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姉妹スイッチ  作者: 中尾
第二章
7/12

正義の槍③

「母がいなくなったのは、私が五歳の頃です。


 マナが生まれてすぐのことでした。理由は分かりません。父も話したがらないことでした。


 両親の仲は良かったように感じます。


 しかし気が付けば、母は家を出て行き、父と私とマナの三人で生活をしていました。


 喧嘩ということはないと思います、ともかく私も詳しくは分かりません」



「父親から聞いたことはないのか?」


「一度も。ただ」



 マミは言葉を区切った。「母が出て行ったのは、計画性がなかったように思います。突発的な行動でした。誰も予想してなかった」



「急に家を出る事情ができたと?」

「想像です」


「その日の詳細を覚えているか?」


「よく晴れた日だったと思います。


 いつものようにお母さんから起こされて朝ご飯を食べていました。朝ご飯を食べた後、生まれたばかりのマナのご飯をあげる役目があったので私はミルクの準備をしていました。


 その間マナのことをあやしていたお母さんが急に私を抱きしめました。……変な笑顔でした。



 そして今日は少し用事があるからと外に出たっきり帰って来ませんでした」



「五年以上前のことをよく覚えているな」



「それはもう忘れたことはありません」マミはきっぱりと言った。「お母さんの表情も、その後全てを知ったお父さんの態度も」



「良い情報提供感謝する」

 遠州は、手帳に書き込んだ。“突発的な行動”



「妹の方は? なんでもいい、話してくれ」

「お母さんの記憶なんてない」


「柳さんとしてでもいい」


「柳さんとして?


 うん、いい人だったよ。


 時折異常なくらい気にかけてくれる人だなって思ってた。お小遣いも誕生日プレゼントも、たまに会った時に必ず渡しておいてくれた。


 マミの分も漏れなくね。今思えば親として私たちを思った行動だったんだね」


「変なことを言う。家を出ていった彼女に、どうして親としての行動を想像できる?


 育児放棄と思ってもおかしくはない」


「そうだよマナ。変だよ」

「多分逆だよ」「逆?」



「親として離れたんじゃないかな。一緒にいるだけが、お母さんじゃないし」



 キュッとマミの胸が痛んだ。

 そうだろうか。マミは一緒にいることこそ家族だと思っている。


「私も詳しい事情は何も知らないし、柳さんとしてもお母さんとしても話したのは少しだけ。


 何か思わせぶりな言葉を聞かせてもらったこともなかった。それでも、柳さんがお母さんだって言われて納得できた。


 お母さんとしてそうあるべきだってどんな風に思われても、それだけで十分だと思う」



「ませた小学生だな」遠州は、マナの背中のランドセルを見て言った。


「ありがとう」マナは舌を出した。


 “育児放棄ではない”と手帳に書き込んだ遠州は、立ち上がった。


「ご協力感謝する。もう学校へ行って良いぞ」



「今日は行かないよ」マナはマミの手を掴んで言った。「今日はお休み」



「目の前で不登校がいてみすみす放置するとでも?」遠州は目を細めた。



「お母さんが殺された。


 本当は関わらない方がいいけど、それじゃちっとも納得できない。


 犯人を見つけるためにできることはなんだってしたい。犯人は今どこかでほくそ笑んでいるのかもしれない。大手を振って街中を歩いているのかも。


 それが許されていいわけがない」


「……それはこちらがやることだ。その思いを肩代わりする」


「違う。誰かにしてもらえば満たされるの?」



「……じゃあどうするつもりだ? ガキ一人がどうこうできる問題ではないことぐらい、やけに賢いお前なら分かっているんだろ?」



「……遠州もついてきて。大丈夫、きっと私役に立つ」


 マナの主張にマミは大げさに首を振った。


「何勝手に言ってるのマナ。学校行くよ」


「マミは学校行ってて大丈夫。私は遠州と聞き込みしてくるから」

「馬鹿言うな」「ばか」



 同時に発せられた言葉を無視するように、マナは続けた。



「警察より子供の方が都合いいことあるでしょ」



 マミはパチパチと瞬きした。


 好奇心がマミの心をじわじわと蝕む。


 最近見た探偵小説みたい。冷静沈着で大人顔負けの魅力を持つ中学生少女が新米警官を助手とし、事件を解決する物語。


『カナは全てお見通し‼︎』のようだ。



 “「私のことをたかが中学生だと、そうお思いになりますか? 頭のおかしい中学生だと。


 ……とんでもないことでございます、私はそれほど度し難くはありません。


 頭が狂った時代外れの化け物でもございません。私は真実を知る者として、事件解決を目指しているのでございます。



 私の瞳は全てを筒抜けにしてしまう。圧倒的なこの力で世の中にいる化け物どもを、亡き者にしたいだけなのです。


 人を殺しておいて、自称人間などふざけている化け物は、私が必ず葬りましょう」


「……そこまで言うなら問おう。犯人は誰だ?」

「簡単なことでございます。


 えぇ、それはもう確かなことです。犯人はこの誰も知らない事実を知ってしまった者なのです。


 この事実に気が付けた者は誰か? この事実に腹を立てる者は誰か?


 それはつまりずっと我々の側にいた者です。


 我々の側でその事実を知り、それでもなお冷静さを保てる者は誰か? 


 ……犯人はあなたですね」”

(『カナは全てお見通し‼︎』より参照)


 マミは探偵というものに憧れた。


 事件の謎を解く快感を知ってしまった。真実という魅惑的な言葉がマミを捕える。


「危ないことだと分かって言ってるか?」

「だから遠州もついてきてって言ってる。聞きたいことは教えてくれれば聞くし。


 こんなに聞き込みしててそれでも不審者が見当たらない。じゃあ犯人は近くに住んでるに決まってる。


 そもそも知らない公園で殺したなら、犯人だって死体を隠すとか、とにかくなんだって隠蔽工作するはず。


 それをしてないってことは、あの公園が近道として使われてて、人がよく中を通る公園だって知ってる人。


 公園を近道として通るのは、あの周辺の人たちみんな知ってる。



 公園周辺で、柳さんの知り合いなんて、私たちの家の周辺の人しかいないよ」



 マナの言葉は全てムムからの指示だった。



 そして押しに弱い遠州に対し、マナは続けた。「早く行こう」




「……ひとつ、危なくなったらその防犯ブザーで鳴らすこと。

 ひとつ、お前らが聞くのはあくまでも柳さんについて。お前らの母親だったってことは黙ってろ。


 できるか?」


「ありがとう、遠州」

「さんをつけろ。さんを」



 遠州は折れた。


 彼女たちは自分が何と言っても聞かないだろう。そもそも殺された女が母親であったと告げたのは、彼女たちにも危険が差し迫っているということを伝えるためであった。


 そうでなくては誰が他人の家族の問題に入り込むようなことをするだろう。


 犬に蹴られることもごめんだというのに。



 しかし遠州が思っている以上に、いや少なくとも遠州が想定していた以上に彼女たちは頭がおかしかった。



 小学生の割に大人びたガキ。


 言っていることは最もらしく、しかしそれは事件に関わるために相反する感情を言っているように見える。


 つまり、本音を言えば関わりたくないが仕方なく関わろうとしているみたいなのだ。


 意味が分からない。理解も出来ない。自分の子どもの頃はどうであっただろう。


 比べるまでもなく、自分の方が子どもだった。


 なんなら今でさえも。



 そしてもう一人のガキ。

 彼女は年相応の反応をする。そりゃ妹よりかはだいぶマシではあるが、それでも彼女も同様に狂っている。


 口では妹を止めようとしているが、しかし彼女の心臓は事件解決を欲している。


 胃の中は好奇心で一杯になってしまっている。自分達の母親が殺されたというのに、この態度。


 何かに幻想を抱いているのだろうか。それとも未だに自分の母親が死んだことに気がついていないのだろうか。



 どちらにせよ、彼女たちは明らかに狂っている。



 だからこそ賭けたのだ。


 狂いまくった二人はよく似ている。

 狂いまくったあの探偵に。




「遠州さん、よろしいんですか?」

 近くで事の末を聞いていた警察官が遠州に尋ねた。


「断って勝手にされるのと、果たしてどっちがマシだ?」


 警察官は黙った。

 それはそうだ、結果は決まっている。


「知らない間に犠牲者が増えるよりマシだろう。


 我々がすべきことは事件解決ではない。


 善良な一般市民を守ることだ。犯人を見つけて喉を絞めるのは被害者がやることであって、我々ではない。


 犠牲者を出すな、これ以上の被害者を産むな。


 ……すまないが、捜査の指揮は頼む。俺は子守りをする」



「承知いたしました。長官」

 警察官は敬礼をした。

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