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「フクとしてなら生きる気になったようで嬉しいよ」


  イシュル様はご機嫌な顔で俺の頭を撫で続ける。

 フクの意識だけの時なら家族に何度も頭を撫でられ、抱きしめられしていたけれど、福一の意識が戻った今は不思議な気持ちになる。掌が俺の頭を何度も何度も優しく撫でていく。福一としては一度も経験した事のない行為に、俺はなんだか泣きたくなってしまう。


「イシュル様」


 福一としての意識が戻る前でも、幼いフクの意識でも、頭を撫でられるのが嬉しくて溜まらない。

 頭を撫でて、抱きしめ頬にキスをする。それはフクの家族間では当り前の行為だったけれど、幼いフクは家族に頭を撫でられる度、抱きしめられる度にとても幸せな気持ちになって、胸がいっぱいになっていたのだ。


「家族が好きかな? 今の暮らしはどうかな」

「フクの家族が好きです。ずっと彼らと仲良く暮らしたい。嫌われたくない」


 でも、俺は福一の記憶を取り戻してしまった。

 フクではなく福一の意識で動いたら、俺は嫌われてしまうかもしれない。前世の家族がそうだったように。

 俺の頭を撫でてくれる大きな父の手、俺を抱きしめてくれる優しい母の腕。兄達はちょっと乱暴に、姉は母の様に優しく俺を抱きしめてくれたのに、それを失うかもしれないのだ。


「どうして君はすぐに悲観的になるかな」


 呆れた様にイシュル様はツンと俺のおでこをつつき、困った子だねと笑う。


「だって、俺は、福一は」


 家族に嫌われるかもしれないと考えるだけで体が震えてしまうのだ。

 誰からも嫌われて、それが当然だと思っていた福一とは違う。フクは家族の愛情も、愛されるという幸せも知ってしまったというのに、それを失うのは辛すぎる。


「君の過去は分かるよ、でもフクはフクの人生がある。家族がある。だから君はその気持ちのまま家族と暮らせばいいよ」

「でも、あの家は裕福です。今は皆優しいけれど」


 俺が選んだのは家族の愛情を感じる事が出来る暮らしだ。たとえ貧乏でも愛情が欲しいと俺は願った。それなのにあの家には貧乏と思う要素が一つもないのだ。

 イシュル様は言ったのに、お金はあるけれど冷たい家族。それなのに。


「ああ、それは気にしなくていいよ。君を折角生まれ変わらせるんだから良い環境にしてあげたんだよ」

「じゃあ嫌われたりしないですか、これから先も」


 フクならともかく、福一の性格が出てしまっても嫌われないというのか、そんな都合のいい話が本当にあるのだろうか。

 俺のこれだけ親切にしてくれるイシュル様を疑うなんて、本当に失礼な事だと分っていてもすぐに信じる事が出来ずに呆然とイシュル様の顔を見つめてしまう。

 感情が高ぶっていたからしっかり見た事がなかったけれど、イシュル様はとても綺麗なお顔をしている。家の祭壇に安置されているイシュル様の像はもっと大人でりりしいお顔をしていたけれど、目の前にいるイシュル様は青年にはまだ届かない幼い顔立ちで、柔らかそうな金髪と青い瞳が印象的な美少年と言ってもいい。

 綺麗な物が好きなウィシュリーネ姉様がイシュル様にお会い出来たとしたら、きっと凄く喜ぶだろうな。

 イシュル様は優しくてとても綺麗な方なのだと、お話し出来ないのが残念だ。


「何だか急に呑気な事考えてるみたいだけどね。話を戻すよ。あのね、愛情は愛情によって増える。君が家族を大切に思うなら、君の家族も君を同じように大切に思うよ」

「俺は、大好きです。皆が大好きなんです」


 言いながらなんだか恥ずかしくなる。

 イシュル様には俺が何を考えていたのかバレてしまっていた様だ。

 まあ神様だし、俺の心を読むのは簡単な事だろう。見られて困る事は何もないから少し恥ずかしいがそれは大丈夫だ。

 だってイシュル様には感謝の気持ちしかない。

 大好きな家族を俺に下さった方なのだから。


「ならばその気持ちを大切に暮らせばいいよ。君は幸せになる為の努力をするべきだ」

「まだ生きていてもいいのでしょうか」


 恐る恐る聞いて見る。たった二年しか生きていなくても福一の一生以上の幸せを俺は体感した。

 それを思ったらたった二年でも十分幸せな一生だったと言えるのだ。それなのにまだ生きていてもいいのだろうか。


「疑り深い性格は直した方がいいね。フクの家族はフクの幸せも不幸も自分に起きたことと同じように喜びそして悲しむ人達だよ」

「わ、分かっています。多分、俺はそれをもう知っています。知っている筈です」


 さっきは記憶が戻ったばかりで動揺していたけれど、フクはちゃんとそれを知っていると今の俺には分る。だから戻りたい。あの優しい家族の元に戻って大好きだと伝えて、それからずっと一緒に生きていきたいんだ。


「じゃあ、戻ろうか。今度こそお別れだよ。幸せにねフク」

「ありがとうごさまいます。イシュル様。俺をあなたの世界で生きる許可を下さったこと、俺にあんなに優しい家族を下さったこと、このご恩は絶対に忘れません。ありがとうごさまいます」

「ふふ、じゃあ恩を忘れず楽しい毎日を過ごすといいよ」


 ぽんと俺の頭に手を乗せた後、イシュル様は俺を抱きしめながら額にキスをしてくれた。


「君に祝福を。幸せになるのも不幸になるのもフクの努力次第だよ。君が家族を愛する様に君の家族はフクを愛している。いつだって幸せを願っている。それを忘れなければ君は大丈夫」

「はい。イシュル様」

「じゃあ、戻りなさい。家族が君を待っている」

「はい、ありがとうございます」


 お礼を言って頭を深々と下げると視界が揺れた。

 ゆらゆらと揺れる世界、真っ白な空間とイシュル様の姿がぼんやりとし始めそして、俺は家族の元に戻ったのだ。


「おかあしゃま」


 瞼を開けると母がにこりと笑ってくれた。


「おかあしゃま、おかあしゃま」


 ああ、戻って来られた。それがただ嬉しくて母の首筋に両腕を伸しぎゅっと抱きついた。


「あらあら、フクは甘えん坊さんね。熱も下がったみたい、本当に良かったわ」

「おかあしゃま」


 嬉しいという感情が体中からあふれ出てしまいそうで、他に何も言えない。

 幼いフクの頭では、理性より感情が優先されてしまうのかもしれない。


「なあに、フク。喉は渇いていないかしら。ピアチの果汁を飲みましょうか」


 言いながら母は、サイドテーブルに置いてある銀のベルを鳴らしマルニを呼んだ。

 俺の側にはいつもマルニか他の侍女達が側にいるからベルは使う必要がないので、今までベルがこの部屋にあることすら気がついていなかった。というより、母がここにいるからマルニが用意したのかもしれない。


「奥様、マルニでございます」


 ノックの後マルニの声がドア越しに聞こえてきた。

 いつもならノックしてすぐ部屋に入ってくるけど、今は入室に母の許可がいるのかもしれない。


「入っていいわ」

「失礼いたします」


 ドアを開け一礼した後、部屋の中に静かに入ってきたマルニに、俺は小さく手を振る。

 さっきは驚かせてごめんねと、幼児のフクが言うのは変だから。にこにこ笑って手を振るだけだ。


「フクが目を覚したの、ピアチの果汁を持ってきて貰えるかしら」

「畏まりました。お体をお拭きする為の布は如何致しますか」

「そうね、汗ばんでいるし浄化よりお湯で拭いた方がさっぱりするかしら。フク、お風呂は今日はお休みしましょうね。お風呂は疲れてしまうから」


 母の言葉に畏まりましたと一礼してマルニは部屋を出ていく。


「お風呂、しゅきなの」


 風呂は好きだ。この家の風呂はとても広くて幼いフクなら泳げそうな程の湯船だし、熱で汗をかいているから髪を洗いたい。


「駄目よ、熱を出した後は体が弱っているのよ、お風呂に入って疲れてしまったらまた熱が出てしまうかもしれないわ」

「ねちゅやだ」

「じゃあ今日は我慢なさい、明日はお父様のお仕事がお休みの筈ですから、きっと一緒に入ってくださるわ」

「本当?」

「それともお兄さん達と入る方がいいかしら」

「おとうしゃまがいい。おにいしゃま、頭ゴシゴシするのいたいにょ、あ。みんなではいりゅ、みんなでおとうしゃまに頭ゴシゴシしてもらうにょ」


 兄たちを拒否したと聞いたら彼らはどう思うだろうか、そう思った後、そうじゃなくて皆一緒がいいのだと気がついて言い直した。

 皆でお風呂に入った記憶は無いけれど、望んだら実現するのだろろうか。


「そうね、フクは小さいからいつもは侍女か私達と入っているけれど、そろそろ皆で入ってもいいかもしれないわね」

「奥様、お坊っちゃま方は少々その」

「乱暴なのは家系よ、気にしていたら倒れてしまうわ。フクは年が離れているから皆が過保護にしてしまっているけれど、長男など二歳の頃はすでにおじじ様に狩りへ同行させられていたのよ」


 母の言うおじじさまが分からず首を傾げる。祖父、父の親はお祖父様と呼んでいるから母が言い間違いだろうか?それとも逢ったことのない母方の祖父だろうか。


「おじいしゃま、どこ?」


 誰だろうと母方だろうという疑問が混ざりあってしまい、どこ?という問いになってしまった。


「お祖父様?いいえ、お義父様ではありませんよ。おじじ様は私の亡くなったお祖父様の事だからフクは知らないわね。お義父様はお強くて狩りもお上手だけれど、おじじ様もとても強かったのよ」

「かり?」


 狩りは前世の世界でも貴族が趣味でやっていたらしいからなあ。

 動物を食べるわけでも無いのに趣味で狩るのは気が進まないけど。


「そうよ、狩り。お義父様もおじじ様もどんな大きな魔獣でも仕留めてしまわれるのよ」

「まじゆ? しとめる?」


 魔獣と聞こえたのは聞き間違いだろうかと聞き返す。

 福一の記憶が戻っても、フクが聞いた事がない言葉は意味が分らないのかもしれない。


「そうよ、魔獣。フクはまだ見たことが無かったわね。狩りと言うのは魔獣を仕留める事なのよ」

「うしゃぎ?」


 狩りというのだから動物だろうと、フクの知っている動物の名前を出してみる。

 この世界は前世の世界と同じ動物もいる。この屋敷の敷地は広く、馬屋もあれば少し離れたところには鶏小屋もあるし牛小屋もある。毎朝の食事で兄達は卵料理を食べているし俺は毎朝牛乳飲んでいる。


「兎は動物よ。フクにはまだ区別はつかないかしらね」


 あっさりと否定した母に唖然としながら、動物じゃなければ何なのだ首を傾げる。

 動物じゃなければ昆虫とか、あとはなんだろう。


「動物はね人間と同じ様に野菜や肉などを食べて生きているけれど、魔獣は魔素を食べていきているのよ」

「ましょ」


 聞いた事のない言葉に俺がまた首を傾げるのを優しく見つめながら、母は説明を続けた。


「フクはまだこの屋敷の敷地内から出たことがないから、想像するのも難しいかもしれないけれどね。この国には魔獣という物がいて人や動物を襲って殺してしまうのよ。領民を魔獣から守る事はこの家の人間の大切な仕事なの。もちろんおじじ様の同じ役割を持っているのよ」

「やく……や」


 子供に話すには難しい言葉を無意識に使う母親に、少し困った顔を向けながら、話しの内容が理解出来る現状に俺は焦り始めていた。もしかして今までも気がついていなかっただけで、家族達と難しい言葉で話しをしていたのだろうか、二歳児が理解出来る事を変だとは思わなかったのだろうか。


「役割というのは、しなければいけない事。今のフクの役割は、ご飯をしっかり食べて元気に毎日過ごす事よ。元気に大きくなったらお兄様達みたいに勉強をして剣術や魔法も覚えていかないといけないけれど、それはもっともっと先の話」

「まほ?」

「魔法よ。もう少し大きく、そう七歳になったら魔法の適正を詳しく神殿で調べて貰えるわ」

「しらべりゅ」

「魔法は分らなくても神殿は分るわね。毎朝お祈りしているもの」

「お祈り、みんなでしてるの」

「そうよあれは神殿に安置されているイシュル様の像に日々の安寧を感謝しているのよ。それがお祈り」

「あんねね」

「フクにはまだ難しい話だったわね。イシュル様は分るかしら」


 イシュル様の像は知っている。

 さっきまでお話していたイシュル様とは少し違うけれど、毎朝家族で連れ立ってお祈りしているのだ。


「イシュ……しゃま、うん」

「イシュル様にいつも守ってくださってありがとうございますと感謝するのよ。それが祈るということ」

「いにょる」


 今までのフクは、幼さから早朝のお祈りは得意では無かった。眠い目をこすりながら父の腕に抱かれて神殿につれて行かれ、父達が何かを呟いている横で立っているだけだったのだ。


「少し難しかったわね。フクは他の子よりも言葉を理解するのが早かったからつい普通に会話をしてしまいがちだけど、まだ二歳ですものね。お母様が悪かったわ。フク、ごめんなさいね」

「フクごめんにゃしゃい?」

「違うわよ。フクは悪くないわ。お母様がフクにごめんなさいなのよ」


 言葉を理解するのが早かったというのを聞いて、俺は慌てて聞き直す。


「フクわかりゅの、ごめんにゃしゃい」

「あなたは理解が良いのか悪いのか。黙って聞いているから理解しているようにも、分からなくて困っている様にも見えるわ。お兄さん達の時と違う様に感じるのは年が離れすぎて忘れてしまっているせいなのかしら」


兄達の時と違うという母に、俺の鼓動が早くなる。


「まあ、あの子達は言葉より狩りを先に覚えさせられたようなところもあるから、その違いでしょう」

「フクも狩りする、おにいしゃまとすりゅ」


同じようにしなければ、一人だけ違うと言われてしまう。

それが怖くて母にせがむ。


「おにいしゃまとしゅるの、フクも、フクもっ」


嫌わないで、嫌わないで。

母にぎゅうとしがみつき、泣きじゃくる。


「あらあら、今日は泣き虫さんね。具合が悪いせいかしら」

「おかあしゃま、おかあしゃま」

「ここにいますよ。フク良い子ね。お母様はいつだってフクの側にいますよ」

「奥様、お待たせしました」

「フク、ほらピアチの果汁よ、少しずつ飲みましょうね」


甘い甘いピアチの果汁を飲みながら、どうしたら嫌われないのかと考えていた。

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