ギルド
そんなやり取りをしている内に、二人は『ギルド』の看板が掛かった店の前で足を止めた。扉を開けると、昼間だというのに窓が締め切られ、光がほとんど差し込まない室内は、酒とたばこの匂いでもんもんとしていた。
見るからにガラの悪そうな男たちが、幼い少女とまだ若い男という、店の雰囲気に似つかわしくない二人組を、物珍しそうに見つめている。
男たちの視線を無視して、足早に店内に足を踏み入れたえフレイは、カウンターの前まで来ると、背の高い椅子によじ登り、椅子に腰かけ、足をぶらぶらさせながらカウンターの奥にいる男を呼んだ。
「お兄さん、聞きたいことがあるわ」
呼びかけられた男は、作業をしながらめんどくさそうに顔だけこちらに向けた。
「お嬢ちゃん、ここは遊び場じゃねぇぞ。ケガしないうちに、親のところに帰りな」
想定通りの答えだ。
カウンター越しに、先ほどのごろつきからくすねた金貨をちらつかせると、カウンターの奥にいる男の表情が一変した。
「聞きたいことは一つ。町中に貼られている、『王宮護衛兵募集』のビラの背景について。そう難しい内容じゃないでしょ?知っている情報によっては、報酬はもっと奮発しても良いわ」
金ならあるといばるフレイに、リーフは
「さっきまでなかったくせに」
と悪態をつく。リーフの脇腹を小突きながら、フレイは情報屋の気を金で引きつけることに成功した。
カウンターの奥でグラスを磨いていた男は、フレイに近づき、カウンター越しに金貨を受け取ると、周りの目を気にしながら小さな声で語りはじめた。
「この国の状況、どこまで知っている?」
「年のころ、160歳の現国王ルシオが危篤。ルシオ王の息子たちはすでに他界していて、後継者は幼い二人の王子だけ。長男のルカ王子を押す一派と、次男のアルス王子を押す一派に分かれて、王宮内はお家騒動のまっただ中。第一継承権があるルカ王子より、次男のアルス王子の方が町の人々からの人望が厚く、余計に話をこじらせている、ってところくらいまでかしら」
すらすら語るフレイに、そこまで知っていれば話は早いと情報屋はうなずく。
「おい、フレイいつの間に調べたんだ?」
入港したばかりのフレイが、この国の内情を知っていることに、リーフは驚きの色を隠せない。
「ここに来るまでの船の中で、いろいろと見聞きしたのよ」
ウインクで返すフレイに、やはりただ者ではないと再認識していると、情報屋の男が語り始めた。
「ルカ王子は、昔から国民のことより、剣術を極めることにしか興味が無い変わり者だったが、最近ますます人を信用しなくなった。唯一心を開いているのは、幼い頃からの剣術の師であり、今はバレンシア王宮の三大臣の一人である、クリッパー将軍だけだ」
「クリッパーって、さっき港であったぜ」
「もう会ったのか!クリッパー将軍は、立派な方だ。国の治安を担う軍事のトップだが、俺たち下の位の人間にも、分け隔てなく接してくださるし、自ら町の治安部隊と共に見回りをすることもある。ルカ王子が、あの方を実の父親のように慕っているのもわかる気がするよ」
「ずいぶんと信頼の厚い将軍なのね」
「あぁ。だが、クリッパー将軍が率いる軍隊は、とてつもなくでかいからな。第一王位継承権のあるルカ王子を守るのもお役目だが、中にはルカ王子のことをよく思わない連中も含まれている。だから、ルカ王子が本当に心を許せるのは、クリッパー将軍と数少ないルカ王子直属の近衛部隊だけ。中の人間が信用できないから、信用できない者を解雇して、変わりに外の人間を護衛兵に加えようとしているんだろ。金さえ払えば任務をこなす渡り鳥の方が、ルカ王子にとっては都合が良いって訳さ」
王宮内の複雑な事情と、ルカ王子の猜疑心が、国や権力と縁遠い渡り鳥を護衛兵に選ぶ方向へ向かわせたようだ。
「でも何でこんな時期に?」
その答えが知りたければ、金をよこせとばかりに情報屋が合図する。フレイはポケットから金貨を一枚取り出し、カウンターに置いた。
金貨を取り出したはずみで、ポケットから一枚の紙切れがひらりと宙を舞い、リーフの足元に落ちた。
「なんだこれ?訳のわからねぇ文字が書いてある」
紙切れを拾い上げ、眉をしかめるリーフの横から、フレイが紙を覗き込む。
「さっきのごろつきたちが持ってたものね」
金の入った袋に紛れ込んでいたのだろう。紙切れに書かれた文字を見て、フレイの表情は急変した。