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緋色のキセキ  作者: Kou
第一章~はじまりを共に~
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入港

 入港をを告げる汽笛の音が港にこだますると、船内は途端に慌ただしくなった。


 久しぶりの故郷に思いをはせ、迫ってくる港を見つめる者。新天地に心躍らせ、せわしなく荷物を準備する者。陸から吹く風を受け、ただはしゃぎまわる子供たち。それぞれの方法で、到着の喜びを味わっている。


(二か月の船旅だもの、無理もないわね)

フレイは喜びに浸る人々の姿をマストの上から見下ろして、小さく微笑んだ。


 東の大陸と西の大陸を繋ぐこの海の航路は、旅慣れたフレイにとっても、何が起こるか分からない、緊張の連続だった。部屋一つもらえなかった彼女にとってはなおのことだ。


「このマストの上も、お別れと思うと寂しくなるものね」

 マストの梁をゆっくりとなぞりながら、フレイはつぶやいた。


 港に着く前に、会っておかなければならない人がいる。器用にマストの上から滑り降りると、人々の波に逆らって、船長室へと向かう。


 船長室の前で見張りをしていた乗組員は、フレイの姿に気が付き、急いで船長室へ入っていった。


 しばらくすると、体格の良いひげ面の男が現れた。先ほど駆けていった乗組員を両脇にしたがえている。 


「よう!お嬢ちゃん、てっきり途中でのたれ死ぬものとばかり思っていたが、生きていたとは運が良いな」


「乗船する時に言わなかった?自分の身は自分で守れるって」

 少女の表情で、大人のように振る舞う。


「でも、自然にだけはかなわないから、ここまで無事に送り届けてくれて、感謝しているわ。なかなかの腕だったわ」

 フレイを見下ろしていた船長は天を仰ぎ、「がはは」と威勢の良い笑い声を上げた。鋭い瞳でフレイを見下ろすが、フレイは少しも動じる気配がない。


「チビのくせに、威勢の良い奴だ。フレイとか言ったな。答えたくなきゃ、答えなくてよいが、お前さん、いったい何者だ?」


 フレイはしばらく考えてから、

「『渡り鳥』よ。訳あって、見た目よりずっと長く旅をしているけど」


「故郷を離れ、国から国へ渡り歩きながら生計を立てる旅人か。渡り鳥とはよく言ったものだな。どうりで肝が据わっている」


 付き添いの乗組員が無邪気に笑った。これ以上深入りするつもりはないようだ。船長と乗組員の笑い声につられて、フレイもまるで本当の子供のように、けらけらと笑った。


 再び、今度は港に船が到着したことを知らせる汽笛の音が響く。二度目の音は、前のものよりずっと長い。橋げたがおろされ、人々の動きに合わせて、船が一瞬大きく揺れた。


「これは乗せてもらったお礼よ」


フレイは船長に向かって、布袋を放り投げた。袋の中には、金貨がぎっしり詰まっていた。受け取った船長の顔に、驚きの色が浮かんだ。ただの子供ではないことは分かっていたが、信じられないといった様子だ。


「安心して。盗んだものじゃないから」


 背を向けたフレイを呼び止め船長は

「礼にしては、多すぎやしないか?」

 と苦笑いを浮かべた。


「全部、東の大陸のお金だから、こっちでは使えないわ」


「換金すれば使えるだろ」

 乗組員の男がたずねる。


「この体でそんな大金換金したら、目をつけられるじゃない。目立つのはごめんよ。あっちの大陸のものは、こっちではいざという時、頼りにならないわ。それに・・・」

 振り返ったフレイは、大人びた笑顔を浮かべていた。


「事情も聞かずに船に乗せてくれたこと、本当に感謝しているから。あの時、何も支払っていないでしょ?」


「まあ、すぐにのたれ死ぬと思ったからな」


「理由はどうであれ、私はこうしてバレンシアに到着できた。あなた達のおかげよ。この体だと、何をするにも不便なのよ。子供だと思われるから」


「思われるって、どう見ても子供じゃねぇか」


「でも、あなた達は子供の私の言うことを信じてくれた。ありがとう」


 フレイの返答に、船長はまた威勢の良い笑い声を上げた。その声を背に、フレイは人の姿がまばらになった船内を、陸へと続く桟橋に向かってゆっくりと歩いていく。


「死ぬんじゃねぇぞ!」

「またな!」

 乗組員達の声が、いつまでも響いていた。

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