正義の槍①
事件の次の日、学校へ行こうとしていたマミとマナの行く手を一人の警察官が阻んだ。
玄関の近くで待っていたのだろう、手には使われなかった傘が握られている。
体格の良さそうな背格好に手首だけはだけはやたらと細い印象を受ける。瞳は薄く細められ目尻に皺が出来ている。少し野暮ったい唇と整えられていない不恰好な眉毛が印象的だ。
「こんにちは。新垣マミちゃんで間違いはないかな?」
「……はい」
「それはよかった。昨日は大変な目にあったね、ちゃんと寝れただろうか。
こんな事件を未然に防げなかった私たちは申し訳なさでいっぱいだよ。江ノ市民を守ることが私たちの仕事であり、それがこうして達せられなかったことについては重く受け止めている。
私個人として、そして警察全体として謝罪させてほしい」
大げさにそして優しげに警察官は続けた。「そこでだ、事件解決のためにちょっと警察署に来てほしい。
拒否権はもちろんあるんだができれば選択してほしくないと思っている。私たちから挽回の機会すら奪わないでほしい。
当たり前のようだけれど、もし来てくれるのなら学校に事情を伝えておこう。約束するよ」
マナは昨日ムムから送られてきたショートメッセージを思い出した。
“おそらく事件後すぐに警察がやってくる。彼らは君のお姉さんからさらに詳しい内容を聞こうとするだろう。”
「分かりました。マナ、一人で学校に行ってて」
「……私も行く」「ばか」
“そうなれば君も一緒に同行してほしい。そして遠州という名の彼に会って聞き込みをするよう促すんだ。
君の携帯を通話状態にしてその聞き込みを私が聞く。
多分遠州さんのことだから最初は否定されるだろうけど、粘れば勝てる。
彼はそういうことに弱いんだ”
“どうやって同行するの?”
“それはマナちゃんの腕の見せ所だよ。お姉さんに口添えしてもらうか、それともマナちゃん本人が警察に納得させるか。好きな方を選ぶといい”
“やけに適当だね”
“どうせついて行くことになるって思っているからね”
“それは勘?”
“いや決定事項だ”
マナはマミを見つめた。透き通ったベージュ色の瞳。マミの少し色素が薄い感じと相まってとても神秘的だ。
マナは姉の瞳の色が大好きだった。
「私が殺されてもいいの?」
昨日事件が起きたばかりでその言葉はずるい。
警察官は少し困った顔をして、マナに語り掛けるようにしゃがんだ。
「大丈夫、ここ周辺に私達警官がたくさんいる。危ない人はもうやって来ることはない」
マナは警察官の方を見向きもしない。マミの手を引っ張るとぎゅうっと握った。「マミ、お願い」
こうなってしまってはてこでも動かないことをマミは知っていた。ハァとため息をつき、マナの手を握り返す。
握られた手は確かに暖かい。
「すみません。二人で行くことは可能ですか?」
「それは……」警察官は言葉を濁した。
そりゃそうか。マミは困ったように下を向いた。しかしそんなマミとは打って変わって、警察官は笑顔を作った。「お姉さんのそばで、いい子にできる?」
マナはその時初めて警察官の顔を見た。「うん!」
「分かった。じゃあ二人で行こう」
「いいんですか?」
「君も、一人じゃ不安だろうからね」
大人というのは、どうしてこうもあるのだろう。
マミは頭を下げた。「ありがとうございます」