ドラゴンさんは感覚がビンカン
「全員いるな!?」
プレイヤーホームがあるプリムスマギア湖のほとりへ飛んですぐ、今いる奴らを確認する。
「大丈夫、全員戻ってきてるよ!」
俺の問いにオーガ9が答えてくれる。その横にはベルさんも。大丈夫だ、こっちのパーティもちゃんといるな。
「アラタ、またなんかやったの」
エリスがまた、の部分を強調して、俺に聞いてくる。今回ばかりは本当に心当たりがない。
最近倒したあの中サイズのドラゴンと、セカントリスの城に張り付いていたあの巨体が「友人」という間柄なのはどうにも腑に落ちないからだ。
だが、それ以外でその「友人」を奪ったという部分で本当に、本当に心当たりがない。
「とりあえずプレイヤーホームは安全なんですよね? ね?」
「基本的にはね」
オーガ9が答える。俺よりも、多分誰よりもIIOに詳しい男がそう言うなら大丈夫なんだろうが、俺は一抹の不安を捨てきれない。
「でも、この家はお前のとこみたいに異空間で区切られてない場所にあるんだぞ。試したことないからわからないけど本当に安全なのか?」
「僕の家も厳密には異空間とかそういうところにあるわけじゃないんだ。この世界のどこかを間借りしてるらしい。だから大陸上のどこかにはある、ってことになってるんだ。どこなのかはわからないんだけどね」
敷地外には出られないようになってるからさ、と付け加えて。……こいつ、そんな場所どうやって手に入れたんだろ。まあいいか。
「じゃあ本当に安全なんだな?」
「大丈夫。見えないけど、攻撃を弾くバリア? みたいなものがホーム周辺に存在してるから、害意があるようなものは通さないよ」
「はぁ〜よかった〜」
皆がそれを聞いて安心する。そんな時。
「あーあのさ、部外者が口を出すことじゃないんだけどさ、ね、例えばだよ? すっごいブレスをあのドラゴンが撃ってきたとして、この家は大丈夫だとしてね?」
ベルさんが口を挟むも、なんとも歯切れが悪い。どうしたと言うのだ。彼女はそのまま話を続ける。
「周りの森とか、湖とか、どうなっちゃうのかな?」
サァーッ、と、皆の血の気が引いていくのがわかる。ヤバイ、どこまでがプレイヤーホームの範囲なんだ。まだ森の所有権とか受け取ってないぞ。ヤバいんじゃないか。
「ま、まぁ、さすがにここにいることまでは感知できないですよね!?」
ユイナ、目が泳いでますよ。
「多分、大丈夫だとは思うけど、それだとセカントリスが消し炭になるんじゃないか? プリムスマギアのお姫様的には安心できる部分もあれど、街一つが消えるのはよしとしないだろ。もちろん俺たちも」
「それはもちろんですよ」
ここにいる皆、それはそうだと考えている。うんうんと頷く。
「時間はないけど、とりあえずここは安全だ。作戦を考えて、行動に移そう」
まずは、少なくとも強い人は必要だ。時間稼ぎとか、なんかこう「倒してしまっても構わんのだろう?」とか言って向かっていく攻略組の人が欲しい。
「オーガ9」
「わかってる。緊急事態だ、しぶしぶだけど受けてくれると思う」
俺の言わんとしてる部分を汲み取ったのか、早速フレンドリストから連絡を取り始める。さすがだ。
「私も、役に立つかはわからないですけど、ハルとか」
ユイナがそう言いかけた時、プレイヤーホームが揺れる。なんだ、地震か?
ピシピシ、パラパラと、地震にしてはおかしな、断続的な揺れが。なんだ。
「みんな、外みて」
いやに落ち着いたユキの澄んだ声が大広間へ響く。皆が外へと視線を向ける。
「……なんだあれ」
遠くに見える、空に浮く紫の点。もういやだ、嫌な予感しかしない。
よくは聞こえないが、それでも腹の底に響く音が、届く。
「……なんでだ、場所が、バレてる」
どんどん点が大きくなって、見えるようになる、口の位置から、ブレスが。
「全員伏せろ!」
俺の声に合わせて全員しっかりと伏せる。必要はないが、人としての危機管理能力がそうさせる。ブレスが、着弾する。被害はないが、それでもこのロッジが揺れる。ズゥン、と音が響く。
「ハハハ、こりゃすげえや」
しかし、ブレスが着弾したのは、家ではなくそれよりも外にある膜のようなもののようだ。これが例のバリアか。
「助かった、これならなんとかなるし、時間稼げるな」
全員ぞろぞろと外に出て被害確認をするも、ドーム状の膜が防いだのか、見えている部分に問題はない。
ドラゴンはちょっとずつ近づいてきているが、攻撃が防がれたことを不思議がっているのか、はたまた防がれたことを怒っているのか、湖を挟んだ先の森の上で羽ばたいて、浮いている。
「グルルルル……」
いやこれは、明らかに怒って、唸っている。だいたいなんで場所がわかるんだ。だが、この膜があるから安心だもんね。あんな雑魚ブレスなら周りの森とか湖にも被害はないだろう。
「ハハハ、手が出せなくて怒ってら」
一応強がっておく。男ならばこう言う時は虚勢を張るものである。
「アラタ、あまりこういうこと言いたくないんだけど、あのサイズのドラゴンであの威力のブレスは弱すぎる。多分威力偵察くらいのもので」
「え?」
震えながら声を出すと同時に、ドラゴンの口が大きく開き、そこに光が収束していく。
「多分、まだまだ威力が上が」
キュオ!
ノータイムでブレスが着弾する。ピシピシと嫌な音が響くも、バリアによって防がれる。だが。
「マジかよ」
家の周囲が少し削れてしまっていた。森に直接の被害はないが、余波で土がめくれ上がった形だ。何発もやられると家の周りが更地になってしまう。
「あれより威力上がらないですよね?」
お願いしますあれが最大威力であってくれ! との願望を込みで、オーガ9に問いかけるも、返答は無情とも言えるものだった。
「……多分、まだまだ上がるよ。さっきのは、溜めがなかった」
嘘だろおい。ドラゴンは再度口を開き、光を集め始める。今度は少しばかりの溜めを添える。ヤバイ。そこに遠い位置から声が聞こえる。
『旦那!? なんですかこれ!?』
……森を巡回するデュラハンだ。こいつタイミング悪すぎるだろ! しかもまだバリアの外じゃねーか!
「おいバカ逃げろ! 死にたいのか!」
『へ?』
キュオン! 先ほどよりも強力なブレスが放たれ、
『ぎゃあああああああああ!!!!!!』
「デュラハンーーーーーーーーー!!!」
余波でデュラハンが吹き飛ぶ。家の周りの森とともに。バリアがミシミシと音を上げる。
「大丈夫。召喚獣だから石に還っただけだよ、クールタイムが終わったら生き返れる」
なるほど、それなら大丈夫か。だが森は深刻だ。このままここで待っていても周囲が灼かれるだけだ。最悪だ。対話するしかないのか。
「あの、アラタくん、バリアのことなんですけど……」
「うん?」
「ヒビ入ってるように見えるんですけど……」
「うん!?」
ユイナ何言ってんだ、そんなわけないだろ、安全なんだろ、ここ!?
「……ほんとにヒビだ」
「これ、やばいんじゃ」
「さすがにこれは想定外だよ」
そんなことをしているうちに、第三波が来る。威力は抑えているが、しかし狡猾にヒビの中心を狙ってくる。ヒビの範囲が広がる。ドラゴンは、嗤っているように見える。
まるで、俺たちを嬲る方法を見つけたかのように。
着実に攻撃は重ねられる。ヒビは、広がる。そして、パリンと、バリアが、割れてしまう。
「フフフ、フフ、ハハ、ハハハハハハ!! いつまでも我から逃げ隠れられると思うな! ちょうどいい、広がる炎で焼き払ってやろう! この程度ならば問題ない!」
口元に、光が見える。収束型じゃなく、広範囲型のブレスだ。家は、もう守れないだろう。俺たちは、逃げるしかない。リスポーンはできる。場所や家の確保は、また1からだろうな。皆すまん。
「逃げられるやつは逃げろ」
俺はそう一言だけ言い、ブレスを受ける準備をする。火が、襲ってくる。
ゴオオ、と莫大なエネルギーと燃え盛る炎を孕んだ攻撃は、一直線に、拡がるようにロッジを襲う。
ゴバ!! 音が響く。
「な、なんだ」
火炎は、湖から伸びた水の盾のようなものに防がれた。水蒸気に変わる。同時に湖から打ち上がった大きな柱がドラゴンの下顎を捉え、空へと弾きあげた。
「ギャオオオオオオオオ!?」
「さっきからドカドカバンバン、人がゴロゴロしてる時にうるさいのよ! この紫トカゲ!!」
湖の中央には、怒気を孕んだリルが、仁王立ちしてドラゴンを見据えていた。





