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姉妹スイッチ  作者: 中尾
第二章
4/12

今日もどこかで雨が降る③

 その日の夜マナは電話をかけた。相手は深夜であるにもかかわらずすぐに電話に出た。


 まるで電話が来ることを知っていたみたいだ。


 マナは嫌な気分になった。


「はい」

「私、マナ。……家の近くで殺人事件が起きた。解決して」


 電話の相手は耳と肩で携帯を挟みながら目の前のパソコンでカタカタと検索をかけた。


 該当する事件は一つ。なるほど殺人事件か……。


 つまり。


「……交渉成立というわけだ」

「条件がある」「聞こうか」

「期間について。解決は早くしてほしい」

「なぜ?」


 そう言われ、マナは少し息を整えた。


 姉であるマミの表情を思い出したのだ。恐怖で怯えていた。さらには気持ち悪そうにしていた。


 なんとか我慢している姿もけなげで、それ故に苦しかった。


 姉は無茶をしすぎる。それはときとして美徳かもしれないが、姉のためを思えばそれは不必要なものだった。


 マナは頭を振った。


「それを言うメリットがない」

「……承知した。依頼の確認をしよう、短期間での事件の解決。それで問題はない?」

「うん」「しかし早い解決となると……お手伝いしてもらいたいね」


「お手伝い?」


「君らが、いや、君が情報提供してもらうというのはどうだろう? 君なら警戒されず話を聞くなんてわけないだろう。そして私は、貰った情報をもとに推理する。


 自分の足で情報収集をしない理由を聞きたいだろうが、とても単純なことで探偵は警察に煙たがられてしまうからね」


「煙たがられる原因は、その性格でしょ」

「手厳しいね。しかし警察内部の情報を私はよく知っている。彼らが何を狙っているのか、何のために行動するのか。


 私の指示通りに動いてくれれば警察には簡単に取り入れる。


 特に現警察長殿に関しては私は誰よりも知っている自信があるよ」


 マナは最近マミの本棚に増えた本を思い出した。ファンタジーや絵本が好きだったはずのマミの嗜好。


 しかしいつしか“~~事件”や“名探偵シリーズ”と書かれた本が増えていた。嗜好が変わってきたのだろうということはすぐに分かった。


 マミはワクワクしている。


 マナは気がついていた。目の前で人が死んで近所に警察が聞き込みをしている今の状況に、マミは楽しんでいる。


 それはもはや冷静ではいられなくなった彼女自身が導き出した答えなのだろう。


 セーフティを外すことで自我を保つのだ。そうすれば恐怖心の底は抜け、好奇心へと置き換えられる。


「うん、捜査は協力する。早めに解決できるなら、それでもいい」

「オーケー、君は本当に頼りになる。三日だ、三日で片をつけよう。


 詳細はショートメッセージに送っておくから、よく読むように。


 分からないことがあればいつでも連絡してきて構わないけど、まぁ、詳しいことはそのときに」


「なんでそんなにお父さんのこと知りたいの?」

「それは純粋な疑問? それとも何かお父さんについて気がついたことでもあるのかな?」


「そんなつもりじゃないけど」マナは付け加えるように呟いた。「気にはなる」


「そんなに気にすることじゃないよ。君たちのお父さんは有名な方だろう? 有名人について色々と知りたくなってしまうんだよ。


 仮にも江ノの“英雄”と呼ばれている彼は、果たしてどんな風に子どもと接しているのか、家庭ではどんな顔をしているのか、私生活はいかようか、お風呂ではまずどこから洗うのか。


 私は気になってしょうがない。


 それが例え法外なことでも、私は構わないと思っている。私の知的好奇心を満たしてくれるのなら、なんでも」


「嘘ばっかり」

「ふっ、ばれた?」電話の相手は笑った。「本当は彼を陥れたいって言ったらどうする?」

「別にいいよ、それでも」


 マナはクルクルと自分の髪を指で回しながら考えた。


 父親が不祥事を起こしたとして、何か私たちに関係があるだろうか。


「苦労してるんだね」

「……君本当に小学生? 近頃の小学生はどうしてこうも私の予想外に成長しているのだろうね」


「そう? 普通だよ」マナは舌を出した。

「お父さんについて調べ終わったら、君のことを調べるとするよ。それじゃ、おやすみ」



 電話を勝手に切ったのち、マナの電話相手であるムムは事件について確認するためにパソコンを操作した。該当する記事は一件。


 ”6/3 江ノ警察署によると、午後4時27分ごろ、江ノ中央公園で刺殺体が発見されました。警察は身元の特定を急ぐとともに、事件の詳細を調べています。第一発見者によると、刺殺体の傍には、女子中学生がおり、事件と何らかの関わりがあるとして……”


「これが、マミちゃんのことか」ムムはふぅっと息を吐いた。


 昔は好きだったはずだ。


 江ノで起きる全てのニュースをチェックしようとネットに張り付いていた。捜査のためと一日中外に出かけたこともある。あんぱんを食べながら尾行した。


 もう昔のことだ。


 それが今やどうだろう。外に出ることすら面倒くさい。


 どういうわけかムムは自身の心情の変化に気が付いた。


 心を引っ掻き回して止められなかった好奇心が、今ではなりをひそめている。原因は分かりきっているが、しかし対策する術はない。


 それでもきっとこの事件が解決すればそれも改善するとムムは信じていた。


「本当は怪盗になりたかったんだけど」

 誰もいない部屋でムムは静かに目を閉じた。

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