卵をたくさん生む雌鶏を選ぶ
「競争心こそが重要なんだよ! 最近の若い連中を育てるのには、そいつを刺激してやるのが一番だ!」
そう人事部長が言った。
拳をきつく握り、振り上げて力説している。
それはブースの一つで行われている小さな会議で、テーマは「若年層の実力アップ」だった。その案として、人事部長は互いに競わせる事を提案していたのだ。
ところが、それを聞いた草原という男はこんな事を語り始めるのだった。
「部長。雌鶏っているでしょう? 家禽で、まぁ、卵を産ませる為に飼育しているやつですよ」
草原はなんだかとてもちゃらんぽらんな話し方をする男のようだ。
「バカにしているのか、お前は。知っているに決まっているだろう」
そう返す部長に草原は飄々とした様子でこう尋ねる。
「その雌鶏に卵をたくさん産ませるように品種改良したいと思ったら、部長ならどうしますかね?」
質問の意図は分からなかったが、部長は腕組みをするとこう答えた。
「そりゃ、卵をたくさん生む雌鶏を選んで、その子供を残していけば良いんだろう?」
すると草原はそれに「ブー! 不正解です」とやはり飄々とした様子で返すのだった。
「不正解って、どうしてだよ?」
「実際に、そういう実験をやった人がいるのですがね、なんとそれを繰り返したところ檻の中で喧嘩をするような雌鶏になってしまったそうなんですよ。
当然、卵はあまり産んでくれません。互いに怪我して弱っちゃいますからね」
それを聞いて部長は考え込む。
「なんでそんな事になるんだ?」
「卵をたくさん産む雌鶏は、実は他の雌鶏の餌を奪って独り占めにするようなタイプの雌鶏だったからです。そういう雌鶏ばかりをかけ合わせていけば、当然ながら、攻撃的な雌鶏になってしまいます」
それを聞いて部長は黙る。草原が何を言いたいのか察したからだ。草原はまだ語り続けた。
「この実験にはまだ続きがありましてね。雌鶏一匹じゃなくて、“卵をたくさん産む雌鶏達がいる檻”単位で選んでいったら、なんと上手くいったらしいんです。
これは想像ですが、その卵をたくさん産む雌鶏達は、きっと人間関係…… もとい、雌鶏関係がうまくいっていたのじゃないでしょうかね?
競い合わせるのも良いかもしれませんが、やっぱりチームワークも重要なのじゃないかって私は思いますが」
“和”を尊ぶ日本が、かつて信じられないような高度経済に成功したのには、或いはこんな要因もあるのかもしれない。
参考文献:社会はどう進化するか デヴィッド・スローン 株式会社亜紀書房