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姉妹スイッチ  作者: 中尾
第二章
3/12

今日もどこかで雨が降る②

 警察官はマミからは何の情報も出ないと悟り、そしてあまり引き止めるのも良くないと同情も込めてすぐにマミを解放した。


 混乱したままのマミは警察から解放されたあとも、何分かは惚けていた。


 しかし妹の迎えにいくしかないマミは、家にも帰らずそのまま迎えに行くことにした。


 途中で何回か口をゆすいだが、意味なんてなかった。



 なぜならマミの喉には常にあの死体になってしまった彼女がいたからだ。



 待機児童所にいた妹マナを迎えに行くと、園長先生が出てきた。


 いつも子どもたちに追われている園長先生はピンク色のエプロンをいつも不恰好に着ている。


 肉体労働を強いられている彼女には化粧をする余裕もなければエプロンを綺麗に着る暇もない。


「随分と遅かったけど大丈夫?」

「ごめんなさい。先生」

「いいのいいの。ほらマナちゃん帰る準備万端で待ってたから」


 園長先生が指し示す方向には、ランドセルを背負いながら器用にも本を読むマナの姿があった。


 腕に給食当番の巾着まで引っかけ、黄色い帽子を付けている。


 マミが来たらすぐに帰れるようにと工夫してはいるものの、ただ待つには時間がありすぎたため本に手を出したのだろうと推測できた。


 マミは少し申し訳なくなった。


「マナちゃん、お姉ちゃん迎えにきてくれたわよ。

 ……ほら本はそこに置いておいて構わないから。じゃあ、気をつけてね二人とも」

「園長先生さようなら」

「はい、さようなら」



 しばらく二人並んで歩いていたが、マミは沈黙に我慢ができなくなった。


 黙ってしまうとどうしても脳裏に彼女の死に顔が浮かぶ。そしてそのまま倒れてしまいそうになるのだ。


 マミは何も聞いてこないマナに聞いた。


「ねぇマナ、聞いてほしいの」


 マナはついに話すかと安堵した。


 実のところマミの様子がおかしいことは既に気がついていた。しかし姉であるマミは自分のことを語りたがらないところがあり、それを自ら言おうとはあまりしない性格なのだ。


 今回もそうでないかと不安だった。こちらから聞くのもいいがしかし、それは最終手段だと決めていた。


「どうしたのマミ」

「私今日……」喉が渇いて仕方がない。


 皮膚同士が引っ付いてしまいそうだ。


 マミはまた気持ちが悪くなった。「マミ? ……無理しなくて大丈夫。ちゃんと聞くから。今日何があったの? 教えて」


 くりくりとした大きなマナの瞳がマミを映す。薄ピンク色の瞳は、同じ親から生まれながらどうしてか手に入れ難いほど美しく見えた。


 自身の瞳は砂色のようで、生まれたときからそれが嫌だった。


 マナが羨ましいとは思いつつもそれを口に出したことはない。他人ましてや妹と比べて卑屈になるなんて、自分の性格が悪く感じてしまうのだ。


 マナはそんなことを私に言ったことはない。他人から問われたこともない。


 それでも何か劣等感が頭に付き纏う。

 理由はわからない。



 マナは自分でも気がつかないうちに思春期を秘めていた。



「……大変だったよ」弱音が出た。

「どうしたの? 何があったの?」

「もうすぐで分かるよ」


 二人は問題の公園に差し掛かろうとしていた。


「パトカー?」


 マミが見たときよりも多くの警察官がそこにはいた。公園の中に数名、公園の外に十数名、パトカー付近に数名。いずれも話し込んだり書き留めたりと証拠を集めようと必死だ。


 黄色いテープで公園内に入れないようになっている。


 それはそうか。マミはなんだか変な感動を覚えた。


 まるで小説の中にでも入ったようだ。日常的な風景に差し込まれたその一コマは、セットされた箱庭のようでもあった。


「あれ、なに?」

「殺人事件起きたの。私が発見した」

 その途端マナは大きく目を見開いた。「殺人?」

「うん」


 マナにあまり弱いところを見せたくないと思いつつも、第一発見者という優越感も確かにあった。


 マナはマミの手をぎゅっと握った。


「大丈夫?」

「……うん」

 そしてマミは付け加えた。「簡単に事情聴取されただけ。関係ないって思われたんだろうし」


「それならいいけど……」マナは納得していなさそうだった。

「大丈夫だから」今度ははっきりと言った。


 姉らしく頼りがいを見せようとしたのだ。マミは生まれてこのかた姉らしく振る舞うことが得意ではなかった。


 生まれ持った性質とでもいうべきか、ともかくマナの方がしっかりしているとさえ思うほどだった。


「死んだのは誰?」

「っ……」マミの喉に彼女が映る。


「……知り合いだったの?」

 マナは目を細めた。マミは黙って頷く。

「マナも知ってる……、ほらお向かいの柳さん」


「まさか」

「……間違いないと思う。写真も見たし」

「だからそんな気持ち悪そうな顔してるの」

「そんなに?」

「うん。迎えから今までずっと気持ち悪そうだった。お医者さんに行った方がいいかなって思ったぐらい」

「晩御飯の支度があるし」マミは諦めたように笑った。


「解決しそうだった?」


「……なんとも。詳しいことは知らないの」

「じゃあまた事情聴取に来るかも」

「だろうね」

「……マミ、大丈夫?」


 心配してくれているのがよく伝わった。そしてもはや嘘をつく行為が必要ないということも分かった。「……大変なことになったね」


 それでも大人ぶっていたかった。マミの前ではそうありたかったのだ。


「そうだね」

 マミの誤魔化しにマナは何も言わなかった。

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