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夜泣きカツ丼 【WEB】

作者: 雨澤 穀稼


   夜泣きカツ丼


 しんしんしんと降るさざめ雪……真っ白なる霧のベールに包まれ、オート三輪に繋がれた赤提灯揺れる古びた屋台。

 何かに取り憑かれたかのように、カツ丼を貪り食う壱人(ひとり)の男がいた。

 とあるプロジェクトの成功を祝う会の後、彼の消息を知る者は誰も居ない……。


 課長が半分持ってくれると太っ腹発言から、アゲアゲ気分は水もの天は急げ急がば廻れ、あれよあれよと話しは纏まり……その数時間後同僚達と居酒屋ドンちゃんで、ドンチャンドンチャンした後……弐軒目(にけんめ)のがっつりダイニング呑も呑もマンマで宴も竹縄、もうそろそろお開きかなと自然とそんな空気が漂っていました。


 休憩入りま〜す!

 今忙しいからもうちょっと待ってくれよ?

 時間何で、そこんとこはキチッとしたいんで!

 分かったよ!

 百禽(ももどり)さん、何時もの出来てます?

 そこの持ってって!

 どうも。


「先輩! もう壱軒(いっけん)行きましょう!」


「お前さ……壱軒目(いっけんめ)からへべれけだったけど……ここでも結構飲んでるよ? 大丈夫かよ?」


「大丈夫っすよ! ほら……全然シャンとしてますから……(ふらふらふら……)」


 ドンガラガッシャーン!

 ガラガラガラ……パリンパリンパリン……。


「おいおいおい……勘弁してくれよ? 楽しい会が台無しだよ……全くさ!」


「大将! おしぼり!」


「お客さ〜ん? 勘弁して下さいよ? キミちゃ〜ん! かたしといてぇ!」


「ええ〜っ! は〜い! 後で!」


「今! 今! 今! 今だよ!」


「こっちも人足りて無いんで、目壱杯(めいっぱい)ですから! 無理ですよ〜っ! 誰何ですか? 大量の大盛りギガ海苔塩ポテトを、30分おきに注文するお馬鹿さん達は? 揚げるの面倒臭いっつうの!」


「キミちゃ〜ん……聞こえちゃうよ〜……良いじゃん! 良いお客さんだよ〜! 有り難いよ!」


「瞬くんさ? よく平然とこの状況で携帯見ながら、漁師さんの賄い丼キミちゃんスペシャルぱくついてられるわね? あんた休憩切り上げて、かたして来なさいよ!」


「自分、今、休憩時間何で……そこんとこの線疋せんびきは、きっちりしたいんで……すいません!」


「お〜い! キミちゃ〜ん! かたしてよ〜!」


「政さん文句ばっかじゃ無いですか! どうせ暇何でしょ? 自分でかたしちゃえば良いじゃ無いですか? ポテト焦げちゃいますから!」


「馬鹿野郎! こっちも大変何(てぇえへんなん)だよ! つべこべ言わずにかたせつうんだよ!」


「はあ! わたし! 野郎じゃないですし! 馬鹿でもありませんから! 今日は上がらせて頂きます! あれこれ作りかけとか、天もの揚げてますけど……後は知りませんからね! 政さん!」


 そそくさと黄色い前掛けを外し、バンと台の上に叩きつけ中弐階の物置兼ロッカールームへと駆け上がる……。

 バタン! タッタッタッタッタッタ……カンカンカンカン……バタン!


「おい! 待ってよ! キミちゃ〜ん!」


「大将! お開きにしたいからさ! このままでも構わないか?」


「すいません! そのままで構いませんから」


「オヤジ! ワカサギくれ!」


「あっ……はい! ワカサギ壱丁(いっちょう)!」


 し〜ん……。


「お〜い! キミちゃ〜ん! ワカサギ入ったよ〜っ!」


 知らないわよ! 政さん揚げればいいでしょ! ポテト早く上げないと真っ黒ですよ!


「オヤジ! 早くしてくれよ!」


「へい! ただ今……」


「大将! おあいそ!」


「へ〜い! 少々お待ちを……お〜い! キミちゃ〜ん! 臨時ボーナス出すからさ下りてきてよ〜! 機嫌直してくれよ〜……頼むからさ〜……」


「オヤジ! ビール大、参っつな!」


 あははははは……。


「あっ……は〜い! ビール参っつですね! あ〜……ポテト揚がりすぎだよ……いけるか? ……いけるな!」


 プチプチパチパチ……ザッザッザッ!


「ん〜……芋けんぴみたいにカッチカチだよ? 焦げ過ぎだよな……やっぱり駄目だな、何品(なんぴん)あんだよ?」


 チン! チン! チン!


「大将! おあいそ頼むわ……」


「は〜い! 壱寸(ちょっと)待ってて下さいな!」


「ちわ〜す! 拾人何(じゅうにんなん)だけど、今から大丈夫っすか?」


「あっ……奥空いてますんで、どうぞ!」


「キミちゃ〜ん! 降りて来てよ〜!」


「おやっさ〜ん! シェフの壱押し絶品ふわとろキングオムライス、何時になったらくるんだよ〜っ!」


「ビーフストロガノフも来てないぜ!」


「桜鯛の塩竈鯛飯、何時までまたすんだよ!」


「お〜い! ビール早くくれよ!」


 チン! チン! チ〜ン!


「おあいそ早くしてくれないか?」


「課長! ご馳走様です」


「おう!」


「また明日ね!」


「課長! こいつもう足腰立たないんで送ってきますわ!」


「そうだな! タクシー頼んだの、まだだろ?」


「外でこいつの頭冷やさせますんで!」


「先輩! もう壱軒(いっけん)どこ行くんですか?」


「いいとこだよ! ほら行くぞ! 獅噛(しがみ)み付くんじゃない? ほら歩けるだろ?」


「大丈夫っす! 大丈夫っす! 歩けますんで!」


「今夜はやけに霧ごんでな……?」


 おっ! 良いタイミングでタクシー来た!


「お〜い! タクシー! お〜い! お〜い!」


 ブーン! キキキキキィッ……。

 ガチャ!


「お弐人(ふたり)ですか? どちら迄行きましょうか?」


「ああ! ほれ! 乗った乗った!」


 バタン!


「かなりへべれけな様子ですけど……大丈夫ですかね? 汚されると後、大変(なん)でね?」


「ヤバそうになったら止めてよ! エチケット袋位つんでんだろ! 何枚かくれないか?」


「有りますけどね……はいどうぞ!」


「すまない! ありがとう!」


「どちらまで参りましょか?」


「何処だっけな……あっ! 運転手さんさ! 昔、豚カツの豚太郎があったとこ知ってる?」


「存じております。分厚い大判カツの太鼓判が有名でしたよね!」


「こいつん()、そこの弐階(にかい)だからさ!」


「少し粗めのシャキシャキ季節のキャベツに、豚太郎特性のドレッシングが絶品でしたね!」


「そこまで頼むわ!」


「わたしはね、あそこのカツ蕎麦が好きだったんですよ!」


「先輩! 次は何処行くんすか?」


「何処も行かね〜よ! お前んとこ送ってくからな?」


「いやですよ〜! もう壱軒(いっけん)行きましょうよ! ねえねえねえ……先輩!」


「それにね! あそこの自家製焙煎焙じ茶が最高でしてね!」


「運転手さん? 豚太郎談義は、後で良いからさ? 兎に角出してよ!」


「はい! では出発進行致します!」


 ガッチャン! ギギギギギ……。

 ブロロロロロロロ〜……。


「せ……先輩……気分悪り〜す……」


「おい! 勘弁してくれよ! ほれ! 此れにしろよ! 全くさ!」


「嘘ですよ〜!」


 ポカン!


「何すんすか? 殴る事無いでしょ?」


「やっていい事と悪い事とかあんだろ! 馬鹿! 時と場合を考えろっつんだよ!」


「お客さん! 本当に大丈夫(なん)ですか?」


「ああ! 大丈夫みたいですから! 済まないな!」


「何処か? お店にご案内した方が宜しいですかね?」


「いやいやいや……豚太郎でいいから! 頼むわ! こいつをとっとと放り込みたいからさ!」


「そうですか……分かりました」


 グ〜! グゥ〜……。


「何だよ? 寝ちまいやがったよ?」


 ググゥ〜……グゥ〜……。


「いい気なもんだよ……全くさ……」


「お客さん……この時間だと、この先工事で通行止めですね! 回り道しても良いですかね?」


「そうなの? じゃあお願いします!」


 グゥ〜グゥ〜……ググゥ〜……。

 カッチ! カッチ! カッチ!

 ブウゥゥゥ〜……。


「すいませ〜ん! 紅タクシーですが、どちら様が呼ばれましたか?」


「毎度有り難う御座います! またのおこしをお願いします! お客さんとこじゃ無かったすかね? タクシー呼ばれたの?」


「運転手さん! 外に呑んだくれ連れて、弐人(ふたり)立って無かった? 頭冷やすって先に出たんだけどな?」


「いえ……外は誰もおられませんけど……?」


「本当に……? 彼奴何処まで頭冷やしに行ってんだよ?」


「誰も歩かれて無かったようでしたけどね? 雪はチラチラ降ってますけど見通しは良いですからね今夜は?」


「あれ〜……検問ですかね……? 情報来てなかったけどな……?」


「霧でよく見えないけど……何かやってるね?」


「そうですね……嗚呼! 事故してますね? 警官が立ってますね??」


 キキッ!

 ウィ〜ン……。


「ここ通れ無いんですかね?」


「この先でね! トレーラーがね! 横向きに突っ込んじゃっててね! 道路塞いでんだわ! 等分さ通れそうにないからね! すまないけどUターンしてもらえるかな?」


「そうですか? 分かりました!」

 

 ウィ〜ン……。

 ブロロロロ〜ン……。


「お客さん! 壱寸(ちょっと)と遠回りになりますけど……小学校の方から、山道抜けさせてもらいますよ!」


「仕方無いよな? ここ塞がれちゃな? 頼むわ!」


「視界悪いよな……」


「そうですね……視界20m位ですかね?」


「へぇ〜こんな山道の抜け道があんだな? 初めて通ったよ!」


「元は林道でしたからね! 今はバイパスがありますから、ほとんど通る方は無いんじゃないですかね」


「だろうな……ここ通るとさ? どれくらいで着きそうなの?」


「そうですね……30分位ですかね?」


「ああ……そんくらいで着くんだ」


「運転手さんさ……ハンドル握って長いの?」


「いえ……まだまだかけ出しですけどね……お時間頂けるんなら、お話し致しますけど……長くなりますけど……良いんですか?」


「えっ……訳ありなの?」


「いえ……訳ありって分けでも無いんですがね

……訳ありと言えば、訳ありですかね〜……」


「重たいのとかは簡便だよ」


「あ〜……じゃあ駄目ですね!」


「えっ……重量級なの?」


「うちらのとこは、結構訳あり多いんですよね」


「そうなの?」


「私なんかぺーぺーは、全然序の口ですからね!」


「聞いて見たい()半分、面倒臭そう半分(なん)だよな? 面白そうな話し壱杯(いっぱい)あんだろな?」


「沢山御座いますよ!」


「よくこの霧の中、九十九折(つづらおり)を喋りながらハンドル切れるねぇ……関心するよ!」


「この道は結構使わせて頂いてますんでね! 躰に染み込んでるんですかね! あははははは……」


 フンッ!

 キキキキキィ!

 ズザザザザァッ!

 ブフォンブフォン……ギシギシ……!

 ガッコン! ガッコン!

 ドン!


「おっ! あたたたたぁ〜……」


「済みません」


 ガッコン! ガッコン!


「おい岸本(かしもと)! 大丈夫か?」


「お客さん大丈夫ですか?」


 ガッコン! ガッコン!


「こいつ座席の下に、滑り落ちても寝てやがるよ! いつの間にシートベルト外したんだよ? 全くさ油断も好きもねぇや! ほら! 起きろよ! 重てぇな!」


 カッチン! カッチン! カッチン!

 ガッコン! ガッコン!

 カチン!


「そんなにスピードが出てたわけじゃ無いから大丈夫だけどよ? 壱体(いったい)どうしたんだい?」


 ガッコン! ガッコン!

 カッチン! カッチン! カッチン!


「ちょい先で木の枝が、車道の方に倒れて来たのが見えましてね! 急ブレーキ踏んで済みませんでした。ちょっと待ってて下さいね! 枝を退けて来ますんで!」


「ああ……」

 

 ガッコン! ガッコン! ヴゥヴォヴォヴォヴォ……。

 カッチン! カッチン! カッチン!

 バタン……ザッザッザッザッザッザッ……。


「よくこの霧の中分かったよな! どんだけ目が良いんだよ。壱大事(いちだいじ)にならなくて良かったけどよ?」


 カッチン! カッチン! カッチン!

 ガッコン! ガッコン! ブゥヴォヴォヴォヴォ……。

 グゥ〜グゥ〜……。


「良く寝てられるね? 明日起きたら謎の痛みに悩まされる奴だよな?」


 カッチン! カッチン! カッチン!

 ガッコン! ズブブブブ……ガッコン! ズブブブブ……。

 グゥ〜グゥ〜……。


 カッチン! カッチン! カッチン!



「おい! 着いたぞ! 降りるぞ! 運転手さん壱寸(ちょっと)待っててよ! こいつ部屋に掘り込んだら直ぐ降りて来るからさ!」


「はい! お待ちしております」


 バタン!


「済まないね……結構待たせちゃったな? 部屋の鍵が中々見つかんなくてさ!」


「どちら迄行きましょうか?」


言祝屋(ことほぎや)の近くのタワマン知ってる?」


「嗚呼! インフェルノですか?」


「頼むわ! 少し小腹空いたな? この時間だからな……」


「屋台で良いとこありますよ! 通り道で!」


「屋台(なん)てやってるとこあるんだ?」


「ええ! 夜泣き屋って、カツ丼やってるんですよ!」


「屋台でカツ丼かよ、初めて聞くな! 面白そうだな、そこよってよ!」


「ハイ! 了解いたしました。出発進行!」


 カッチン! カッチン!

 ブウゥゥゥ……。


 お化けタクシーと書かれた屋根に灯る、お化け提灯がベロリと舌を出し濃い霧の闇夜の中へと消えて行きました。

 夜泣きカツ丼を食した者はその生涯を閉じた後。

 豚へと生まれ変わりして、夜泣き屋のカツ丼の食材となりて、その連鎖が延々繰り返されているとかいないとか?

 (など)とまことしやかな噂が都市伝説として口伝えに囁かれているとかいないとか……それは知る者のみぞ知る噂の噂なのであります……。

 ふとした日常の隙間に霧と共に現れる、お化け提灯のタクシーをお見かけましたならおきおつけ遊ばせましな。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 賑やかな雰囲気の飲み屋描写が楽しい。不思議なタクシーと不思議な屋台の描写にゾワッとしなきゃいけないのに、ほっこりしてしまいました(*´艸`*) 中心点を決めながらも全体を見下ろす感じの描…
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