強制されたインテリ教育は、基本的に効果がない
俺は玄関から中に入り、そのまま応接間に通された。その間に使用人を何人か見たが……いずれも人間ではなかった。人の形はしていたが。
そうして、今俺の座るソファの前には、見た目はまだ若い、しかし明らかに、短くとも数百年は生きているだろう雰囲気の妖が座っていた。こいつが、九尾だろう。髪の色は、白。……エリスと、同じ。
警戒しているのか、自分が座っているソファの後ろには、インターホンで応対してくれた人であろうか、ひとり、色無地の和服を着た女性が、武器を持って待機していた。……妖刀だな、あれは。
「……なんだここ? 今の時代、怪異は人間に混じって生活することで生命維持しているのは常識だが、それにしてもここまで馴染めてるとは思わなかった。改めて、本堂新多だ。知っているとは思うが、退魔師をやってる」
「……貴方の祖父には何度も煮え湯を飲まされてますから、よく存じておりますよ」
言葉の節々から感じる棘。爺さんがこの妖に一体何をしたのか気になるところだが、俺は早々に本題に移った。
「それで、あんたが九尾でいいんだな」
「天乃城……ヒスイです。用件は」
「あんたは、洋風の名前じゃないんだな」
「……どこでエリスの存在を知ったのです」
言葉尻に怒気が混ざる。ビンゴだ。なんらかの関わりがある。
「エリスはどこだ。出せ」
「無礼ですよ、小童。正見の孫ならばこんなものですか。教育もされていない。突然訪ねてきたと思えば、娘をいきなり出せと要求する。そもそも出せと言われても困りますが」
……娘、と来たか。だが、愛情を感じられるような発言ではないな。俺は怒りをなんとか抑え、次の言葉を発する。
「それは、セレブラム・コーポレーションと結託してIIOに怪異を供給しているのとなにか関係があるのか?」
「小童、どこまで知っているのです。……そうですか! 貴様、先天性の霊能者でしたね、では、なるほどあの報告があった…..、そうですか、気付いたわけですか」
ヒスイは一人でなにかに納得したあと、ニヤリと笑い。
「ちょうどいいですね。正見の孫だと警戒しましたが、武器も持たず丸腰とは。ならば、ここで始末するのもいいでしょう」
ズアッ! 唐突に、周囲の景色が変わる。ある一定以上の力を持った怪異が行う【異界降誕】。ヒスイはそれを使ったのだ。場所は……洞窟か。しめ縄のついた大きな岩が中央に鎮座している。座っていたソファは、背もたれのない岩になっていた。
「……はぁ〜、上級以上の怪異はいつもこれだ。不利だとわかるとすぐに自前の異界に引き込んでどうにかしようとする。それしか芸がないのか?」
「黙って聞いていれば、大奥様に対して無礼な……!」
その時、後ろで聞いていた使用人がキレる。持っていた抜き身の妖刀を俺の首に回す。
「……俺は人間に悪影響のない怪異には穏健派だが、これでも史上最強の退魔師を名乗ってるんだ。喧嘩を売られたら買わざるをえなくなる。今すぐ異界を綴じて、首の刀をどけろ。さもなくば消す」
「貴様ァッ!!」
「よせ、熊!!」
ヒスイの声を無視し俺の首を跳ばさんと抜かれた妖刀は、俺の首に当たった部分を起点に粉々に砕け散る。
「な!? ブッ」
そして俺はそのまま振り向きもせず、使用人の首を掴み、そのまま霊力を流した。
「ギャアアアアアアアア!!!!」
雷に打たれたかのようにプスプスと音を立て、熊と呼ばれた使用人は、その場へと崩れ落ちた。
「安心しろ、殺しちゃいない。これは警告だ。もう一度言う。エリスを出せ」
俺は、静かに怒る。ナメられたものだ。俺は、虚仮威しで最強を名乗っているわけではない。ここに丸腰で入ってきたのも、万が一にもまとめて消せると踏んだからだ。
たとえ九尾でもそれは例外ではない。先ほどまではそれに気付いてなかったようだが、熊と呼ばれた使用人が妖刀を当てた首元に、霊力が集まるのを感じとり、使用人を止めようとした。まあ、九尾というだけあって、伊達ではないのだろう。
……そもそも、妖刀で俺に傷をつけられるわけないだろう。殺したきゃ人間の武器を持ってこい、雑魚。
「……それは、できませんね」
「なんでだ。お前の娘なんだろ。どこにいるかはわかるはず」
「ええ、いますよ。そこに」
ズズズ、と中央の大岩が、セレブラム製のVRギア、IIO Linkへと変わり、その中には、見覚えのある、白狐。
「エリス!!」
俺はその場を立ち上がり、IIO Linkに駆け寄る。エリスは、寝息を立てていた。まだ、ゲーム内に囚われているのだろう。
ひとまず、生きているのはわかった。それならば、聞きたいことは変わる。
「ゲーム内で聖獣として現れるモンスターは、現実に存在している怪異なのは間違いないな?」
「らしいですね」
「じゃあなんで、なんで自分の娘をゲームの中に閉じ込めるんだよ!」
「教育ですよ」
「教育、だと……?」
なにを言ってるんだ、こいつは。
「……エリスは、兄弟姉妹の中でも特別出来が悪かったのです。天乃城家の恥です。13歳にもなって、尾はたったの3つ。妖力の扱いも下手。勉学もまずまず。妹のセレスの方が出来がいい始末です。そんな時、ある人が、持ってきたのですよ」
「持ってきた? なにをだ」
「Ingenium Inventio Online、それの出資権ですよ」
「出資権……?」
「ええ。私はその契約書に同意し、金銭と、エリスを含めた配下の妖複数名を貸与しました」
なんだ、この物言いは。妖だって生きているだろう。それも、娘を含めて、貸与? ふざけてる。
「IIOは、才能がわかり、ゲーム内ではそれが育ちやすいそうですね? だから私はそれに賭けたのです」
「IIOに、娘の教育を、押し付けたってのか……!!」
腑が、煮え繰り返りそうだ。そんな親のエゴのために、エリスは一ヶ月間も怖がりながら墓地に閉じ込められてたってのか……!
「お前は、お前は、ゲーム内でエリスがどういう状態だったのか、わかってるのか…….!」
「ええ、わかってますよ。あの人が言うには、人間と共に冒険し、友情を深めながら才能を育くみ、成長していくのでしょう?」
「違う!!」
こいつ、こいつはなにもわかってない。知らされてないんだ。それがまた、腹立たしい。
「こいつは、エリスは、一ヶ月間も、記憶も消されて、ひとりで、たったひとりで墓地に放置されて、俺が会った時は、レイスが怖いと震えてた。それが、どんな教育になるんだ。言ってみろよ!」
「何......?」
「なにも、知らないのか!」
「そんなこと、ひとつも聞いておりませんよ」
「それでも親か!!」
「私は何一つ聞き及んでおりません。現実の記憶に関しては、人間との軋轢を生まないようにゲーム内へは持ち込まれないとの説明がありましたが、墓地に一ヶ月?」
「……お前に、エリスは任せられない。今すぐエリスをここから出し、異界を綴じろ」
俺は、これ以上目の前の九尾の相手にするのは無駄だと考えた。騙される方が悪だとは言いたくないが、エリスに害が及んでいる以上、悪だ。こんなところにエリスはいたら、腐ってしまう。
「あまり、強気に出られても困りますよ、小童。熊は油断しましたが、私は違います。これでも国内では最強の妖怪の一角です。たかだが人間の霊能力者一匹、それも少年に、負けるわけがないでしょう」
「試してみるか? 畜生風情が」
バチィ! 俺は腕に霊力を流し、圧縮する。ヒスイは、紫色の火炎弾を作り上げた。
「後悔しますよ、小童」
「俺が後悔するのは、エリスを助けられなかった時だけだ」
九尾の異界で、霊力と妖力が、激突する。





