知識
「さて」
バルテは改めて男たちを見まわした。
「アルマークはああ言ってるが、俺はあんたらを殺すつもりはない。さっきみたいに戦うつもりがあるのなら、話は別だが」
「やってみればいい」
再び闇の中にうずくまった少年が、子供が持つには長すぎる剣をかざした。
「僕は今、足を怪我している。お前らでも勝ち目があるかもしれないぞ」
だがその言葉に答える者は誰もいなかった。
「勇ましいな、アルマーク」
バルテは腰に手を当てて苦笑する。
「だ、そうだ。どうする?」
バルテが男たちを見るが、彼らはバルテと目を合わせることすら恐れるように皆、顔を伏せた。
「もう俺たちに害を加えるつもりはないってことでいいな」
バルテがだめ押しすると、リーダー格の男がうなだれたまま深く頷く。
「勘弁してくれ。あんたらみたいなやつらを相手にしたら、仲間が何人いたって敵うわけがねえ」
「よし」
バルテは勢いよくひとつ頷いた。
「それじゃあこれからのことについて話をするとしようか。全員顔を上げろ」
有無を言わせぬ口調に、男たちがおずおずと顔を上げる。
「いいか。どんなに日々の暮らしが苦しかろうと、何の罪もない旅人を騙して森で射殺すなどということを今後やってはならない。もしこれからも続けるというのであれば、この場で俺がお前ら全員を殺す」
「分かった」
「もうしない」
口々に男たちが言う。
「誓えるか」
「誓う」
「誓う」
バルテの問いに、男たちが答える。
バルテのやつ、何をくだらないことをやってるんだ。アルマークは舌打ちした。
男たちは今、殺されたくないからバルテの言葉に従うふりをしているにすぎない。
もうアルマークたちに手出しをするつもりはないだろうが、二人が去った後にはまた同じことをやるであろうことは目に見えていた。
新鮮な旅人の死体をあの窪地に晒さなければ、リョウゼンアマシの花は咲かない。それが事実かどうかはともかく、少なくともこの男たちはそう信じているのだから。
次の旅人を殺さなければ、生活が立ち行かないのだから。
分かった。もうしない。誓う。
口先だけなら、いくらでもそんなことは言える。
……とはいえ、僕らの去った後のことなんて、僕の知ったことじゃないな。
アルマークは思った。
とりあえず、この場を無事に去ることができれば、僕はそれで構わない。
バルテも自分の信念に基づく自尊心とやらを、この茶番劇で満たすことができて満足だろう。
僕らは明日にはこの集落を去り、そしてこいつらはまた次の獲物を待つ。
結局は何も変わらない。
それでいいんだ。
バルテ、もういい。さっさと集落に行こう。
そう声を掛けようとした時だった。
「よし、それならば聞こう」
バルテが声を張った。
「リョウゼンアマシの花の在庫は、まだこの集落に残っているのか」
「少しなら」
男の一人が答えると、バルテは頷く。
「あるんだな。じゃあそれを海沿いの村へ持っていって、塩と交換してもらえ」
「……塩?」
男たちは顔を見合わせた。
「どうして、塩なんか」
「分からないのか」
バルテはわずかに哀しそうな目で男たちを見た。
「いいか。リョウゼンアマシの花が咲くために必要なのは、新鮮な血なんかではない」
「え?」
男たちがざわめく。
「塩だ」
バルテは言った。
「リョウゼンアマシの花が咲くためには、塩が要るんだ。血を吸って花が咲いたように見えたのだろうが、そうではない。血に含まれる塩分こそが重要だったんだ」
男たちは呆気にとられたようにバルテを見つめていた。バルテは続ける。
「海沿いの塩をたっぷり含んだ風に吹かれれば、リョウゼンアマシはたくさん花を付けるぞ」
「そんなわけはない」
リーダー格の男が首を振る。
「海沿いでリョウゼンアマシが育つなんて聞いたことがない。それならとっくに海沿いの村で栽培しているはずだ」
「その通りだ。海沿いではリョウゼンアマシは育たん」
バルテはあっさりと認めた。
「俺は、海沿いの風に吹かれればリョウゼンアマシは花を咲かせると言ったんだ。海沿いで育つなんて言ってはいない」
「な……」
リーダー格の男はバルテの意図を図りかねて唸る。
「何を言ってるんだ、あんた」
アルマークも同感だった。
バルテのやつ、一体何を言ってるんだ。
だがバルテは平然としていた。
「お前たち、リョウゼンアマシの群生地が森の中の窪地にあるのはどうしてだと思う」
そう言って、男たちをぐるりと見回す。
「風に弱いんだ、リョウゼンアマシは。だから風の吹かない窪地に生える。海の潮風はリョウゼンアマシが花を付けるのには適しているが、その風の強さはそもそもリョウゼンアマシ自体を枯らせてしまう」
バルテは微笑む。
「難しいんだ。窪地と塩。その両方の条件が揃って、初めてリョウゼンアマシは花を付ける。だからこそ、その花は貴重なんだ」
ようやくバルテの言わんとすることの意味を理解した男たちの間に、呆然とした空気が広がる。
「塩……」
「そんなことが」
「じゃあ、俺たちのやってきたことは」
「お前たちのやっていたことは、野蛮で無意味な殺人だ」
バルテは厳しい口調で断じた。
「土に塩を撒け。騙されたと思ってやってみることだ」
バルテは言った。
「塩の分量の加減など、最初は難しいだろうがな。それでも、いつ来るか分からん旅人を雁首揃えて待ち構えているよりも、よほど有意義な人生を送れることは保証しよう」
男たちを引き連れてアルマークとバルテが集落に戻ってくると、最初に嘘をついて彼らを森へと導く役目をした少女は、驚きと恐怖で顔を引きつらせた。
「あ、あの、これは」
狼狽してしどろもどろになる少女に、バルテは快活に声を掛ける。
「お嬢さん。森で彼らに会ってね。頼まれていた薬草は、彼らが持ってきてくれるそうだ」
そう言って、男たちを振り返る。
「なあ」
男たちが慌てて何度も頷くのを見た少女は、卒倒せんばかりの顔をした。
「ところでお嬢さん」
バルテは変わらぬ笑顔のまま言った。
「連れが足を怪我してしまったのだ。お母さんのための薬草はなくとも、足の怪我に効きそうな薬くらいはないものかと思ってね」
「あ、あるだろう、何か」
リーダー格の男が口を挟む。
「何でもいい。持ってきてやれ」
「何でも良くはない」
バルテは笑顔のままきっぱりと言った。
「効く薬だ。分かるね、お嬢さん」
「は、はい」
少女が持ってきた薬を、アルマークは知っていた。
リョウゼンアマシの花を原料として作られる、黒狼騎兵団でも使っていた薬だ。
これは良く効くんだ。
腫れた足首に薬を塗り込むと、ひんやりとした感覚があった。
この分なら、明日には歩くことはできそうだ。
「……大丈夫か」
遠慮がちに声を掛けてきたのは、アルマークを森の出口まで担いでくれた男だった。
「足をずいぶん痛そうにしていたが」
「大丈夫だ」
アルマークはそっけなく答える。
「あ、そうだ。担いでもらった礼だけは言っておく」
「い、いや。最初にあんたらを殺そうとしたのは俺たちだし」
礼を言われる筋合いはねえよ、と言った後で、男はリーダー格の男と話しているバルテの方を見た。
「あんたの連れ、すごいやつだな」
「すごい?」
アルマークは眉根を寄せる。
「どこがだ。底なしのお人好しなだけだ」
「いや。あの人はすごい」
男のバルテを見る目には、純粋な畏敬の念が浮かんでいた。
「今まであんな人には会ったことがない。殺そうとした俺たちを逆に助けてくれて、それだけじゃなくてこれからの暮らしに光まで与えてくれる人なんて。まるで神様の使いみたいな人だ」
アルマークは答えずに黙って足首をさする。
「なあ、あの人バルテっていったか。きっとすごい人なんだろ」
「すごくなんかない」
アルマークはもう一度否定した。だが何だか居心地が悪くて、付け加えた。
「“銀の旋風”バルテ。いずれは騎士になる男、だってさ」
「騎士になる男」
男は感心したように頷いた。
「そうだろうな。あんな人が騎士様になってくれれば、きっと世の中が変わる」
翌日、薬のおかげもあって普通に歩ける程度まで回復したアルマークは、バルテとともに集落を後にした。
バルテは最後まで、リョウゼンアマシについて男たちにこまごまと話をしていた。
「……なあ、バルテ」
背後に集落が見えなくなった頃、アルマークは言った。
「あんた、薬草のことなんかにどうしてそんなに詳しいんだ」
「アルマーク、お前まさか」
バルテは笑顔でアルマークの顔を覗き込む。
「俺があいつらにでたらめでも教えたと思ってるのか」
「違うのか」
「俺は己の信念に背かない」
バルテは胸を張った。
「勉強したのさ、ありとあらゆることを。信念を貫くためには、剣だけじゃ足りない。世の中を変えるには知識だってないとな」
剣だけじゃだめだ。頭を使え、アルマーク。
アルマークの脳裏に、不意に父レイズの言葉がよみがえった。
勉強を積んで、賢くなって、偉くなって、何人もの人間を動かすようになれ。
アルマークは、先ほど別れ際にバルテに深々と頭を下げていた男たちの姿を思い出す。
皆、バルテを畏敬の眼差しで見ていた。
剣と知識。
バルテの言葉が父の言葉と重なったことが気に入らなかった。
アルマークは改めて隣を歩く剣士を見た。
「ん?」
バルテが微笑む。
「どうした、アルマーク」
「いや」
アルマークはすぐに前に向き直った。
「何でもない」
あんたとの旅をもう少し続けてみてもいいと、そう思っただけだ。
こぼしそうになったそんな言葉を、慌てて飲み込んだ。




