陰謀?
「くそっ!」
負けたことが悔しいのか、拳で地面をたたいて悪態をつくリーフの横で、フレイは手を差し伸べた。
「剣の腕に自信があるからって、油断しないことね」
ふてくされたリーフは、差し伸べられた手を無視して立ち上がった。
自分から仕掛けたケンカで負けるのは初めてだ。いらだちが隠せない。何よりも、リーフは油断などしていなかった。あの男と向かい合った時、すぐに分かった。あの男は、今まで数々の修羅場をくぐってきている。強い。そう思ったからこそ、リーフは決して手を抜いていなかった。
リーフが彼に負けたのは、魔法の力ではない。単純に、力の差。必ず勝たなければ命がない厳しい環境に、どれだけ身を置いて生きてきたかの、経験値の差だ。
「次はぜってぇ負けないからな!」
子供のような目は、純粋そのもので、フレイはなんだか少し、歯がゆくなった。
その姿は、かつてフレイの隣にいた『あの人』を思い起こさせる。過去の亡霊を振り払うように、フレイは頭を振り、リーフをなだめる。
「はいはい。頭を切り替えて、まず宿を探してこれからの作戦を練りましょ。王宮に入れるかもしれないチャンスが横取りされたのは残念だけど、明日の『護衛兵募集』の件も含めて、色々策を考えないと。あのチンピラが持ってた手紙のこともあるし・・・」
先ほどの騒ぎですっかり忘れていたが、暗号めいた文字が並ぶ紙切れを見て、フレイは何かに気付いたようだった。
「ずいぶん驚いてたけど、いったい何が書かれてたんだ?」
リーフは王宮への執着はないが、気になると首を突っ込みたくなる性格なのか、興味津々に尋ねる。
「ずいぶんと物騒なことが書かれてたわよ」
宿が立ち並ぶ界隈までは、ギルドや酒場が集まる地域から歩いて15分ほどだ。長い年月が過ぎても、町の構図自体はさほど変わらない。
150年前、フレイはこの国を離れた。もう二度と足を踏み入れることもないと避けてきたが、ルシオ王の危篤を聞いて、何としても会わなければいけないと思った。会って、確かめなくてはいけない。寿命をとうに超えているにも関わらず、生き続けている人間が自分以外にもいる事実。そして、その理由が何なのか。ルシオ王なら、人間のように年を取ることも、病気になることもないフレイの体を、元に戻す方法を知っているかもしれない。
淡い期待と、過去の記憶が呼び覚ます嫌な予感の両方を胸に抱きながら、フレイは大股に人混みをぬって進んで行く。
それに、さっき情報屋が言っていた、赤い魔石を持つ魔導士のことも気になる。魔石自体は、珍しくはない。魔導士が、自分の魔力を結晶化したもの。だが、魔石によく似た別の存在を、フレイは知っている。この世界のものではないあの石が、あってはいけない場所にあるのではないか。フレイの胸がざわつく。
「で、何が書いてあったんだ?」
フレイのよく目立つ赤髪を見失わないように、リーフは速足に追いかけながら尋ねる。
「ルカ王子の暗殺計画が書かれてたわ。盗賊討伐にかこつけて、護衛の渡り鳥に暗殺者を紛れ込ませるっていう内容だったわ」
「何だって!?」
のんきなリーフも、さすがに驚きの声を上げ、側を歩いていた町民に白い眼を向けられた。
「何でそんな内容の手紙を、あの弱っちいちんぴらたちが持ってたんだ!?」
リーフは周りを気にしながら、フレイの耳元でささやく。
「さぁね。盗んだものかもしれないわね」
「いったいこの国はどうなってんだよ!?ルカとかいう王子様は戦争をしようとしているって言うし、もう一人の王子様は、兄貴を殺そうとしているなんて」
「アルス王子はまだ幼く、その背後にいるのは、陰で国を操ろうとしている、クスノバっていう大臣みたいだけどね」
「じゃぁ手紙の差出人も、その大臣ってことか?」
「それは分からない。『K』としか書かれていないから」
「クスノバのK・・・ってことか?」
「そうとも読めるけど、手紙の文字は、バレンシアでも王家の人間か、限られた階層の知識人しか分からない文字で書かれていたから、王宮内部の人間って線も十分考えられるわ。ルカ派の大臣クリッパーもKだし、まだ見ぬ第三者かもしれない。いずれにしても今わかっているのは、何者かがルカ王子を消したがっているってことと、それを企てている犯人が、計画が書かれた手紙が無くなったことに気付くだろうってことだけね」
冷静に分析するフレイの横で、リーフは首をかしげた。
「でも、そんな重要な手紙を持って、よくあのちんぴらたちはあんな目立つ行動とれたな」
「きっと知らなかったのよ。読めるのは限られた人間だけだし、運び屋として利用されただけなのかも」
リーフは分かったような分からないような表情でしばらく考えた後、口を開いた。
「でも、フレイは読めたんだよな?」
「まぁ、私は昔、バレンシア王家に仕える身だったからね」
その先を聞こうとしたところで、フレイは宿の前で足を止めた。
きらびやかなホテルの横に、ひっそりとたたずむその宿は、一見すると民家のようで、つつましく掲げられた看板は、とても客を呼び込もうと努力しているようには思えない。かと言って、よく見ればさびれた様子でもなく、二階の部屋のバルコニーには、丁寧に手入れがされた赤い花が、気持ちよさそうに風になびいている。
「ここにしましょうか」
「おう!」
返事と同時に、フレイは宿の扉を開ける。
キーっとドアがきしむ音がした。開いた扉の目の前に、飾り気のない受付があったが、人の気配はない。
「すみませーん」
フレイの高い声が響いてしばらくすると、店の奥から不愛想な中年男が、慌てることもなく、のろのろと現れた。
商売っ気のない男は、フレイとリーフの姿を見るなり、より一層やる気のない様子で、
「部屋ならもう満室だよ。悪いね」
と、まったく悪びれる様子もなく答えた。
「一部屋で良いのよ。優遇してくれない?」
フレイは背伸びをして、受付のテーブルの上に銀貨を1枚差し出した。
店の店主は銀貨を見下ろすと、一瞬表情が変わったのを、リーフは見逃さなかった。わざとらしく咳払いをすると、カウンターの奥から宿帳を取り出し、ぱらぱらとめくり始めた。