戦士
「おじい様」
パウラの声に、エリオンはわずかに反応した。
「しっかり」
「パウラ。儂はもうだめだ」
「そんなこと言わないで」
「よく聞きなさい」
末期の息を吐きながら、エリオンはパウラに村のことを託した。
それを見ながらアルマークは、血に塗れた長剣の刃を傭兵たちの服で拭うと、鞘に収める。
それから、傭兵の死体を踏み越えて、生き残った人間を探し始めた。
襲撃に巻き込まれた使用人たちは、三名が命を落としたが、それ以外の者は一命をとりとめていた。
助かった者の中には、最初に斬られたエブロも含まれていた。結局、その程度の腕の傭兵たちだったということだ。確かな腕を持ったリネガ本人に斬られてしまったエリオンは不運だった。
「くそ、いてえ」
アルマークに助け起こされたエブロは、喚いた。
「死ぬ。死んじまう」
「死なないよ」
そう言いながら、アルマークは懐から塗り薬の小壜を取り出す。
「あんたが死ぬなら、僕はとっくに死んでる」
その言葉にエブロはようやく、自分以上に血まみれのアルマークの姿に気付いて口をつぐんだ。
アルマークはてきぱきと負傷者の救護に当たった後、ようやく外から村人たちが集まってきたところで、突然倒れた。
「おい、どうした、小僧」
村人の一人が声をかけたが、その時にはアルマークの意識は遠ざかっていた。
「アルマーク!」
駈け寄ってきたパウラの悲痛な叫びを最後に、彼の意識は途切れた。
負傷した身体に鞭打って傭兵たちと大立ち回りを演じたアルマークは、二昼夜に渡って眠り続けたが、目を覚ますと自分で傷口に薬を塗ってぐるぐると包帯を巻き、元気に動き始めた。
パウラが止めても聞かなかった。パウラは彼の生命力に半ば呆れ、半ば崇敬の念すら抱きながら、「もう大丈夫なの?」と尋ねた。
「ああ」
アルマークは相変わらずの不愛想な顔で頷いた後で、微かに申し訳なさそうな顔をした。
「パウラ。傷がもう少しよくなるまで、この家に泊めてもらえないか」
「何言ってるの」
パウラは首を振る。
「ずっといていいのよ」
それは叶わないことだと分かっていた。それでも、パウラはそう言わずにはいられなかった。
「あなたさえよければ、ずっとここにいて」
「ありがとう」
アルマークは素直に頭を下げた。
「それじゃあ、もう少しだけいさせてくれ」
エリオンをはじめとする亡くなった者たちの葬儀や、長の引継ぎなどで、家じゅうがばたばたと慌ただしい中、滞在を延ばしたアルマークは怪我をした使用人たちに代わって毎日、八面六臂の活躍をした。
「おい、アルマーク」
ついにこの頃になるとエブロもアルマークを名前で呼ぶようになっていた。
「お前、もうこの家の人間になっちまえよ」
エブロにも、パウラがアルマークのことをすっかり気に入っていることは分かっていた。
「お前さえその気なら、お嬢様と一緒になったっていいんだぜ。お前なら俺たちの主人になっても文句はねえ。もしもそれで他のやつが何か言おうものなら、俺が黙らせてやるからよ」
パウラが聞いたら顔を真っ赤にして怒り出しそうな、エブロのそんな提案にも、アルマークは静かな表情で首を振るだけだった。
ある日の朝、アルマークは不意に村から姿を消した。
パウラが何度勧めてもけっして他の部屋に移らなかった、アルマークの寝起きしていた物置部屋は、すっかりきれいに清められていた。
アルマークがいなくなったことに気付いたパウラは慌てて外へ飛び出したが、もう長剣を背負った少年の背中は村のどこにも見当たらなかった。
「行っちまいましたか。可愛げはねえが、悪いやつじゃなかったのに」
後ろから追いかけてきたエブロが、立ち尽くすパウラの背中に声をかけた。
「だがあいつも傭兵ですからね。いつまでもこの村にはいられなかったんでしょうなあ」
湿った声で残念そうに言うエブロに、パウラは首を振る。
「ううん、違う」
傭兵じゃない。
だってアルマークは、自分のことを傭兵だとは一度も言わなかった。
傭兵だった、と言っただけだ。
「アルマークは傭兵じゃないわ」
「え? 傭兵じゃない?」
リブロが不思議そうな声を出す。
「あんなに長い剣を持って、とんでもなく強いのにですかい?」
「ええ」
「傭兵じゃなきゃ、あいつは何なんですかい」
「アルマークは……」
パウラは思い出していた。
中庭で、屈強な男どもに囲まれながら一歩も退かずに自分を護ってくれた、血の滲んだ背中。
それを見た時、パウラは思ったのだ。
ああ、この子は。
「戦士」
パウラは言った。
「アルマークは戦士よ」
はっきりとそう言い切る。口に出すと、彼にはやはりそれが一番似合っている気がした。
後ろでエブロが、戦士ですか、それは傭兵と何が違うんですかい、などと要領の得ない反応をしていたが、パウラはもう聞いていなかった。
冬はまだまだ厳しい。
少年が向かったであろう尾根を見上げる。
黒々とした木々に遮られ、もうその背中はどこにも見つけられなかった。
白い雪の中を一人黙々と歩き去っていく少年の姿を想像すると、パウラの目は自然と潤んだ。
ありがとう、アルマーク。私を助けてくれて。
さようなら。どうかあなたの望む場所に、あなたが無事たどり着けますように。
そう祈ると、見慣れた村の景色は、たちまち涙で滲んだ。