囚われた女の子が人間じゃないとは一言も言ってない
チュートリアルを終わらせると、自分は最初の街へと飛ばされることとなるようだ。もちろん、俺の肩のうるさい子狐も一緒だ。ただ、飛ばされる前に聞きたいことは聞いておく。
「なあ、お前名前なんてんだ?」
「……エリス」
……なんでジャパニーズ妖狐なのに洋風な名前なんだよ。
「なあ、機嫌直して普通に喋ってくれないか? 悪かったって、まさか妖狐だとは思わなかったんだよ」
「……痛かった」
こいつ、俺の方を一向に見ようとしない。
「お前、肩から降りてもらうぞ」
「や」
そう言うと、肩に爪をたてる。
「いたたたたた! わかった! わかったから爪たてんな!」
……こいつ、めちゃめちゃ凶暴じゃねえか! 先が思いやられるな。そう考えながら、視界に表示されているチュートリアル終了の表示を、指でタッチした。
俺とエリスが夜の教会から、昼下がりのIIO最初の街、プリムスマギアの中央広場へと転送される。
RPGあるあるだが、もちろん転送先は噴水の前。最初の街だけあって、かなり賑わっているようだ。
現時点で街自体は3つ解放されていて、そのエリア内ならどこにでもいけるらしいが、後続初心者の俺には関係のないことだ。
しかし、転送されてすぐ、どうにも見られている気がして居心地が悪い。
俺は、一旦中断しようと思い一番近い宿屋を探し、そこでログアウトすることにした。
道端でもログアウトできるにはできるが、しばらくアバターがその場に残るし、コイツがどうなるかわからなかったので、俺はちょっとした優しさから宿屋を選んだ。
そして、エリスに部屋から出るなよと言い聞かせ、宿屋からログアウトした。
☆
俺は、家の居間に置いたVRベッドから起きあがる。
爺さんは相変わらず日本全国飛び回って、依頼者のために霊障を解決していることだろう。おそらく今回は、二週間くらいは帰ってこない。
その間にこの居間にある謎のカプセル型ベッドをどうにかしなければならないが、それを考えるのは後だ。
時計を見ると、どうやらすでに午後3時過ぎ。昼飯を食べていないことを思い出し、軽く昼食を取って大雅に連絡することにした。
最初はソロを覚悟していたが、三尾ではあるが狐を拾ったのでテイマーで通すことにする。ファンタジーならなんでもありだ。
だから、テイマーの俺がモンスターを攻撃しなくても一切不自然じゃない。きっと、納得してくれるだろう。
……あのワガママ狐が一切言うことを聞かなかった場合のことは、考えるのはやめた。きっと、IIOのどこかで手に入るはずのジムバッジが足りないんだ。
昼食をとり、明日の準備をして現在午後4時半。俺は大雅に電話をかける。
「もしもし、大雅か?」
『お、新多か。どうだった? 才能わかった?』
「あー、まあまずはありがとよ。あんな高いもん」
『気にしないで、あれくらい。新多と遊ぶ方が僕にとっては価値があるんだから』
こいつ、嬉しいこと言ってくれるじゃねえか……。
「そういや才能だけどな、そっちは置いといてそこから生えたスキルはテイマーだったよ」
『……ていまぁ? ないない! 昔から動物に嫌われまくりで有名な新多がテイマーとかないない!』
「……テイマーだったもんはしょうがないだろ」
こいつ、鋭いなぁ……。俺はそれでも電話口なら嘘がバレないとゴリ押す。
『……マジ?』
「マジ」
『マジか〜……。まあいいや、とりあえず待ち合わせようよ。どこまで進んだの?』
「チュートリアル終わったとこ。噴水に転送されて、宿屋でログアウトした」
『ふーん……。なんでログアウトして通話してきてるの? ログインしっぱなしかと』
「どういう意味だよ。ログアウトしなきゃ電話できないだろ」
『IIO Link とスマホ繋げなよ』
「あいあい、おー、りんく?」
『あの回復ポッドみたいなやつ! あれスマホと連動してログインしながら通話とかメールとかできるようになってるから』
「マジかよ」
『マジだよ。じゃあ30分後に噴水前で、PNは?』
「アラタだよ。カタカナ」
『ひゃー怖いものなしだね。じゃあ15分後に!』
「あっ、おい待て! 俺お前のPN聞いてな……」
大雅は、通話を終わらせる。おそらくなにかのクエスト中だったのだろう。通話中でも金属と金属の合わさる音が聞こえてた。
しかし、本当に連動するらしいな。どれ、飯も食い終わったし、ささっとゲームに戻ってあの狐にいろいろ聞くか。
俺は、スマホと回復ベッドを連動設定すると、再度寝っ転がり、ゲームを起動して目を閉じた。
目を開けると、宿屋の天井。離れていた時間は2時間くらい。近場ですぅ、すぅ、と寝息。おそらくあのクソ狐だろう。しかし、なぜか体が重い。MPの使いすぎはご法度ってか? しかしマジで重……。
ふにゅ
……狐にしてはやわらかい、人間の感触が、俺の右腕にまとわりついている。
マジか、もしかしてログアウトしたあとの俺って自動で動くの? 誰か女の人連れ込んじゃった? というかこのゲームそんなことできるの? R-18じゃん! そんなことを思いながら顔面から血の気がサァッと引いていく。
俺は、固くなった首をギギギと右側へと回す。するとそこでは、狐耳を生やした中学生くらいの、可愛らしい女の子がすやすや寝息を立てていた。
「おわああああああああああ! 事案だああああああああああああ!」
「きゃあああああああっ! いきなり耳元で叫ぶな!! うるさいっ!」
ボコボコ、と華奢な手で顔を殴られる。地味に痛い。
「ゆっくり寝てたんだから大きな声出して起こすな! ずっと墓場にいて眠れてないんだから!」
ずっと墓場…? こいつまさか……。
「お前、エリス、か……?」
「それ以外なにがあるの? お前バカみたい」
そうエリスは言うと、自分の目線を落とし、自分の手を見てちょっとピクッとし、数瞬固まった後、ボンッと煙を発生させながら子狐へと戻った。
「……見た?」
「……どれに対して言ってるかはわからないけど、そりゃバッチリ」
「やらかした……」
正直なにをやらかしたのかはわからないが、目の前の子狐が人間になってたのは事実だ。
「お前、人間になれるのか……」
「まぁ、妖狐だし……」
「マジかよ」
「マジ。お前アホだな」
「俺にはアラタって名前がある」
「アラタアホだな」
「言い直さなくていい。でも秘密にすることじゃないだろ」
「だって、男は皆獣だし、可愛いか弱い女の子だってわかったら……襲うだろ?」
「襲うか!!」
「嘘だね! あのレイスどもだって襲ってきたんだからな!」
「あいつらほとんど女だったぞ」
「……なんでそんなことわかんの? 怖ぁ〜……」
コイツマジで……! クソガキ……! 俺は職業柄ああいうのしっかりよく見えるんだよ……! とはまさか言えないので、俺はなんとか怒りを鎮め、あるひとつのことを聞いてみる。
他にも聞きたいことはいろいろあったが、衝撃ですべて吹き飛んでしまった。
エリスは人間状態の方が慣れてるのか、話の途中でまた人間に戻る。
「だいたい襲われるって思ってんなら逃げればいいだろ」
「ムリ。アラタは僕のご主人様として登録されちゃってるから」
そんなことを言い出すので、自分のステータスを見る。ステータスには何度も確認した才能『幽霊退治』と、ユニークスキル『ゴースト特攻』の他に、もう一つ項目が追加されていた。
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契約中の聖獣: エリス (妖狐)
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「けいやくちゅうの、せいじゅ、う?」
「そ。僕、クエストクリアの報酬にされちゃったから、逃げられないの」
まあ別にいいけどね、あの墓場にいるよりマシだし、とエリスは付け加える。しかし、俺にはこれがなにか、仕組まれたようなもののような気がしてならなかった。
「どうやって、契約解除するんだ?」
「できないよ。諦めて。アラタがいなくなっても、僕はずっとそれに縛られたまま」
エリスが悲しそうな顔をする。その表情は、なにか人間味があって、ここがVRMMORPGの世界だと忘れてしまいそうな、相手がAIで動いてると忘れてしまいそうな、それくらいリアルで、俺は息を飲んでしまう。
「……だったら、俺がゲームをし続ければいいんだろ。そうしたらエリスは退屈しないし、いろいろな場所に連れて行ける」
「……ホント!?」
パァッと、エリスの顔が目に見えて明るくなる。狐耳は生えてるし生意気だが、ここまで可愛い子に喜ばれるのは悪くない。妹ができたみたいだと、俺は思う。
「ああ、その代わり、ひとつ条件がある」
そして俺は、自分で自分はずるい人間だと憂いながら、エリスへ条件を提示する。今ならゴリ押しで通ると思ったから。
「基本的に、外では許可がない限り子狐の状態でいてくれ。それと、俺の職業をテイマー、エリスをテイムしたモンスターで通す。それに同意してくれ。俺が幽霊を倒せるのも言外するな」
「……わかった。それくらいなら、いいよ」
よしっ! 俺は心の中でガッツポーズしていた。正直この無理難題をどう押し通すか考えていたのだ。エリスが下手に出ていて助かった!
そうと決まれば大雅との待ち合わせまであと10分。そろそろ宿から出て噴水前に行かなければならない。
「じゃあエリス、今から俺の友達に会うから喋らないで狐のフリしててくれよな」
「はぁ〜い」
エリスは俺の言うことをちゃんと聞きポンッと子狐形態になると肩に乗ってきた。おそらくそこが定位置になるのだろう。
「なんで肩?」
「だってここ、見通しいいじゃん。アラタ背高いし」
「親に感謝だな」
そんなことを言いながら、俺はエリスと宿を後にした。





