王宮のうわさ
情報屋は、フレイから渡された金貨が本物かチェックしていて気づいていないが、リーフはフレイの明らかな変化を感じ取った。
「フレイ、その文字が読めるのか?」
黙っているフレイの表情から、イエスと読み取れる。
「ねぇ、情報屋さん、さっき、この国には三人の大臣がいるって言ったわよね。クリッパー以外の残りのニ人の名前を教えてくれる?」
フレイはカウンター越しに上半身を乗り出して訪ねた。
「あぁ。最年長だが、姑息で陰険なクスノバ、。そして魔導研究のことしか興味がない、いかれた女科学者ラッキー。クスノバは幼いアルス王子を王位につけ、裏で政治を操ろうとしているって噂だぜ」
本物の金貨を持つフレイに、情報屋は上機嫌で答える。
「で、ここからは追加の情報だ」
そう言って、誰にも話を聞かれないよう、前のめりになる。
「ルカ王子はどうやら、戦争をはじめようとしているらしい」
「まさか!いったい何のために!?」
今のバレンシアは、かつてフレイが暮らしていたバレンシアとは違う。国は他国との交易で栄え、ロベルトが急激に進めた魔道研究のおかげで、軍事もうるおい、今や東の大陸で、アルバート帝国に次ぐ大国となっている。そんな豊かなバレンシアが、戦争を始める理由など思いつかない。
驚くフレイに、情報屋は満足そうに続ける。
「ルカ王子がアルス王子より優れた王だと証明するには、戦争を起こすしかないとふんだからじゃないかって言われているけど、王宮に通じている奴の話じゃ、別の見立てもある」
「別の見立て?」
「ルカ王子は、ルシオ王が築き上げたこの国を破壊しようとしているって噂だよ。なんでも、最近赤い魔石を持った妙な魔導士がルカ王子の身の回りをうろついていて、ルカ王子に良からぬことを吹き込んでるって話だ」
今日は金貨が二枚も手に入り景気が良いとばかりに、情報屋はジョッキに入った酒をぐいっと仰いだ。
「つまりは、ただの噂で真実は分からないってことじゃねぇか」
この国のにぎわう様子からは、にわかに信じがたい話に、金貨二枚は高値だと不満気なリーフとは対照的に、フレイの表情は真剣だ。
「おい、フレイ、もしかして今の話信じてるのか!?」
フレイが答える前に、情報屋が続ける。
「ま、信じるも信じないも、王宮の仕事を請け負えば大金が手に入るんだ。渡り鳥のお前さんたちにとっちゃ、悪い話じゃないだろ!?ま、お前さんたち二人じゃ、相手にされず王宮にも入れてもらえないかもしれないけどな」
「何だと!?俺をそこら辺の渡り鳥といっしょにするなよ!王宮の兵士たちなんて、俺の剣でぶっとばしてやるぜ」
威勢の良いリーフの後ろで、少年の声がする。
「あ、あの・・・もしかして、あなた方は王宮に関する仕事に興味がおありですか?」
小さな声がした方に振り返ると、背丈がフレイよりわずかに高いだけの、年の頃12,3歳と思われる少年が、黒いフードを目深に被り、おどおどした様子で立っていた。少年はリーフの返答を待たずに話を続ける。
「あの、旅の方にお願いがあります。王宮に関わる依頼です。受けてくださいますか?」
ルシオ王に会いたいフレイにとっては、願ってもない依頼だ。少々怪しくてもかまわないとうなずいたところで、店の中で酒をあおっていた一人の男が、足早にこちらに近づいてきて、カウンターにどんっと手をついて、情報屋に詰め寄る。
「おい、王宮に関する仕事は俺に回せと言ったはずだ!順番が違うんじゃねぇか?」
詰め寄っている男も、旅人風のフードを目深にかぶり、顔はよく見えないが、年の頃22、3歳だろう。片目は黒い眼帯で隠れていて見えないが、開いている左目は鋭く、冷たく、獲物を狙う猫の目のように、金色に輝いている。
「わ、分かってるよ!だがこのマントのガキは、ここの人間じゃねぇ。ギルドを通さない依頼は、てめぇたち同士で話をつけてくれよな」
そう言って、情報屋は逃げるように背を向けた。
カウンター越しに身を乗り出していたフードの男が、くるりとフレイたちの方に向き直り、依頼主の少年を見下ろす。
冷たい瞳が少年を射抜き、少年は身をこわばらせた。