剣士バルテ
薬草が採りに行けなくて困っている、とその少女は言った。
母親の治療に薬草が必要なのだが、冬を迎えてその群生地に魔物が出るようになってしまった、と。
「そうか、それは大変だろう」
連れの剣士が心底気の毒そうな顔で少女の肩を叩くのを見て、アルマークは眉をひそめた。
「おい、バルテ」
アルマークは剣士の袖を引っ張る。
「まさか、代わりに採りに行ってやろう、なんて言い出すんじゃないだろうな」
しかし、バルテは当然といわんばかりの顔で頷いた。
「当たり前だろう。俺が何のために旅をしていると思ってるんだ」
「薬草を摘むためじゃないだろう」
「か弱き少女の願いを叶えるためだ」
自分に酔ったようにきっぱりと宣言するバルテに、アルマークは、嘘つけ、と吐き捨てる。
「騎士になるため、とか言ってたじゃないか」
「少女の願いの延長線上に、理想の騎士はいる」
バルテはそう言って胸を張った。
「お嬢さん、薬草なら俺たちが採ってきてあげよう」
俺たち。アルマークは顔をしかめる。
「えっ、採りに行っていただけるんですか」
少女は目を丸くして両手を合わせた。
「ありがとうございます」
「礼は、薬草を採って来てからでいい」
バルテは優雅な手ぶりで、何度も頭を下げる少女を押し留める。
「大丈夫、この“銀の旋風”が受けると言ったからには、魔物などものの数ではない。安心してもらって構わない」
「ああ、本当に何と言ったらよいか」
「何が“銀の旋風”だ」
アルマークはぼそりと言った。
「バルテ、ちょっといいか」
そう言ってバルテの袖をまた掴むと、少女から離れたところにバルテを引っ張っていく。
「どうした、アルマーク」
声が少女まで届かないところでようやく足を止めたアルマークを、バルテは不審そうに見下ろした。
「何の話だ。あの子に聞かせられないことか」
「あの子は怪しい」
アルマークは端的にそう伝えた。
「これは何かの罠だぞ」
「まだそんなことを言っているのか。人を疑いすぎだ」
バルテは呆れたようにため息をつく。
「病気の母親のために、薬草を摘まなければならない。健気な少女じゃないか」
「バルテ、お前だって僕よりも長く生きてるんだ、修羅場だって何度も潜り抜けてきた」
アルマークはバルテのまるで子供のような無邪気な顔を見上げる。
「だから分かるだろう。うまく言葉にはできないけど嫌な感じがする、この感覚が」
「分からん」
バルテはあっさりと首を振った。
「いいか、アルマーク」
バルテは腰を屈めてアルマークに顔を近付ける。
「お前の言う通り、嫌な感じがしたとしてだな。もしそれが勘違いで、本当にあの少女が困っていたとしたらどうする」
「どうするって」
アルマークはバルテを睨んだ。
「どうもしない」
「お前の背負うその剣は、何のためにあるんだ」
バルテは腕を伸ばし、アルマークの背負う子供には不釣り合いな長さの長剣の柄を軽く叩く。
「触るな」
アルマークが嫌な顔をして身を退くのにも構わず、バルテは言った。
「困っている人を救うためだろう」
「違う」
アルマークは首を振る。
「自分の身を守るためだ」
「お前には力があるんだ、アルマーク」
バルテは言った。
「力のある者が、自分のためにしか力を振るわないから、北の戦乱はいつになっても終わらない」
「何を言っているのか分からない」
アルマークがもう一度バルテを睨むと、バルテは身体を起こし、笑顔で言った。
「お前にも分かるように簡単に言うとな、お前が何と言おうが俺はあの子を助けるぜ、とそういうことだ」
アルマークがこのお人よしの剣士と出会ったのは、旅の途中に通りがかったとある街だ。
食事と暖を求めて入った酒場で、アルマークは三人の酔っ払いに絡まれた。だがまるで相手にしなかったアルマークに、酔っぱらいたちは興奮して剣を抜いた。
北の倣いとして、身を守るための殺生に躊躇いがある筈もない。アルマークは彼らを斬り捨てるつもりで剣を抜いたが、仲裁に飛び込んできたバルテが、華麗な剣さばきでアルマークと相手方の双方の剣を防ぎ、けんかを終わらせてしまった。
自分はいつか騎士になるのだと公言して憚らないこの変わり者と、アルマークは行きがかり上、旅を共にすることになった。
その堂々とした奇妙さに興味を惹かれたのも事実だった。
だが、バルテの度を越したお人よしぶりにすぐに閉口させられることになった。
とにかく北での厳しい冬を何とか生き延びて南へ行きたいと思っているアルマークと違い、バルテは道中出くわすありとあらゆる揉め事に自ら進んで首を突っ込んでいくのだ。
そのたびにアルマークはバルテを諫めたが、彼は聞く耳を持たなかった。
「騎士バルテは、己の理想に背を向けない」
それが彼の口癖だった。
そのうちに、揉め事の方から飛び込んでくるようになった。
今回もそうだ。
立ち寄った、村とも呼べない数軒の家しかない集落。
しかも、そのうちの半分はすでに空き家のようだった。
「今日はここの空き家に泊めてもらおう」
バルテのその言葉にアルマークも異存はなかったが、この集落の住民に挨拶を、とバルテが言い出した時には嫌な予感がした。挨拶だけならともかく、このお人よしがそれだけで終わるとは思えない。
そして案の定、そこで出会った少女から面倒な依頼をされてしまったのだ。
「大丈夫、話は終わった」
バルテは、心配そうに二人のやり取りを見守っていた少女に歩み寄ると、笑顔で言った。
「薬草は必ず採ってきてあげよう」
「ありがとうございます」
少女がもう一度深々と頭を下げるのを見て、アルマークは腕を組んだ。
嫌な予感が拭えない。