第三話 耐えられる
まだ人間の形にもなっていない、赤ちゃんと思われる写真を医者がプリントアウトして私にくれた。
まともな人間ならばこれを見て心の底から喜ぶのだろうけれど、何とも言えない、寂寥感のようなものが胸の中を覆いつくした。
お腹の子を引き合いに出して奥さんと別れてもらおうか・・・。
だがよくよく考えてみると彼の奥さんにやっかみのような感情が沸いたことがない。
自分のところに来ては羽を伸ばすあの人を見て優越感に浸っていたが、彼の所有者になりたいと願ったことはない。
結婚もしていないし、この子を産むとなると今の職を失うことになるのだろうか。
「いつまでごまかせるかなぁ」
彼とは突発的に不倫の関係になってしまったけれど、奥さんの話になると急所を突かれたような顔をするのが面白いなと始めの方に気付いてしまった。
「奥さんに挑んだりする性格じゃないもんね、未希は」
学生の頃から気心が知れているさくらは無遠慮なところがあるが、昔から何でも相談しやすい。
「そうやって執着しないから相手に都合よく扱われるんじゃない?」
言われてみればそうかもしれないが、はっきりものを言いすぎだ。
「人のこと言えないけどさあ、平気で人を裏切る人ってきっと誰に対してもだよね」
「未希を選んでも自ずとまたそうなるだろうね」
薄情な男だなと思ったが、自分もかと悲しくなってくる。
「奥さんに報復されたら面倒だし、潮時だな」
さくらはそうそう、未希が妊婦になったら自分と今後酒を酌み交わせなくなるではないかと言った。
そうだねと調子を合わせながらも、産もうと思っていることを言うのは気が咎めた・・・。
家からあまり出られないから話し相手になってくれと最近度々京香に誘われる。
私は仕事あるので正直時間が余っているわけではないのだが、いつも帰るときに名残惜しそうな彼女の顔を見ると、ついまたいつでも連絡してと言ってしまう。
年齢の問題でそろそろ小作りも厳しいかもと危機感を持っていた京香がやっと妊娠することができた。
けれど体調があまり良くないため外出もできず、時間を持て余している。
京香の旦那さんの創介さんは、なんだか落ち着きがないのでしっかり者の彼女がいつも彼をサポートしている印象だ。
「気づいちゃったんだけどね、十中八九あの人女がいる」
京香は勤めていたときから変わらない耳障りのいい声でそう言い捨てた。
「ええ、ウソでしょ?!」
私は驚くと彼女の創介さんが禁を犯すようには見えないと言った。
「人がよさそうに見えるけど、あの人時々思いもよらない行動するのよ」
「だって、せっかく赤ちゃんできたんだし、京香が大変なときにそんなことする?」
いくら抜けている旦那さんでも手に入れた幸せを放棄するようなことをするだろうかと私は疑問に思った。
「創介は不器用だから何もなかったような態度をとることができないのよ」
「そうだろうけど・・、あんまり詮索しない方がいいんじゃない?」
すると京香はだんなさんのことをもともと信じていないからと吐き捨てた。
ではこういうことが起こることを予測するべきだったのではと私は頭の中で思った。
「今だから言うけど、私もあの人を他の女から略奪したから・・」
珍しく京香は歯切れが悪い。
「そうなの?!」
「そう。あの人は不実な人だから諦めるしかないのかも」
ドラマや映画の世界には浮気や不倫をしている人たちなどわんさかいるが、こんな身近にいるとは驚きだった。
「京香も創介さんを奪われないようにね」
「そうね・・・、いなくなったらそれなりに困るし」
なんとかすると言う京香の言葉が精一杯の虚勢だったと後で知ることになった。
自己保身というか、強がってしまいますよね(>_<)