日本にファンタジー生物集まりすぎ問題
あの、氷の剣、おそらく普通の剣じゃない。振るたびに氷の衝撃波が発生するのは剣そのものの力だ。なら、間合いを気にせず踏み込める。
「さあさあ、この氷の刃が飛ぶ中を近づけますか!」
「氷なんか溶かせばいいでしょ!【白狐の剃刀】」
エリスはバババババ、と白い炎弾を展開し、飛来する氷刃を撃ち落としていく。
俺はそもそもガードせず、そのまま突っ込んでゆく。
「何!? ガードしないのですか!?」
「そんなもんいらん!」
俺はクロケルまで全速力で突っ込み、そのままタックルをかます。飛来した氷刃は霊力で砕いたが、このタックルには霊力を込めなかった。まだ聞きたいこともあるし、手の内を明かしすぎる必要もない。
「ぐはっ!!」
そのままクロケルは、よく滑る氷の上を削りながら、遠くへと吹き飛ばされる。
彼の横にあったIIO Linkは、フリーだ。
「くっ、は! フフフ、どうやっているかはわかりませんが、この空間とIIO Linkは特別製です。ちょっとした覚醒者では、どうにもなりませんよ」
「その言い草、最近も聞いたよ。それに俺は、そっちの言い方で言えば大した覚醒者なんでね、っと!」
バキィ、と霊力を込めた拳で次元の位相を破壊し、IIO Linkをこじ開ける。
「何だと!?」
「残念でした。そこらへんの雑魚と一緒にしないでくれよ」
ゆっくりと開き、白い煙を吐き出す聖獣用のIIO Link。その時間でエリスも合流してくる。クロケルは、驚愕の表情を顔に張り付かせ、こっちを見ているだけだ。
そして中から出てきたのは。
「ユイナお姉ちゃん! 右! 右! 右から来てる! ユイナおね……あれ!?」
「「……ユキ!?」」
ユキだ。まさかユキが出てくるとは。あのクズ鏡、嘘つきやがったな、なにが座敷わらしは知らんだ。バッチリいるじゃねーか。
「アラタお兄ちゃ、エリス、あれ!? え!? ユイナお姉ちゃんは!? あ、え、あ」
「ユキ! 今はなにも考えずに目の前の銀髪クソ男に集中しろ! 敵だ!」
「へ、は、はい!?」
おそらく現実の記憶が混ざったことで頭の中は大混乱を起こしているだろうが、今はそれをひとまず置いておかせた。その程度には、信頼関係を構築できていると思う。
「なるほど、お知り合いでしたか、納得です」
「勝手に納得してるところ悪いが、俺たちは目的を達したんで、お前を消してここから帰らせてもらうぞ」
「私を、消す! ハハハ、私、これでも悪魔ですよ。人間と、東洋の少数民族に消されるほど弱いつもりはないですが」
うわ、悪魔とか初めて見た。異教の生物じゃん。これ以上触れずに帰ろうかな。
待てよ?
……なんで西洋で引きこもってるはずの生物が日本にいるんだ?
「お前、なんで日本にいるんだ」
「なんで? ……私たちの崇高な目的を存じ上げないのですか! これは困りましたねえ! ……この場で死んでしまう方々のために、少しだけお教えしましょう」
こいつ、まだ勝てると思ってるよ。さんざん攻撃防がれててどんだけ尊大なんだ。
「|人族絶滅《extīnctiōnem》のためですよ」
「「「は?」」」
「この場で死ぬアナタには、見届けることなどできぬでしょう!」
途中で話を勝手に切り上げたクロケルは、惚けた俺たちへと一足とびに間合いを詰める。
しかし、俺はもう隠す必要もなくなったので、霊力を流した腕で、そのまま相手の顔を撃ち抜いた。
「ぶウォェ!?!」
イカした面だったのに、鼻血や他の液体を空中に散らしながら、タックルした時よりも勢い良く吹き飛び、氷を割りながらバウンドし、滑ってゆく。生きていても、もう動けないだろう。
「よし! 任務完了!」
「アラタ、アイツなんかやばそうなこと言ってたけど……?」
「所詮雑魚悪魔1匹がバカなこと言ってるだけだ。だいたいなんで今なんだ、昔から機会はあったろうに。どうせ嘘。悪魔は嘘をつく」
「本当かなぁ……?」
エリスとユキはあまり納得していないが、ならば今からさらに痛めつけつつ聞けばいいだけだ。そう考えてクロケルが倒れた方へ向かおうとした。しかしその時、クロケルのそばの中空に、次元の裂け目が現れる。
「ユキ!! 霧を俺らの周りに出せるか! エリスは獣化して俺の肩に乗れ!」
「で、できるけど! えいっ!」
俺の突然の剣幕に驚きつつも、ユキは霧を出し、エリスは俺の肩へ。そのまま俺はユキを抱え、【異界】の壁を破壊しながら鍾乳洞へ戻り、そのままの勢いで地上へと躍り出る。説明している暇はない。なにか、ヤバいのが来る。
☆
「ヒューッ、ヒューッ」
ユキが霧を発生させ、異界から消えたあとの氷の世界には、なんとか息をし生きているクロケルと、もう1人、別の男が立っていた。
「定時連絡が遅いから確認しに来たらこのザマだ。どうなってる? 序列を与えられた悪魔としてその体たらく、万死に値するよ」
「も、申し訳、ございませ、ん、ラファエル、様」
顔を潰されながらもなんとか体を起こし、目の前の人物へと跪く。
「はぁ……誰にやられた。と言ってもお前は特に同族以外の顔と名前を覚えないから、期待はしていない。ただ、この惨状は……明白に我らへの叛逆だなぁ」
はぁ、とため息をつくラファエルは、周囲を見渡す。そこまで大きく展開されたわけではないが、それでも残る戦闘の跡、空のIIO Link。最近もあった墓荒らしの仕業だと考えるのは自然だった。
「数体ならば、計画の修正は微々たるもので済む。しかし、これが続くとさすがに防がねばなるまい。巡回担当を増やす」
「も、申し訳ござ」
「喋らなくていいよ。強かったんだろう? 顔に一発で沈むほどだ」
「て、きは、ひ」
「だから、喋らなくていいってば」
「ぱ」
ゴロン、と、顔の潰れた男の頭が、氷の上を転がる。
「上の言うことくらい聞きなよ、人間のガキじゃないんだから。巡回には別の奴をつけるから、死んで反省しな」
ラファエルは、冷たくなったクロケルから離れ、IIO Linkや、壁際を見て回る。
「フウン、敵は特に手傷を受けてないのか。結構強いね。クロケルも、弱いわけじゃないんだけどな」
ぽりぽりと頬をかき、そのまま自分が来た裂け目へと戻ってゆく。
「あ、もしかしたらなにか覚えてたかも。殺さなくてもよかったか」
そうやって、自分が殺したクロケルを見ながら、裂け目へと入ってゆく。裂け目が閉じた後、そこに残ったのは、クロケルによって展開された異界と、動かないIIOの端末だけだった。
所有者を失った異界は、ゆっくりと、閉じてゆく。クロケルの棺が日原鍾乳洞から完全に消えるまで、それほど時間はかからなかった。
☆
「はぁーっ! はぁーっ!」
場所は夜の奥多摩、まだ9月で、ロッジやキャンプ場もあるので人はそこそこ出歩いていた。俺は、日原鍾乳洞を抜け出てそのまま全力ダッシュで山を登ったり駆け下りたりして、奥多摩まで1時間くらいかけて戻ってきていた。
「お兄ちゃん大丈夫!?」
「なんでそんな急いだんだよー」
「はぁ、はぁ、はぁ」
俺はなんとか息を整え、訳を言う。
「明らかにヤバい奴が、次元の裂け目から出てきかけてた。あの場にいれば殺される、そう判断した」
俺がそう言うと、ふたりは驚いてしまう。
「え、アラタの霊力なら大丈夫でしょ」
「怪異超常現象相手に生き残る分には問題ないが、純粋な力とかにはめっぽう弱いからな。それに、俺がいてもお前たちは確実に殺されてた」
「え……」
「クロケルと比べても、おかしいくらいの力の奔流を感じたんだ。俺の選択は間違ってなかったはず」
「でも、それだと僕たちの情報があっちにバレちゃってるような」
「それも多分大丈夫だ。あの悪魔、俺らを見下してたから、多分顔も名前も覚えてないはず。でも、これでIIO Linkへの警備は、より厳重になったと思う。まさか、あんなのがいるとはなぁ」
一応雲外鏡に聞き出した場所はすべて回った。なので、一旦聖獣用IIO Linkへの討ち入りは打ち止めだ。しかし、ここから先はもう少し慎重に調べないといけないな、これは。
それと、気になったことがもう一つ。
「人族絶滅って言ってたけど、あながち嘘じゃないかもしれない。少しツテを使って探ってみよう。今日は奥多摩でどうにか宿とって、明日青梅まで戻るぞ。ユキ、詳しい説明は宿を取ってからな」
「「はーい」」
…..俺は、俺たちはなにかとんでもない陰謀に巻き込まれかけているのではないだろうか?
本当にこのままIIOと、セレブラムと関わって、聖獣を助けるという選択を取っても大丈夫なのだろうか。そんなことを考える。そんな俺達を、煌々と輝く月が、ひっそりと照らしていた。





