剣士リーフ
「親はいないわ。私一人よ。あそこに留まっている船に乗って、この港に辿り着いたの」
明らかに別大陸から入港した船を指さしフレイが説明すると、リーフは目を丸くした。
「家出娘ってことか!」
フレイは首を横に振った。
「私はこう見えても渡り鳥なの。バレンシア出身のね。フレイって言うわ。今回は、ルシオ王に用があって来たのよ。東の大陸からね」
どこの国にも定住せず、日々仕事を請け負いながら町から町へと渡り歩く旅人のことを、人々は世界中を自由に飛び回る鳥になぞらえて、いつしか『渡り鳥』と総称するようになった。
なぜだかわからないが、目の前にいる青年に嘘をつく気にはなれなかったので、フレイはありのままの事実を簡潔に説明した。
「ってことは、親は東の大陸にいるってことか・・・」
しばらく眉をひそめていたリーフは、急に俺に任せろとばかりに胸をはり、
「安心しろ!東の大陸でもどこでも、親元まで俺が送り届けてやるよ!ちょうど、東の大陸にも行ってみたかったしな」
と自信満々に言い放った。
「ちょっとあんた、人の話聞いてるの!?私は家出娘じゃないし、この国の王様に用があるの」
「わかったわかった。王様に会ったら、家に帰るんだろ?遠慮するなって。あ、俺の名はリーフ。渡り鳥だ。よろしくな!」
無理やりフレイの手を握って握手をすると「がはは」と豪快に笑った。
「なんて強引な奴・・・」
東の大陸とバレンシアがある西の大陸が、いったいどれくらい離れているのか知らないのではないかと言いたくなるほど、あっさりと約束をするリーフに、フレイは思わず頭を抱えた。とは言え、リーフの実力を目の当たりにしたフレイは、しばらく彼と行動を共にするのも悪くないのではないかと思い始めていた。
子供の姿では、何をするにも都合が悪い。ルシオ王に会うにも、まずは城内に入らなければならず、どう見ても10歳前後の子供にしか見えないフレイ1人では相手にされそうにもない。
「で、どうやって王様に会うつもりだ?」
リーフの問いに、フレイは壁に貼られた紙を指さした。フレイの指さした方向に貼られている紙には、『王宮護衛兵募集』の文字が掲げられていた。
「あれに応募するつもり。私たち2人を城内に入れてくれるかわからないけど」
護衛兵になどまったく興味はないが、何か口実がないと城に近づくことさえできない。
「とりあえず、これからギルドへ行くつもりよ。情報収集ならあそこが一番だから」
自分を納得させるようにうなずくと、フレイは町の中心部に向かって歩き出した。
案の定、リーフはフレイの後ろからついてくる。
「金はあるのか?」
「あるわよ。さっきの男からすったから」
ポケットをたたくと、コインがこすれて音が鳴った。
「って、お前どろぼうだったのか!?」
「失礼ね!すったのはあいつらが武器を振り上げて襲ってきた時よ」
やけに自信満々に答えるフレイに、リーフは首をかしげた。
「なんか、ごまかされているような」
「そういうリーフは、なんであの港にいたわけ?見たところ、バレンシアの人間じゃないみたいだけど」
話題を変えたフレイに、リーフはよく聞いてくれましたとばかりに語り始めた。
「俺は、おやじを探してるんだ。渡り鳥のな」
「お父さんを?」
リーフは大きくうなづいた。
「俺の故郷は、アルフォード帝国領の片隅の田舎なんだけど、おやじは俺が6歳の時、急に村を出て行ったきり、一度も村には帰ってこなかった。記憶にあるのは、剣の扱い方を教えてくれたことくらいだ。一年前、母さんが死んで、どうしても一発、おやじをなぐってやりたくてさ。生きていれば、の話だけど」
拳を握りしめ、リーフは深刻な面落ちで答える。「一発なぐってやりたい」という単純な理由の影には、何かしら複雑な事情と、別の理由が隠れている。そう読み取れる表情だ。
「母さんは、体が弱かったから、一人で俺と妹を育てるのに、無理をしたんだ。それなのに、おやじは俺たち家族より、自分の夢を追うことを選んだ。昔、帝国一の剣の使い手だったか何かしらねぇが、おやじは帝国の『黒騎士』と呼ばれたある男を追って家を飛び出した。俺はおやじの顔なんてほとんど覚えてないけど、あの太刀筋だけは忘れねぇ・・・あの剣術があれば、今でもしぶとうどこかで生きているはずだ。捕まえて、母さんがどれだけ苦労したか、思い知らせてやるんだ!」
家族より、自分の夢を追う道を選んだ父親が許せない、という理由以外に、同じ剣士として、父親ともう一度剣を交えたい。本人は否定するだろうが、リーフを突き動かしているもう一つの欲望を、フレイは見抜いた。
「好きなのね、お父さんのこと」
フレイの反応に、リーフは思わず目を丸くした。
「おい、今の話、ちゃんと聞いてたか?」
「だって、剣を握っている時と同じ目をしてお父さんのことを話してたから」
リーフは何も言い返せなくなり、不服そうに眉をひそめた。