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Partner  作者: しろねこ
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case1-1

話は僕が都会の真ん中で命綱なしのバンジージャンプを体験する約一ヶ月前にさかのぼる。

その日は冬の日に相応しい曇り空で,出勤のときは小型の折り畳み傘をよたよたになった革の鞄に押し込んだ記憶がある。

僕はある地区の病院の医者で,週に3,4回ほど出勤している。当直できるほどの技量はないし,さして忙しいわけでもない。自分自身この環境に満足していた。同じ職場で働く彼女と別れるまでは。

「カルテの記載に問題は?」

「ウン,いや,特にないですよ。」

午前診療を終えて看護師と軽く確認を済ませてからランチに入ろうとした時,受付ロビーに見たことのある男性が見えた。清潔ではないがきちんと梳かされた黒髪と,冬とはいえ暖かくなった気温に合わせた服装をし,真っ黒い色をした目をきょろきょろさせていた。僕の推測が正しくば彼は人を探しているはずだ。はたして彼女はやって来た。

「こんにちは,どうしたの,わざわざ病院まで来て。」

「やあ。お昼休みが長く取れたから病院に寄ったんだ。君の白衣姿もとっても素敵だ。」

「もしかして白衣姿が見たくて来たの?見たかったらいつでも着てあげるのに。」

(僕は「怪我をすればいつでも見られるのに。」と呟いた。)

「いいや,少なくとも今日は見られないな。だってラザニアのソースが飛んだら目立つだろ?」

「今日の夕ご飯ね!私の大好物!楽しみだわ!と言いたいところだけど,ごめんなさい,急にドクターがシフト変わってくれって。」

「断れないかい?」

「うーーん・・・。」

「無理いってごめんよ。大丈夫さ,明日は休みだろ?」

「お詫びに明日はランチをおごる。」

「白衣を着て?」

「もう・・・」

二人は頬に軽く別れのキスをして,男性のほうは曇り空が見える玄関のほうへと行き,女性のほうはコーヒーマシンのほうへ来た。ちょうどランチのために一息つこうとコーヒーをいれていた僕のほうへと来たということだが,さきほど明日のランチの約束をした彼のことで頭がいっぱいなようで,元カレにはさして気づきもしないようだった。

「やあ。」

彼女がボタンを押したところで声をかけた。

「あら,こんにちわ。今日は,あーー,今からランチ?」

「うん,まあね。君はまだかかるの?」

「ええ,ちょっとね。今日は足りているはずなんだけど・・・。まだかかりそうだから。」

そう言って彼女はカップを持ったほうの手で診察室を指さし,眉を挙げて僕を見た。

「そうか,ごめんよ呼び止めて。びっくりしただろうしね。」

「びっくり?まさか,私があとからきたんだし。」

「そうかい?気が付いていないと思ったから。」

すると診察室のほうへ向いていた彼女の足が僕のほうへと向いた。

「何が言いたいの?」

「いや,別に何も。ちょっと不思議に思っただけだよ。別れてたったの一週間なのにもう新しい彼氏と元カレが勤務している職場でランチの約束ができるのか。ってね。」

自分でも少しどうかとおもうくらいはっきり言い終えた後,彼女はフーーっと深く息をし,カップを持ったほうの手で今度は僕を指さして言った。

「あのね,わたしたちは別に浮気をして別れたとか,何か問題があって別れたわけじゃない。ただお互いわからなくなったから別れただけよ。きれいさっぱりね。だからお互いなんにも未練を残すことなく別れられるって話し合ったじゃないさんざん。」

「確かにさんざん話し合った,病院前のカフェで,本当にさんざん。5分『も』。」

「いい?言いたいことをその場で言わなかったり,悩みを全く打ち明けないのがあなたの悪い癖よ。私はそこが嫌だったのよ・・・・。もう行かなくちゃ。」

そう言って彼女は踵を返して行ってしまった。

彼女の後姿をただ見ているだけの僕の頭上からアナウンスが流れた。

『Dr.中村,至急ドクタールームに来てください。』

僕は入れたばかりのコーヒーを持って休憩室ではなく,ドクタールームに行かなければならないことになった。


「午後は診療の予定があったね?」

「ええ,はい。二時から予約している島田さんです。定期的に来ていますよ。もうお年ですからね。僕が診るのは決まって火曜日ですが,今日もそうです。なにか?」

「いや,君に別の頼みごとができてね。ゆうじ・・・あー,知り合いが医者の経験のある者の助言が欲しいと言っているんだよ。それで君を紹介しようと思ってね。」

院長が少し言葉を濁したのは気になったが,それよりも気になることがあった。

「島田さんの診療は?」

「君の元カノに任せたよ。」

「なるほど,それで明日のランチか。」

「何か言ったか?」

「いいえ,何でもありません。」

「君に頼んだ理由は。」

院長はいきなり切り出した。

「別れて一週間もたたないうちに元恋人が職場で彼氏とイチャイチャしているだけでイライラしている君に外の空気に触れさせようと思ってね。」

「別にイライラしていませんが。」

と,院長の言葉にイライラしながら答えた。

「別れるなら言いたいことを言いきって別れることが最も大事だ。それが職場を共にしている者同士の間ならなおさらだろう。ここはイリノイ州の緊急救命室じゃないんだ,対人関係はスッキリいきたいところだね・・・。」

「そうですねじゃあ・・・,」

院長がメモにこれから僕が行くであろう住所を書いていた。

「スッキリするためにも,ランチの後に行・・・」

「コーヒーはおいていきたまえ。」

その言葉の意味に眉を上げて反論した。

「口付けてないんだろう?それ。君に飲む時間はないから,私が戴くよ。」

そう言って院長はコーヒーを取り上げるかわりに,僕の手に先ほどのメモ用紙を握らせた。

「あの,すみません,今すぐに。ですか?」

「私の知り合いは気まぐれなのでね。」

と,まるで人ごとのようにあついコーヒーを飲む院長だった。


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