自分がモテている自覚が甘い人間は、周りの生活環境をクラッシュしてくる
「おはよーさん」
ガラガラッ、俺は教室のドアを開け、いつも通り自分の席へとつく。場所は廊下際、前から3番目。
2番目が大雅で、七瀬がちょうどクラスの中央の席に座る。今日もすでに七瀬の元へはクラスの女子が集まり、くだらない会話をしていた。
いつものように先に来ていた大雅へ挨拶し、座り、他愛のない話をする。いつもなら、それで終わり。だが、今日は違った。
「あっ!」
聞き覚えのある声、その声の主ががらっと席を立ち、俺の座る位置までやって来る。
「新多くん、おはようございます!」
七瀬だ。なにもわざわざ来なくていいのに、俺はそう考えた。そう、それしか考えられなかった。結衣のこの行為が、クラスにどのような結果をもたらすかも考えず。
まず、通常であれば俺と七瀬は接点がない。にも関わらず、七瀬から俺に挨拶をした。この時点でクラスがザワ付いた。
その後「ん? 今下の名前で呼んだか?」というどこかの席の男子の発言を皮切りに、そのザワつきはもはや止まるところを知らず。
俺でも気づく。ここで仲が良さそうに返事をすれば、七瀬結衣ファンクラブの会員に拉致され、弁護士が同席できないまま秘密裁判にかけられ、最終的に獄中死するだろう。
俺は、幽霊よりもネジの外れた人間の方がよっぽど怖い。七瀬結衣ファンクラブの人間には、関わりたくない。
「おー、おう、七瀬、おはよう」
なるべくそっけなく、自分の人気を自覚して人に話しかけろと暗に態度で示し、この会話を穏便に終わらせる方法をとる。
頼むっ! 理解して席に戻って、元のメンツと話を弾ませてくれっ……! 俺の学校での平穏を壊さないでくれっ……!
……ダメだっ! これは、わかってない! キョトンとした顔をしてるぞっ! やめろ、もうその口を俺に向けて開かないでください!
「……? 新多くん、私たちの仲ですよね? あっちみたいに結衣って呼んでください」
やったああああああああああああ! こいつやりやがった! 爆弾を投下した! 無自覚爆撃機が俺の平穏な学生生活を破壊しに来やがった!
「「「「私たちの仲!?」」」
ほらぁ、こうなった! 特に女子連中が目ざとく反応し、人によっては他のクラスや別の学年に連絡を取っている。大雅に至っては机に肘をつき両手で顔を覆い、そして。
「新多ァ!! 私の結衣になにをした!! 言え!!」
宮本に至っては、ブチギレている。椅子の座面に片足を乗せ俺の胸ぐらを掴みヤクザの強請りみたいに凄む。……怖ぇ〜。ギャルの迫力ハンパねぇ〜! 言い訳しなきゃ、言い訳。
「いや、その、「晴やめて!」」
「結衣? こんなガラ悪いヤンキー崩れのバカと関わったら道踏み外すよ?」
「そこまで言わなくてもいいだろ!」
あまりの言われように、さすがに抵抗した。髪色だけで人を判断しないで。
「そうです! 新多くん、優しいんですから! 昨日と一昨日だって、あっ」
ああああああああ! それはダメ! 終わった! 大空襲が俺を襲う! 爆撃とストレスで禿げちまう!
実は、そこまでまるっきり自覚がないわけじゃない七瀬は、そこまで言ってついに察する。察しのいい天然は本当にたちが悪い。まだ突き抜け天然の方が被害額が少なくて済む。
「「「昨日と一昨日……週末お泊まりデート!?」」」
ほーらこうなった、ここからは噂に尾ひれがつき、最終的に俺が良からぬ手で七瀬を手篭めにしたあたりまで話が膨らみ、3年の先輩に体育館裏に呼び出されるのだ。
ただ、一方的にボコボコにされる気はない。返り討ちにしてやる。
「あっ、違」
もう遅いんだよ、七瀬。一度言った言葉を引っ込めることはできない。俺の学生生活は終わったんだ。
……よく考えれば、俺はスネに爆弾を抱えすぎた。最初はただ、最強退魔師だということがバレなければそれでいいと思っていた。それが、たかだか一週間でコレだ。
IIOを始めてからというもの、夜だけでなく昼の生活までひっちゃかめっちゃかだ。2度とあの、大雅と一緒に他愛のない会話をし、真面目に学業を受け、放課後にカフェでコーヒーを飲み恋愛を語り合う、あの生活はもう戻ってこない。
「……そんな生活してたっけ?」
人の心を読むな、大雅。いくら察しが良くても、それはさすがにエスパーだぞ。俺でも許容できない。
「あ、あ、あ、あら、あらた、アンタ、本当に、ほん、そん、……鬼畜!! 人でなし!」
宮本が、ぶっ壊れた。涙目でクラスから走って出て行ってしまった。誤解だ。それでも俺はやってない。
……もう、クラスは収拾がつかない。大雅は知らぬ存ぜぬを貫き、結衣はオロオロし、完全にもらい事故を受けた俺だけが蚊帳の外に取り残され、今日1日が過ぎていった。
☆☆☆
「は゛ぁ゛〜、今日はひどい目にあった!」
俺は逃げるように帰宅して、IIO Linkに沈み込みIIOへログイン。果たし状は受け取らなければ応える必要がない。あとはほとぼりが冷めるまでなんとか逃げればいいんだ。
「あの、ごめんなさぃ……」
爆弾魔は現在、俺の正面で申し訳なさそうにしている。ここはロッジの大広間、俺たちパーティーの拠点である。
「お兄ちゃん、なんかあったの?」
ユキが空気感を察して聞いてくる。エリスは、興味はありそうだが、それよりも今食べてるあぶらあげに夢中だ。
「ユイナが無自覚に、俺と非常に、非常に仲がいいと周りに聞こえる音量でバラした」
「それのなにがダメなの?」
「ユイナは自分の校内での立ち位置を自覚していない」
「さすがにある程度は自覚してたつもりなんですけど、あそこまでだとは思わなかったんで……す……」
発言の音量が尻すぼみに小さくなってゆく。そうなのだ、ユイナは自分がかわいくてモテることをある程度、本当にある程度は自覚しているのだ。まるっきり鈍感ではないところがまたたちが悪い。
「クラスの男子の視線とか、結構気づきますよ。他の人もこんなに見られてるのかな? って思って晴にも聞いたことあるんですけど、『アンタが異常にモテてるだけ』って突き返されちゃって」
あはは、と苦笑いをする。
「でも、普通あんなになりますか!? たかがクラスの1女子ですよ!? 他の女の子は、ハルとかだってアラタくんに仲よさそうに話しかけてるじゃないですか! 羨ま……じゃなくて、別に普通のことだと思うんです!」
今度は怒り出した。しかし、まだ自覚が甘いな。俺は自覚してもらうために、ユイナに質問を投げた。
「今まで、同年代の男の人を、校内で、下の名前で呼んだことあるか?」
「? ないですよ?」
俺の発言の意図を理解してないな。
「じゃあ、こうしよう。自分から校内で、クラスの男子に話かけたこと、あるか?」
「……ナイデスネ」
棒読みだ。どうやらコトの重大さを理解してくれたみたいだ。
「以上。判決を言い渡す」
「ちょっと待ってください! 確かにあれは唐突だったかもしれませんけど! 誰に話かけるかは私の自由だと思うんです! 他の人が騒ぐ方がおかしいですよね!?」
必死だ。だが、一理あるのも確かだ。本人に悪気はない。情状酌量の余地はあるな。
「……わかった、じゃあ今度コーヒーでもおごってくれ。それでチャラにしてやる」
俺は、ただ、校内の自販機でコーヒー1本買ってもらうつもりで、今の発言をした。
……しかし、のちにわかることだが、歩く爆発物生成機構、突き抜けた察しのいい天然上品お嬢様、七瀬結衣ことユイナにそれは通用しない。
「!? わかりました! わかりました!」
七瀬がなにやら笑顔になっていた。奢らされるだけなのによくこんな顔できるな。ドMか?
ドMと言えば、リルだ。一晩考えたのだが、やはり昨日のあの反応はおかしい。俺の霊力は、幽霊妖怪、怪異の類など超常現象には確実に毒だ。その毒を自ら受けたいと言っている。ドM疑惑がある。だからなるべく会わずにはぐらかしていきたい。
「んで、今日はなにすんの?」
あぶらあげが話に、間違えた、エリスが話に加わってくる。
「今日はさすがに普通のクエストをしたい」
「そうですね……」
「んじゃ、ギルドいこ」
俺たち4人はロッジからプリムスマギアの冒険者ギルドまで向かい、クエストを受けるコトにした。
移動した先で、俺たちは端末を操作する。クエスト一覧を呼び出す。うーん、このクエスト、どうだろ?
「これどーよ?」
「アラタまた寄生する気?」
「ゴースト系受けたら逆に楽しめるの俺だけじゃん」
「それはそうだけど」
「そもそもゴースト系行きたいか?」
「……それは、そうだけど」
エリスが折れそうだ。
「でもそれじゃ逆に、アラタくんが楽しめませんよね? だったら皆で楽しめる、謎解き系のクエスト行きませんか?」
「さんせーい!」
ユキがユイナの提案に同意する。
「それなら……これかな」
俺が選んだクエストは、崖の上に建つ城の内部調査だった。
☆
そして今現在、俺たちは城の前にいる。
「これ、城? 城だけど……」
「雰囲気は完全に……」
「正直軽く考えてました、これ、絶対、でますよね?」
「ファーストクリアボーナスが残ってる時点で察するべきだったよね……」
4人がそれぞれ、今考えていることを言う。
「もう受けちまったもんはしょうがない! 行くぞ!」
明らかに雰囲気上やばい、崖の上に建った古城に、俺たち4人は吸い込まれていった。
月を背に存在する悠々たる、幽々たる古城は、人を、生命を吸い寄せる。まるで誘蛾灯のように。
そしてこのクエストが、俺のIIOプレイヤーとしての、最強退魔師としての人生の分岐点になることを、俺はまだ知らない。
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依頼 No. 3/IIO
調査依頼 崖上の古城
難易度:★★★★★★☆☆☆☆
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