IIOは、なぜ生まれたのか
ここは、都内某所にあるセレブラムコーポレーションの自社ビル、その一室。
中には、会議室にあるような長方形のテーブルに、椅子ではなく縦長のモニターが20。そこには、SOUND ONLYと書かれており、怪しく光っている。
時刻は夜。電気は、ついていない。薄暗い空間だ。
ギィ、と誰かが入室してくる。入室した彼らは、モニター越しの対応はしないようだ。合計で3人、ひとりを除き2人は部屋の隅で待機している。
入室者、資料を持ったスーツの男は天井のプロジェクターとカメラが作動しているのを確認すると、20のモニターへ向け、口を開く。
「皆様、本日はお集まりいただきまして」
『御託はいい、さっさと始めろ』
並んだモニターのひとつから、低い男の声が飛ぶ。
「そ、そうですね、では、出資者定例ミーティングを始めさせていただきます」
口を開き話を始めたのはセレブラムコーポレーションの社長、須藤是政であった。
その後、須藤は隔週の定例ミーティングのために用意していた資料を使い、過去二週間にあったIIO内での出来事を、出資者、おそらく株主であろうか、20枚のモニターの奥にいる者へ報告してゆく。
「……ですので、才能がわかるという部分が周知されここ二週間でユーザー数も大幅に増加、IIOは世界一のVRMMORPGへと成長を遂げております。今後はゲーム内で使用可能なアイテムの数々の販売を予定しており、更なる売り上げの増加で事業の黒字化を……」
株主に対し耳障りの良い言葉が並ぶ。しかし、彼ら20人が欲しかったのは、そんな報告ではなかった。
『くだらんその場しのぎの報告はよせ。我らが求めているのは金ではないことはわかっているだろう』
そうだそうだ! そうヤジが飛ぶ。
『資産なら、もう有り余るほど。そのような些々たる報告のために、ヒト、モノ、カネをお貸ししているわけではないと、あなたもわかっているでしょう』
妙齢の女性の、落ち着いた声が響く。
『だいたいゲーム内でアイテムなど販売しては、プレイヤーが減るのではないか』
『我々は目的を達してさえくれれば赤字でも構わんのだ。今ゲームをプレイしている人間を数十年抱えるだけの設備投資は完了しているだろう』
忙しい中そんな報告を聞きに来たんじゃないんだ! と、威圧感のある声が飛ぶ。
会議室にいるセレブラムコーポレーションの社員は、社長を含め戦々恐々だ。彼らも取締役ではあるのだが、それでもこの20人に恐怖している。
『本当さぁ、ちゃんと探してくれないと、殺しちゃうよ?』
ゾッとしない、会社の会議室で終ぞ聞くことのない文言が飛び出すも、須藤や他の二人は本当に殺されることがあるのかの如く、顔に恐怖を張り付かせる。須藤は、唾を飲み込み喉を鳴らし、そして、なんとか次の言葉を絞りだす。
「先天性覚醒者の可能性がある少年を、ひとり」
『本当か!』『先天性か』『一ヶ月でやっと先天性がひとり?』
ざわざわざわ……と喜色、傍観、困惑、さまざまな感情が入り混じった空気が広がる。
須藤は、その響めきがおさまるのを確認し、話を続けた。
「二週間前に報告した、エルダーレイスの巣に閉じ込めた少女の話はしたと思います」
『あの面白い才能を持っていた女か』
『あの時点では無能力者だっただろう、目覚めたとでも言うのか』
『おいおい会議にバカが混じってるぞ。さっき先天性って言ってたろ。その例の女が覚醒してたら後天性だ』
『なんだと若造が!』
『やんのかクソジジイ!』
株主同士が、画面越しで喧嘩を始めてしまう。一向に話が進まない。
『くだらない言い争いはそれくらいにしてくださる? 一向に話が進みませんことよ』
『……マダム、失礼した』
『ホラ、オサマッタ。ツヅケロヨ』
「は、はい。まず、チュートリアル3をクリアした人間が出現したところから始まります。『才能がわかる』というシステムの都合上、チュートリアルの運営は独立管理AI:【ワカシ】に一任しており、誰にどのような才能があるかは知ることができません。チュートリアルを抜けてもその部分はブラックボックスのまま。そうするしか規制を突破することができなかったので、仕方のないことですが」
『まぁ、国の規制を捻じ曲げるほどの力は、流石にないからな』
『あら、私は持っていますよ。ただ工程が不自然になりますし、それで民に不信感が生まれるのでしないだけです』
『……チッ、女狐が』
「……続けます。結果として、セレブラム側では特殊な才能を持った人間が外部に発露するスキルを確認して、先天後天問わず覚醒者かどうかを捕捉するしかない。地道な作業です。そんな中、攻略組に彼女がおりました。PNはユイナ、回復魔法を使います」
『それは2週前に報告を受けた。それでエルダーレイスの巣にうまく捕らえ、現実での才能の発露を促しているというところまで。ならば、後天的覚醒ではないのか』
株主の一人が当然の疑問を口にする。しかし、須藤はそれを否定した。
「別の者がとあるギミックを起動させあの場所へと転移、エルダーレイスを全滅させ、その後エルダーリッチを復活までさせています。その復活したエルダーリッチをも、スキルをもって消しております」
『何!? エルダーリッチはそれほど弱くないだろう! アンデッド/ゴースト属性だ。無能力者が徒党を組んで倒すにしてもかなり骨が折れるようになっている』
「それを、ほぼ一人で倒したものがおりました。練度を見る限り、先天性の覚醒者で間違いないかと」
『そうか、そうか……ついに、1人目か……! しかし、エルダーレイスを倒したとなると、霊能力者か……』
『覚醒者でも小粒だな』
『ワシは探しておったがな。——とにかく、情報を出せ』
「承知しました。知りうる限りの情報を」
こうして当人の与り知らぬところで、アラタの情報は共有される。顔は見えないが、20人のうち何人かが、黒い画面の向こうで獰猛な笑みを浮かべていた。





