休息
「今日はほとんど貸切なんだが、一部屋くらいなら優遇できないこともない。ただし、料金は二人分いただくぜ」
言うが早いか、カウンターの上に置かれた金貨をポケットに滑り込ませた。
「おい!1人はガキなんだから、一人分で十分だろ!?」
マスターがややむっとした表情でリーフを見据える。悪態をつくリーフ
の脇腹をフレイがこずく。
「ちょっと、変に挑発して泊めてくれなくなったらどうするの!?どうせ私のお金なんだから、あんたがむきになることじゃないでしょ?」
「いんや!渡り鳥たるもの、例え少額でも無駄にするなんて許せねぇ!しかもこんなぼろっ・・・」
リーフの口をあわててフレイがおおう。
「で、どうするんだ?他をあたるのか?」
不機嫌そうにマスターが尋ねる。
「泊まるわ!料金も二人分で」
フレイが愛想笑いを浮かべて答えると、マスターは表情をやわらげ、
「部屋は二階の一番奥だ。今日はVIPなお客さんが泊まっているからな。お嬢ちゃんたち、くれぐれも騒ぐんじゃねぇぞ」
と言って、二階へと続く階段を顎で指示した。
「VIPって?」
あどけない子供の目で見上げるフレイに、店主は嬉しそうな表情で顔を近づけた。フロアにはフレイとリーフしかいないのに、「ここだけの話だ」と言い添えて店主は答える。
「聞いて驚くなよ。昨日から、あのウェンデル王国近衛騎士団『クロスナイト』が宿をとってるんだ」
「え!?あの王家直属の部隊が、なんでまたこんなへんぴなところに!?」
へんぴという言葉に多少眉をひそめたが、子供相手だと思ったのか、店主は気にせず続けた。
「さぁな。なんでも、お忍びらしいぜ」
「でもあの『クロスナイト』が来てるってことは、それ相当の人間もいっしょってことよね?」
テンポよく進む店主とフレイの会話が理解できず、リーフは首をかしげた。
「その『クロスナイト』ってのは、そんなにすごいのか!?」
店主の顔がいきなりアップで迫ってきて、リーフは思わず半歩後ろに退いた。
「どこの田舎者だ!?ウェンデル王国近衛騎士団、通称『クロスナイト』といえば、ウェンデルの王族を守るために組織された、エリート中のエリート部隊だぜ!」
「で、誰がお忍びで来ているの?」
「それが、来たのは騎士だけで、肝心の王族の姿は見当たらないんだ。でも、きっと用心に用心を重ねて、こっそり入ってくるのかもな。あの美人と名高い、クラリス王女か、はたまたその妹のクラリーネ王女か!」
「案外、ひげ面の大臣とかだったりしてな」
夢見る店主は、リーフの言葉も耳に入っていないようだ。
「そんなわけだから、失礼のないようにな」
そう言って、放り投げるように部屋の鍵を渡す。
「ったく、つくづく愛想がないおやじだぜ」
「でも部屋が手に入って良かったわ」
リーフはこんな宿に大金を払うなんてと、まだぼやいている。
二階の奥の部屋は、西向きの窓から降り注ぐ光で、陽だまりのように暖かい空気が立ち込めていた。窓を挟んでベットが二つ、向いあって置かれている他は、タンスと鏡がひとつづつの質素な部屋だ。
「ぼったくりだな」
文句を言いながら、リーフは背負っていた大剣を壁に立てかけ、ベットの端に腰かけた。
「あんた以外と金にうるさいのね~。私は案外好きだけど、こういう日当たりが良い部屋は」
もう一方のベットに大の字に寝転ぶと、背中の柔らかい感触に、フレイは思わず微笑んで目を閉じた。
ベットで寝るのは、何カ月ぶりだろう。船内では、ずっと柱と柱の間に引いたハンモックの上で寝ていたから、自由に体を動かせるだけで、フレイにとっては金貨以上の価値がある。
「明日は王宮に行くんだろ?」
「王宮の門を通してくれれば、だけどね」
フレイはもちろん、リーフも屈強な渡り鳥の男たちに比べて線が細い。肩に背負った大剣がアンバランスに映るのはそのせいだ。その体つきから、とても大剣を軽々と振り回す姿は想像できない。
「なぁフレイ、さっき言ってたウェンデル王国、だっけ?それってそんなにでかい国なのか?」
少年のように尋ねるリーフに、フレイは驚きのあまり目を見開いた。
「あんた、本当に知らないの?」
冗談だろうと思ったが、どうやら本気のようだ。
「本当に田舎者なのね」
とつぶやいて、勢いをつけてベットから状態を起こし、先ほどベットの横に放り投げた袋の中から、色あせた紙と、ペンを取り出した。そしてその紙の上に、地図のようなものを描くと、描き終えた紙をリーフに示した。
リーフも上体を起こして前のめりに乗り出して、フレイの書いた紙を覗き込む。