自己紹介
それから俺は、彼女に見守られながらモルックを投げ続けた。ただの木の棒を投げて、木の棒にぶつけているだけなのにカンッ!と高い音が響くたびにおもしろくなり、ぶつからないと悔しくなった。久しぶりに「楽しい」と感じた。
「もう日が暮れてきたな」
彼女の呟きで辺りを見渡せば、世界はオレンジ色に染まり、夜がそこまで来ているのか紫、青、紺とオレンジを食べていた。
——こんなにも何かに夢中になったの……いつぶりだろうか……
疲労感と確かな満足感、それとちょっとの物足りなさ。
「今日はここまでだな」と俺を見て笑う彼女に、モルックを握る手に力が入った。もう少し投げてみたい、もう少しあの高く響く音を聞きたい。わがままだとわかっている。自分より年下の女の子に対してみっともない。
「そ、うだね。モルック?貸してくれてありがとう」
「なに楽しかったなら、それでいい」
彼女と俺は、静かに片づけを始めた。さっきまでの楽しさが無かったかのように気まずい。空気の存在なんて感じてなんかなかったのに、周りに漂う空気が鉛のように重く感じる。なんて考えているうちに片づけは終わっていた。
「もう暗いから送るよ」
なんて言葉が口から出て後悔した。いや普通に考えて気持ち悪くないか?年上の男に、というかそもそも名前も知らない男!!!俺に他意がないとしても、この子にも、周りの人にもわからないし、通報案件では????うわああああああああああああああ!!!なんで何も考えずに口走った俺!!死んだ!!!!
「さっきの言葉は忘れてくれないかな??それとこれからは、知らない人に話しかけたらダメだよ?いいね?そして俺のことは忘れて!!本当に」
「佐山あき子だ」
「ごめんなさい!……え?」
頭を下げると同時に彼女が何かを呟いた。その何かは俺の聞き間違いじゃなかったら……
「だから、私の名前は佐山あき子だ」
「それで、お前の名前は?」と聞いてくる佐山さんに、俺は「田中洋一です」と返せば「これで私と田中は知らない人じゃないな!」と笑う姿に何故だか胸が締め付けられた。
「帰るぞ!」
なんて元気よく歩き出した佐山さんに、置いて行かれないように俺も歩き出した。




