました」
牟田口が笑う。
「それを僕に伝えちゃうのはまずかったんじゃないのかな?」
「その通りです」
「ともかくここで会話するのもなんだから、場所を変えよう」
牟田口に連れられて、俺は一軒の家に入った。
「楓さんもいるんですね?」
「知ってるのか? 彼女の父親も依頼人かい?」
「違います。調査の途中で、楓さんも牟田口さんと同時期に失踪したと知りました」
「彼女を連れだしたのは、僕だよ」
牟田口が、そう答える。
「楓ちゃんは父親の暴力で悩んでいてね。僕は彼女を救い出し、ここへ連れてきた。彼女だけじゃない。ここに集まってきてるのは、他にもワケありで逃げてきた者達が大勢いる。家庭内暴力から逃げてきたり、破産して夜逃げした者、色々な職業についたけどどれ1つとしてなじめなかった者、元ホームレス、様々な人達の言ってみれば駆け込み寺だ」
「そしてあなたも、逃げてきた者の1人なんですね」
「その通りだ。ここで農作業に従事して、小麦をはじめ色々な作物を育ててる。この社会でドロップアウトした人達の隠れ家でもあり、低い日本の農産物の自給率を上げる手伝いもしてるわけだよ。日本は農産物を輸入に頼っている。常に安定してそれができるならよいが、戦争や天災や色んな理由で、それが難しくなる可能性がある。一方僕はこの国の自殺率の高さも以前から憂いていてね。色々な理由があるからいちがいには言えないけど、困難な立場に置かれた人間が自死を選んだり犯罪に走ったりする前に、少しでも助けたいと考えたんだ」
「それは失踪しなくても、牟田口商事の社長のままでも可能ではなかったんですか?」
俺は、そう斬りこんだ。
「やろうとしたが無理だったよ」
ため息混じりの回答が戻ってくる。
「そもそも妻は反対でね。女房は悪い女じゃないが、そういう試みには一切関心を持とうとはしなかったんだ。いや彼女だけじゃない。今の日本はカネ、カネ、カネだ。いや昔からそうだったんだろう。少なくとも外国人からエコノミック・アニマルと呼ばれていた時にはね。稼いだ金を福祉に使うなら、まだいい。今じゃ日本の経済格差は広がるばかりだ。『1億総中流』と呼ばれた80年代の日本がまるで夢のような惨状じゃないか」
「確かに格差が小さかったという意味では、当時の方が、まだマシだったかもしれないですね」
「どうする? 僕の件を女房に報告するかね? 楓ちゃんの居場所を父親に連絡するかい?」
俺は、しばし考えた。
「どっちもやりません」
それが、俺の回答だった。
「失礼ですが、私はあなたの奥さんも、楓さんの父親も最初から嫌いでした」
牟田口が、爆笑する。
「通報しない代わり、お願いがあります」
「何だい? 金が欲しいのかな?」
「違います。一銭もいりません。もしも今後社会からドロップアウトして、救いを求める人が俺のそばに現れたら、ここへ匿っていただけませんか?」
「いいだろう。いつでも歓迎するよ」
俺と牟田口は、握手して別れた。