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緋色のキセキ  作者: Kou
第一章~はじまりを共に~
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思い出

 二度と足を踏み入れることはないと思っていた場所。今こうして踏みしめていることに、フレイは何か運命的なものを感じていた。同時に、そんな感傷に浸ってしまう自分が急に年を取ったように思えて、一人苦笑した。


 港も町も、あの時の雰囲気とはずいぶん変わっていた。人が多いし、活気がある。長い時が過ぎたことを嫌でも思い知らされる。


 海からの湿った風が強く吹き、フレイの赤く長い髪がたなびく。その風の匂いに運ばれて、フレイの目の前に、青年の姿が現れた。


 フレイにしか見えない、幻。あの日から、毎日現れる。


「この町も、にぎやかになったわね」


 フレイが問いかけても、決して返事はかえってこない。ただ、いつものように微笑んでくれるだけで、触れようと手を伸ばせば、消えてしまう。



「これで50勝0負だな。今日はこのくらいで良いだろう?」


 肩で息をする赤髪の少女とは対照的に、大剣を肩にかつぎ、どこか楽しそうに少女を見下ろす青年からは、疲れは感じられない。


 年のころ、25、6歳だろうが、その瞳の輝きはあどけない少年のものだ。光に反射してきらめく黒髪が、青年のエメラルド色の瞳を際立たせている。


 青年の名は、フェイト。目の前で息を切らしているフレイの幼馴染だ。


「あーくやしい!一度くらい勝ちたいのに!」

 そう言ってその場に腰をおろすと、芝の上にごろんと大の字に寝転んだ。


 海からの風で、いつも稽古をしているこの場所の芝は、斜めにたなびいている。強い風に吹かれて、かさかさと草がこすれあう音が聞こえてくる。


 寝転ぶフレイの隣に、フェイトが腰を下ろす。

「あんまり剣を握っていると、またロベルト博士に怒られるぞ。それでなくても、フレイの研究の邪魔をするなって、顔を合わせるたびに言われるんだから」


「勝手に言わせておけば良いわ。博士が欲しいのは、とにかく人手。私じゃなくて、他の研究員でも事足りるのよ」


 フレイは流れる雲の行方を目で追いながらつぶやいた。しかたない奴だな、と言わんばかりに、フェイトが小さくため息をつく。


「なぁフレイ、何でそんなに、剣の腕を磨きたいんだ?」

「そんなの、決まってるじゃない」

 勢いをつけて身を起こすと、灰色の瞳でまっすぐフェイトの顔を覗き込んだ。


「バレンシアを守るため!私とフェイトと、この国の片隅で、帝国の侵略に脅えながら生きている人々の未来のため、強い国を作るのよ。そのためには、力がいるの。帝国の奴らに負けない力が!」

 握りしめたこぶしをじっと見つめながら、フレイは力強く宣言する。


「そうだな。俺たちはそのために、バレンシア軍に連れてこられた。でも、力ってのは何も、武器を取って戦うことだけじゃないと俺は思うぜ。フレイが魔導の研究をして、新しい技術を生み出すのも、立派にバレンシアの力になる。違うか?」


「それはそうだけど、でも・・・」

 フレイは頭上を見上げた。さっきよりも速く、雲が流れている。


「あの人を見ていると、どうしてもそうは思えなくなるの。あの人が研究に向かう時の目。あの目を見ていると、私、とても怖くなる。あの人は、まるでバレンシアを守るためではなく、バレンシアを・・・いや、バレンシアを含めた、すべてを滅ぼそうとしているみたいで」


 フレイは、自分の上司であり、天才科学者と名高い、ロベルト博士のことを言っているのだ。


「フレイ・・・」

 フェイトは返す言葉がなく、黙り込んだ。


「だから私、時々逃げたくなるの。このままあの人の側にいると、自分もいつか、あの人みたいに、科学に心を支配されていくんじゃないかって」


 強い風が吹いた。と同時に、隣に座っていたフェイトが立ち上がる。


「心配すんな!フレイには俺がついている。お前がもし、自分を見失うようなことがあれば、その時は俺が、必ず元に戻してやる。安心しろよ!フレイはフレイのままだ。俺が保証する!だから、フレイはフレイなりに、バレンシアの未来のため、研究を続けるんだ。本当は好きなんだろ?今の研究が」


 フェイトはフレイにとって、唯一の心の支えだった。5歳の時、フレイの両親は、フレイをバレンシア軍に売ったのだ。貧しい田舎の子供は、戦闘能力が高い場合、軍が戦闘員として買い取ることがある。

 

 フレイもフェイトも、物心つくころには、軍の養成施設で教育を受けていた。施設には他の子供たちもいたが、フレイにとって、フェイトは特別だった。初めてできた友達であり、家族だった。フェイトは、フレイの心の一部になっていた。


「えぇ、そうね、私、研究が好きだわ!」


 魔道の研究をしていると、時間を忘れることがよくある。一日中机に向かっていても、まるで一時間しかたっていないように感じる。ロベルト博士のことも、時々感じる恐怖にも似た違和感を除けば、尊敬していた。自分もいつか、あんな科学者になりたいと思っていた。


「危ない!避けろ!」

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