約束
斜め前をずんずん歩く佐山さんの後頭部をぼんやりと見つめる。目視からわかるほど、その頭は丸かった。
モルックを片付けているときの空気の重さが嘘だったかのように軽くなっていた。お互いに無言であるけど苦ではなかった。
「私の家はあそこだから、ここまででいいぞ」
「ん、わかったよ」
くるりと振り返った彼女は、じっと気の利いた返事ができなかった俺を見つめている。正直やめてほしい。働いていたときは、人の顔よりパソコンの画面を見ている時間が長かったからか、改めて人の顔を見る、見られると思うと喉が渇いていく。
「田中、また明日な!」
俺の緊張をよそに、そう笑って家に駆けだした彼女の背中をぼんやりと見つめる。「また明日」この言葉を聞いたのはいつぶりだろうか、ずいぶんと聞いていない言葉だ。
どうなるかわからない明日を、確かに約束するその言葉。
——明日が楽しみだなんて、それこそいつぶりだろう
毎日、毎日、擦り切れるように働いて、明日なんて考えるまもなく家に帰ったら知らぬ間に日付をまたいで、今日が始まっていた日々が仕事を辞めてからはなくなったけど、それでも「明日が楽しみ」だなんて思ったことはなかった。
空を見上げれば、もう月が輝き始めている。
俺も佐山さんも、明日きっとモルックをするのだろう。あの高く響く音を聞くために、ずっしりと重い木の棒を投げるのだ。
「あー……本当に楽しみだな」
俺のこの小さな呟きは誰の耳にも届くことはなかった。




