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7.毒

「お兄ちゃん、どうしたの?何か、嫌なことあった?」

私は時間を見つけてはリズに会いに行った。

本当はもっと大々的に彼女の生活を支援したい。でも、今の私には彼女たちを伯爵家に迎え入れることは出来ないし、大々的な支援もできない。

そんなことをすれば彼女たちは良くない連中に目をつけられる。そうなった場合、なんの力もない彼女たちがどのような未来を辿るのかは容易に想像できる。

だから、日持ちするカンパンなどをリズに与えた。

「何でもないよ。ちょっと、疲れているだけ。でも、リズの顔を見たら元気が出た」

「本当!私もね、お兄ちゃんに会えて嬉しいから元気が出た」

「一緒だね」

「だねぇ」

そう言って笑い合える時だけは自分もリズと同じ世界の住人なんじゃないかと錯覚できる。そんなことあるわけがないのに。

リズとは違う。どこまでも汚れ切った自分。そんな自分に開き直る。それがたまらなく嫌になることがある。

「お兄ちゃん、どうしたの?ふふふ。くすぐったぁい」

抱きしめるリズの体は小さくて、力を入れたら折れてしまいそうなほど細くて、でもとても暖かい。


苦しい。


◆◆◆


「本当に綺麗ね。ねぇ、あなたもあんな年増じゃなくて私のような若くて綺麗なお姉さんの方がいいでしょう」

父やイライザの目を盗んでは時折やってくるマリー。彼女もイライザと同じ。

まるでペットを愛でるように私を愛でる。

「マリー様、お止めください」

「あら、恥ずかしいの?」

首に巻きつくマリーの手をそっと取る。


気持ちが悪い。触りたくもない。


「ねぇ、イライザの相手をしているのなら私の相手もできるでしょう」

「何を言っているのか私には分かりかねます」

「しらばっくれちゃって。私、知っているのよ。イライザの相手をしているのでしょう。でも、大丈夫よ。私はちゃあんと分かっているの。あなたは本当はイライザの相手なんてしたくないのよね」

マリーは私の胸にそっと手を添えて私を見上げる。豊満な胸を押しつけて、それで私が誘惑されると思っているようだ。なんて浅はかなのだろう。

「マリー様、お止めください」

私は拒絶するようにマリーの両腕を掴んで、彼女を引き剥がす。でもマリーはめげずに私に近づく。その様子を使用人が物陰から見て、去っていく姿を確認する。

その使用人はイライザのところに行って、こう報告するのだ。

「マリー様が嫌がるエーベルハルト様に無理やり迫っています」と。

どうしてそんなことが分かるかというと私が使用人にそう指示をしたから。

イライザが使用人を全て解雇してくれた。父が私に使用人の任命権を与えてくれた。だから私は自分の意のままに動く使用人を雇用したのだ。

間も無くして使用人と一緒にイライザが鬼のような形相でやってくる。

「この女狐」

「きゃあっ」

イライザは持っていた扇子でマリーの頬を叩く。ああ、そんなことすれば余計に自分の立場が悪くなるだけなのに。イライザは自分が今まで母にしてきたことを忘れたのだろうか。どうやって貶めたのかを。

覚えていたらすぐにマリーの計略など見破れたはずなのに。だって彼女はイライザが母にしたことと同じことをしようとしているのだから。

「穢らわしい手で私のエーベルハルトに触るなっ!」

目は血走り、まるで幽鬼のようだ。

ローラントとアナベルの失踪。新しい愛人。それがイライザを追い詰めているようだ。

私までもマリーに盗られると焦っているんだろう。

あの時の母の気持ちが少しでもイライザに理解できただろうか。いや、彼女のことだ。すでに私の母のことは忘れているだろう。存在すらも彼女の心には残っていないはずだ。

「何をするのよ、このおばさん。あんたみたいなお古と違ってね、私の顔は傷つけられていいものじゃないのよ。大体、いつまで居座る気よ。あんたはもうお払い箱なの。さっさと出て行きなさいよ」

「なんですってぇ!」

マリーは娼館から来た女だから仕方がないけど、イライザは子爵家の出身だ。貴族なのにマリーとまるで下町の男のような殴り合いの喧嘩を始める。

「エーベルハルトは私のものよ。誰にも渡さない」

いい具合にイライザが私に依存してきている。そろそろ仕上げようかな。

「イライザ、ダメだよ」

「何よ!あんたまで私を捨てる気っ!そんなにその女がいいっていうの」

「当然よ!私の方が美人だもの。あんた、そろそろ胸が垂れてきたんじゃないの。ああ、見苦しいったらありゃしない」

どっちも見苦しいよ。

「イライザ、違うよ。ほら、見て。素手で殴るから手が赤くなってる。これ以上はダメだ。君が傷つくことを私は容認できない」

傷ついたイライザの手にキスをする。

ちらりとマリーを見ると彼女は悔しそうにイライザを睨みつけていた。

「マリー様、今日のところはお引き取りください」

「でも」

子供のように駄々をこねる姿を見せるマリーに微笑み「お願いします」と言えば、マリーは頬を染めて大人しく従った。

「手当をしましょう、イライザ」

察しのいい使用人から救急箱を受け取り、イライザの部屋に行く。赤くなった彼女の手を冷やし、包帯を巻いていく。

「イライザ、もう二度と素手で人を殴るようなことはしないでください」

「でも、あいつはあなたに触れたのよ。エーベルハルトは私のものなのに。ねぇ、そうでしょう。あなたは一生私の傍に居てくれるわよね」


冗談じゃない。


「そうできたらいいと思っています」

私は少しだけ悲しげな笑みを見せる。イライザはそれだけで不安そうな顔をした。

「でも、父はあなたと離縁を考えています。そして新たにマリー様を妻に迎えるでしょう。そうなれば私たちはもう二度と会うことは出来ません」

「そんな」

絶望に打ちひしがれるイライザを見て私は笑みを深めた。

「私は父の決定には逆らえません」

「・・・・・旦那様の決定」

「はい。全ては父の決めることです。すみません、イライザ。私が大人なら伯爵となってあなたを守れたのに」

「エーベルハルトが、伯爵」

私は彼女の耳元で囁く。甘い睦言のように。

彼女の体に私が吐いた毒素が侵入する。気づいたときにはもう手遅れ。毒は体内を巡り、内臓を溶かし、確実に彼女を死に追いやるだろう。その口から毒を撒き散らし、彼を道連れにして。

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