囚われた女の子が人間だとは一言も言ってない
そんなこんなで、今俺は第一の街にある教会墓地に来ています。西洋風の教会に併設された、西洋風の墓地。ふむふむ、このゲームはちゃんと中世・近世ファンタジーなのね。
「しかしまさかチュートリアルでオバケ退治とはねぇ……偶然とは思えんな」
右上のウィンドウは、3の場所に転送された段階で消えていた。夜空には煌々と三日月が輝き、墓地を仄暗く照らす。
現実の時刻はまだ午後2時くらいだし、このゲーム、時間は現実と同じスピードで流れるって聞いたんだが……。マップによっては違うらしいな。
そのままザクザクと、丸腰で墓地へと足を踏み入れていく。すると、どこからともなくシクシクと、すすり泣く声が聞こえる。
うわぁ〜、テンプレぇ〜、と俺は思ってしまった。
幽霊の中には人間に取り憑くために、小さな女の子の声ですすり泣き、人をおびき寄せる奴も多い。
最近は非科学的すぎて効かなくなってきているらしいが、幽霊界隈ではいまだにポピュラーでオーソドックスな手段だ。俺も休みの期間中飽きるほど聞いた。
そんな手段を使ってくる霊に俺は苦笑いしながら、奥へ奥へと足を踏み入れていく。すると、どこからともなく、幽霊......この場合はファンタジーだからレイスか、それらが近づいてくる。ようやくお出ましか。
「退魔師の技のひとつ、本堂新多流除霊術、ゲーム内でどの程度通用するか、お前らで試してやる」
ピコン、右上のクエストウィンドウが更新される。
ー
レイスを10体倒し、囚われた女の子を救出しろ!
ー
なるほどね。囚われた女の子か。いかにもチュートリアルにありそうな。そう頭の中で考えながら周囲を見渡す。
確かに、レイスが10体。こいつらを倒せばいいんだな。
『ヨヨ……ヨ……』
なにかを言いながら、近寄ってくる。
俺は、霊力パンチのレンジに入った1体が邪魔だったので軽く小突く。すると、
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
と叫びながら、小突かれたレイスは消え去っていった。ピコン、とクエストの討伐カウントが加算される。
「えぇ……?」
威力絶大にも、ほどがあるだろ、コレ。小突いたとは言えど、軽く触っただけだぞ。それなのに瞬殺……?
そのまま2体目、3体目と、もはや殴るのを辞め、友達の肩を叩く感覚で、「オウ、レイスくん! 待ったか?」とか言いながら、触っていく。そして、件のレイスくんは、触った先から消えていった。
ピコン、ピコン、と2体目3体目のカウント。
「これ、やばくね? ゴースト属性がどれだけいるのかわからないけど無双じゃん」
確かに、俺こと本堂新多は泣く子も黙る最強退魔師ではあるが、現実の幽霊はここまで弱くない。この件に関しては、運営に文句を言わねばなるまいと、俺は考えていた。
「しかし、ただ触るだけで消えるのか。一応攻撃として触ってるからかな?」
そんなことを独り言ち、自分は幽霊に対し攻撃していないという認識を持つ。手に流していた霊力のようなものを霧散させる。
レイスは相変わらずゆっくりと近寄ってくる。仲間があんなにあっさり消されたのに呑気なもんだなぁこいつら。
「はーいこれは攻撃じゃありませんよ〜」
意味はないが、そうやって口に出しながら触る。すると、なんとペタペタ触れてしまう。
「おお……! 触れる! 触れるぞ!」
俺は、感動していた。強い個体だと別だが、現実の雑魚幽霊は、除霊しようと考えないと触れないのだ。
「ゲームだけど、これは感動するなぁ……!」
ここに宮本がいれば「なんでそんなことで感動するのよ……変態?」と言っていたところだろう。
しかし、触れることがわかった今、この残りのレイス7体に用はない。邪魔者にはさっさと退場してもらうことにしよう。
ボゴ、ボゴ、と、消えていないレイスを1体ずつ丁寧に、心を込めて殴ってゆく。
矛盾しているようであるが、心を込めて丁寧に殴ると、大変に除霊の効き目が良いのだ。それはどうやらゲームでも変わらないようで、レイスは叫ぶ間もなく端から爆散してゆく。
そこまで時間もかからずレイス10体、すべて退治し終わり、俺は満足感を得られていた。
「……なるほど、休み期間中以外は高校があって幽霊を殴れず毎度イライラしていたが、このゲームならそれが解消できそうだ。これは、マジで大雅に感謝しなくちゃな」
俺は、すでに悪の帝王などどうでもよくなっていた。幽霊を毎日殴れる。それだけで、十分であった。
爺さんにこき使われているのは確かだが、幽霊自体を消すのは嫌いではない。むしろ好きだ。数が多かったり、強かったりするのを当てがってくる所に、若干腹が立つだけなのだ。
するとピコン、とクエストが更新される。クエストクリアと表示されていた。
「おぉ〜これでクエストクリアなのか。クリア報酬はどこから受け取るんだ?」
チュートリアルなのだから、クリアしたらクリア報酬があるはず。俺だってまったくゲームをしないわけではないからそれくらいはわかる。しかし、一向にクエストは更新されないし、消したいあいつは出てこない。
「……あれ〜? おっかしいぞぉ〜? なんでクリアにならんのだ?」
しばらく、時間にしてせいぜい10秒ほどだろうが、墓地の真ん中でうんうん唸ってると、墓地の奥、教会の側からまたもすすり泣く声が聞こえてきた。
なるほど、あのクエスト開始時に聞こえてきた声はレイスじゃないのね。囚われた女の子の方か。
俺はその泣き声を頼りに歩いていくと、その道中、丸まっている子狐を発見する。
「おお……狐だ……!」
俺は感動していた。幽霊退治体質のせいで、昔から動物にはとんと好かれたことがない。寄ろうとすると逃げるのだ。ゲームの中だけでも好かれたい、そう思いながら丸くなった子狐を触る。すると。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「おああああああああああああああああ!?」
子狐が叫ぶ。なんで!? さっきのレイスみたいな……みたいな? やべ! 俺はある可能性に思い至るとすっと手を離す。
「この狐ゴースト属性かよ!? ……殺っちゃった?」
俺は、レイスのように霧散し消えてはいないが、かなりの叫び声をあげた子狐をおっかなびっくり観察する。どうやら、霊力が抜けきっていなかったようだ。
俺は拳に溜まった霊力をしっかり霧散させる。どうやらスキル発動にMPを使っていたようで、HPバー下の青い部分がごっそり減っていることに気づく。
子狐が、口を開いて普通に喋り出す。
「おま、お前ぇ、なんてことしてくれるんだよ! やっとレイスたちがいなくなったと思ったら、変なのいるしぃ! もーやだー! こんなとこいつまでもいたくないよーーーー!」
俺は驚愕した。目の前で腹を晒してひっくり返ってる狐が、ジタバタしながら喋ってわめき出したのだ。しばらくジタバタしたと思ったら、体を翻して地に足つけて立つ。そして、俺に対して威嚇しだした。
よく観察すると、尾が3本ある。どうやら妖狐の類かと推定する。なるほど、ゴースト属性だ。
ただ、威嚇だけで攻撃してくる様子もないし、ミニマップでのアイコンもレイスの赤色と違い緑色、ニュートラルを示している。戦闘になることはないだろうと安心する。
「ご、ごめんな。まさかこんなとこに妖狐がいるとは思わなかったんだよ」
俺は謝りながらその狐を撫でようとする。すると狐が、キッと鋭い視線を向けて噛み付こうとしてきた。
「触んな! 痛かったんだからな!」
こいつ、生意気な……! 消してやろうか……! フン! だ、だいたい、俺はお前に構ってる暇はないんだ! レイスに囚われた女の子を助けてチュートリアルをクリアしないといけないんだ。
しかし、その肝心の女の子が見当たらない。すると目の前の狐がとんでもないことを言い出した。
「ま、まぁ、助けてもらったことには変わりないしな。悔しいけどここから出るにも人の手が必要だからな。こ、今回だけだぞ?」
そう子狐が言うと、突然俺を駆け上がり、肩に乗る。そして、唐突に鳴るピコンという機械音。
「はぁ?」
クエストクリアの文字が更新され、チュートリアルクリア、となっていた。
そして、自分の視界には、
—
ファーストクリア報酬:妖狐 (メス)
—
と表示されていた。
……はああああああああああ? こいつが報酬!? というか、囚われた女の子って、狐ぇ!?
「嘘だろおおおおおおおおおおおおお!!」
と、思わず叫んでしまうほどの衝撃。
俺は、なんとかチュートリアルを無事にクリアするも、特に初心者用のアイテムや装備などはもらえず。
ただただ生意気な、俺の肩で前足をペロペロ舐めている子狐一匹が仲間に加わって、終わってしまったのだった。
そして、この子狐との出会いのせいで、俺は今後さまざまな出来事に巻き込まれてゆくのだが……。
それはまだ、先の話だ。