3.快晴、気温32度。特別攻撃部隊『血の騎兵』本基地、入口前
どうもこんにちばんは。懐中最中です。かいちゅうもなかです。
戦争を描いた小説を執筆しております。
ボロ基地。
※若干のグロ要素が投稿主の気分により入る可能性があります。ご了承ください。苦手な方は注意。
※投稿頻度はまちまちです。一ヶ月に一回は更新したいとは思っておりますが、もしそうならなければすみません。
基地の入り口に着いた時には、もう恒星が真上にこようとしていた。俺はバイクから降り、軽く伸びをした。ふと後ろを振り返ると、ミナは荷物をバイクから降ろしている最中だった。
「基地まで送ってくれたこと、感謝する」
「…へ?あぁ、だいじょぶ。間に合ったし」
「ここに来るのは久しぶりだ」
「…そうだね。あんまし集合召集なんてかからないことだもんね」
そういうと彼女は荷物を肩で背負い立ち上がった。大きめの布袋から、妖しい艶のある黒い突撃銃がのぞいた。
「基地、だいぶボロくなってるね」
ポツリと彼女は口に出した。肩から荷物がずり落ちて、カシャンという音が俺の耳を掠めた。
我らが本基地は改めて見ると、エリアAのコンクリート造の基地とは比べ物にならなかった。
かろうじてコンクリート造ではあるものの、その表面にはびっしりとツタが這っており、所々亀裂も走っている。玄関部分の金属フレームは錆が入っており、ガラス窓はところどころ割れていた。雨樋は途中で途切れて曲がっているところもある。今にも崩れそうな、とまではいかないにしてもそれは廃墟を彷彿とさせるような、朽ち果てた構造物だった。片方の扉が壊れて閉まらなくなっている玄関の中へ足を踏み入れ、突き当たりにある部屋のドアをゆっくりと開いた。中ではガタイのいい男が一人、椅子に座って何か飲んでいた。男の飲んでいるカップからは、朧げな湯気が昇っていた。
「上等兵フィム=ライ、到着いたしました」
「おっ同じく兵士長ミナ=コカトリオ、到着しましたっ」
報告すると、男は目線を上げて俺たちを一瞥し、軽く会釈を寄越して言った。
「ご苦労様。こんな遠くまで、よく間に合ったな。二人は何か飲むか?」
「えっ、いや…大丈夫です」
「俺もいらないです」
俺たちが口々に断ると、男はカップを置いた。小さく陶器がぶつかり合う音がした。
「まあそう固くならずに。昨日珈琲豆が手に入ったから」
男はそういうと立ち上がり、向かいにあった戸棚から大きめの瓶を取り出した。中には確かに、小さめの焦茶色の粒が瓶の半分ほどまで入っていた。
「あのーー総長」
俺が総長と呼んだその男ーーアードステア=ドグラージは、俺の方を振り向いて少し眉を下げた。
「どうした?…あ、もしかしてコーヒーはダメか?」
「いえ…そんなことは。ですがそれはかなり貴重なものでしょう?総長や班長たちで味わってください」
軍隊生活では嗜好品はもちろんのこと、ちゃんとした料理にありつくことなどそうそうない。あのクソまずいペーストが基本である。そんなものは必要ないとされているし、そんなものを楽しむには物資が足りないからだ。『血の騎兵』でもそれは同じで、何なら他よりもそういった物資の供給は少ないはず。どれだけその褐色の粒が貴重なものかは身に染みていた。
「良いんだ。君たちが一番早く着いたからね。どうせ班長たちは遅いだろうし。」
そう軽く言うと彼は大きめの机に置いてあった携帯コンロの上でお湯を沸かし、どこからともなくミルを取り出すと、その中に珈琲豆を入れて挽き始めた。作り始めてしまっては断ることもできず、俺たちはとりあえず近くにあった椅子に座る。珈琲豆が細かくなっていく心地よい音だけが部屋に満ちた。
「そういえばフィム君、負傷していたらしいじゃないか」
ミルのハンドルを動かしながら、総長はそんなことを口にした。
「いえ。ひどい怪我でもありません、ご心配いただきありがとうございます」
まさかもう総長の耳に入っていたとは。誰が話したのだろうか。
「心配なんかしとらんさ。だが、無茶はするな。余計な矜持や見栄は部隊壊滅の引き金となる」
「自分の腕が悪いから負傷しただけです。見栄や矜持なんて俺にはありません」
「そんなことはないさ。いくら腕の良い狙撃手でも、時には頭を撃ち抜かれる」
「……」
俺は黙った。総長もこれ以上話すことはないと思ったのか、ハンドルの動きを止め、カップに被せてあったフィルターのなかに粉を注ぎ込んだ。すぐに、まだ沸いていないくらいの湯をそれに注ぐ。その途端、まるでここが品の良い喫茶店になったかのような、芳醇な香りがふわりと鼻腔をくすぐった。
何年振りだろうか。本物のコーヒーの匂いを嗅ぐのは。
一度嗅げば2度と忘れないような、そんな特別な香りだったはずなのに、今はっと思い出したような衝撃が走った。
気づけば自然と、俺はその濃褐色の液体が溜まっていくカップを見つめていた。
「すまんがここにはミルクもシュガーもないのだ。かまわないかい?」
総長は五徳の上のケトルを見ながら言った。
「大丈夫です。コーヒー、結構好きなんで」
「それはよかった。」
「俺も構いません。ブラックで大丈夫です」
俺はそんなことはもはやどうでも良くなっていた。いやむしろ、この漆黒の液体に砂糖やミルクを入れるなどという行為は邪道にさえ感じられた。液体が落ち切ると、総長は俺たちの前にそのカップを並べた。
「さ、熱いうちに。」
言われるが早いか、俺はカップを掴んで顔へと近づけた。途端に香りが鼻を通り抜け、その香りを嗅いでいるだけでも躁鬱な頭が一時的にスッキリするような気がした。一息置いたあと、一口含む。苦味を感じさせながらも柔らかな酸味が混じり合い、それらが口の中で香ばしく広がる。雑味はなく、そして飲み込んだ時に残らない。コーヒーに詳しくない俺でもわかるほどの美味さだった。
「…っ。総長、これすごくおいしいです」
「それはよかった。人にはあまり振舞ったことはなくてな。軍に入る前は妻に良く振舞っていたのだけれど」
「奥さん、ですか?」
俺はじっと二人の会話を聞いていた。時折、無線機が唸るようにノイズ音を漏らしていた。
「ああ。もう5年は会えていないな。故郷にも戻れていないし。愛想を尽かされてないといいけど」
そういって総長は苦笑した。
「総長、結婚してたんですね」
「ん?そんなに若く見えるか?結構白髪だって増えてきてるんだぞ」
「いえ、そういうことじゃなくて。そんな話は聞いたことがなかったので」
「する機会がなかったからじゃないか?ほら、これだよ」
そういうと、彼は胸元からペンダントロケットを取り出してミナに見せた。ここからではそこに何が入っているのかまでは見ることができなかった。
「わあ、すっごい綺麗な人じゃないですか」
「ああ。俺がいうのも何だが、俺には勿体無いぐらいにいい女だよ」
そういった総長は、懐かしそうに遠くの方向を眺めていた。俺はすっかり空になったカップを置き、持ってきていた汚い袋から弾倉を弾帯に装填しようとしていた。やがて、徐々に大きくなりながら飛行機のエンジン音が辺りに響き始めた。それは基地のすぐ横までくると止まり、やがてこの部屋のドアが開く。
「ふぃー。到着到着。最近暑くて敵わんわ」
「汗もかいちゃいますよね。整備がやりずらくて困りますよ。」
「…。」
「そうだ、報告しとかねぇと。えー、中尉ローザレオン=レオドラムと二等兵アンナ=カロアン、ザンビが到着っと」
入ってきたのはパイロットスーツを身につけた大柄な男と、綺麗な白銀の髪を後ろで一つにまとめた繋ぎ姿の少女、それに仏頂面で沈黙する、車輪に下半身が置き換わっている気味の悪い男だった。
「レオドラム中尉、ご足労いただきありがとうございます」
「おう、フィム。元気してたか?」
「お陰様で」
「やあ、ローザレオン。調子はどうだ?」
「ぼちぼちだな。ここんとこまともな戦場に出させてもらえん」
大柄な男は額の汗を拭きながら総長と話していた。その胸にはいくつかの勲章が見える。
「アンナーっ!!久しぶりね!」
「ミナ、ちょっと待っ…わたし結構汗かいてるから臭いかも…」
ミナはアンナを見るが早いか、飛びかからん勢いで彼女に抱きついた。アンナは若干のけぞりつつもそれに応じる。
「なんだ、この香り…もしかして、コーヒーか?」
「そうだ。先日いい豆が入ってな。」
「そうか。まだ残ってるのか?」
「さっき二人に淹れた残りならある」
「ラッキー。もらうぞ」
中尉は総長と親しげに話した後、残ったコーヒーを飲もうとケトルの方に近づいた。ザンビと呼ばれた無言の男は部屋の端で佇み、俺たちをじっと見つめていた。俺は残った弾倉をかきこむように袋に入れ、椅子を空けた。ミナはアンナと戯れていたが、アンナがシャワーを浴びたいというので連れて行った。どうでもいいが、こんなボロ基地にシャワーなんてあったのだろうか。
俺と総長、中尉に無言の男が部屋に残った。中尉がコーヒーを啜る音のみが響く。
「最近はどこも物資不足だ」
中尉が口を開いた。
「物価も随分と上がってる。何でも、軍隊に人が取られちまって働き手が少ねえんだと。輸送部隊に聞いたら小麦粉が俺が知ってる時代の5倍の値段になってた」
「このまま物資が減り続けて国内外で大規模な飢餓、なんてことにならなければいいがな」
「どうにかするんじゃねえか、政府と頭の固い司令部のみなさんで。どうせあのクソまずいパックをわんさか作って配りまわるんだろうよ。うぇ、想像するだけで吐き気がする」
中尉はその感情を飲み込むようにカップを傾けた。俺は脳内で例のパックが国民に配給される様子を想像した。確かに、何となく気分が悪い。
「だいたい、今日だってなんで全体集合なんだよ。当日に言われたら来れない奴もいるだろ。全く、上のもんは何考えとるかさっぱり解りゃせん」
「まあまあ。十中八九嫌がらせだろうけど、しょうがないだろ。」
「フン。政府の腰抜けどもめ。言いたいことがあるなら面と向かって言いやがれ」
中尉は吐き捨てるようにそういうと、勢いよく席を立ってカップを洗った。総長は静かに座って彼を眺めていた。電気のない暗い部屋はそこらじゅうにどんよりとした雰囲気を漂わせていた。
何かご意見・感想があれば是非ともよろしくお願いいたします。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました。
では次は4話で。