神様の頼みごと
「あ、疲れてるなら話さなくてもいいわよ。
それでね申し訳ないんだけれど、大道和音くん。貴方には私の世界ディスパシオに転生して欲しいの」
あ、これマズイやつかも知れん。
「そ、そ、そんなことないのよ!?ちゃんと過ごしやすい所に転生させるし、魔法も剣もあるし、エルフもドワーフも獣人ちゃんもいるわよ!? 必要な物も出来るだけ手に入るように錬金や体力面とか状態異常系とかもネットスーパーじゃないけど、検索関係とか、そういうのも付けるわ!だからお願い、力を貸して欲しいの!考えてくれない?」
「あー、嫌だって言ったらどうなるんですか?」
「記憶がなくて、結局私の世界にまっさらになって来て貰う事になるわ。元々来て貰うだけでもありがたいの」
神様が言う事には、元々別世界から神様同士の取り決めで呼ばれた者は、所謂時代の寵児になる様になっているらしい。世界を助けて貰う為に、何度も呼ぶという事は本来あまり有り得ないのだとか。
取り決めなくても呼べるらしいけれど、その場合は記憶がなくて、数年異世界で魂が定着するようにチートの様なものはあまりないらしい。
ただ、何かしら役割を先付け後付けで与える事は別世界の人間じゃなくてもあるらしいので、そういったものはスキルで与えるとか。
だから、今回は自ら来てもらえるなら生きやすく過ごしやすい様に、神様の願いを叶えられる様に先に能力を授けるという。
「だから、お願い!ぜひ来て欲しいの!」
あまりの必死さに可哀想にもなってくる。
記憶無いで有名になるより、記憶あった方が楽しいだろうし。
有名にならなくて良いなら、それはそれで気苦労は少なくて済むだろうし、楽しく生きていけそうだしな。
女言葉でなければ、オリュンポスのゼウスやポセイドンやウラヌスなどの筋肉ムッキーなおっさんで、真面目な顔だから男惚れしそうに格好いいおっさんなのに、あまりの必死さに手が女の子のように顎の下で揃えてて、なんかどこか微妙な残念感がハンパない。
「おっさん、おっさん連呼しなくても…………」
「でも、それなら私ができる事ならやります」
「本当っ!?ありがとうっ!ありがとう!!」
そんなに涙目にならなくても……、本当に格好いいのに残念だ。
「あ、あらありがと」
ほ、頰染めなくて良いから!!ほ、ほら、どんな世界なんですか?
誤魔化す様に言えば、神様は恥じらう様に話し始めた。
ただ、一言で私のトラウマを抉った。
「あなた、乙女ゲー……「い、嫌じゃーそんなの嫌じゃーあれだろ悪役令嬢系だっていうのかよ!!?まさかTS系だっていうのかよ!俺には俺には無理だ!先が気になる展開なんて無理だーーー!!」情緒不安定か!落ち着け!!」
ぐはっ、神様にまさかのハリセンで突っ込まれた!
しかも何気に男っぽかった!
いやしかし、乙女ゲームは少しトラウマみたいなものがあるんだよな。
俺には姉と妹と弟がいた。
姉と妹が乙女ゲームにハマっていた頃、日々の練習後に睡魔と格闘しながら二人の為にせっせと攻略キャラのスチルを集めなければならなかった。悪役令嬢がツボだった俺には涙ながらに攻略した。
その後、弟がハマった所謂学園モノを攻略本無しにやらされたのだが、乙女ゲーをやった俺には女の子のあざとさも知ってしまった為に、女の子が主人公に擦り寄る雰囲気とかが分かってしまい、何故かエンディングがホモカップリングになって、姉と妹に『お兄ちゃんグッジョブ!』と爽やかに言われ、弟からは何故か距離を置かれた苦い思い出がある。
しかも叔父が『俺が作ったんだぜー!』と二つの作品のサントラまで持って来た時には、少し発狂しそうになった記憶もある。
まあ、今思えば、家族が関わった作品だからやらせてあげようという優しさがあったんだと思うが、当時バレエをやっていた俺には苦痛だった。
「ちょ、それは。嫌な事思い出させてごめんなさい。こほん、そうじゃないの、いえ、ある一面はそうなのだけど、貴方には全く関係ないの。
どっちかというと、その何百年前の世界なのよ。いわゆる、近代目前の中世っぽく考えてくれれば良いわ。
まあ、乙女ゲームとか、RPGとか、異世界学園モノの世界の中でよくあるじゃない? 過去にも問題があって一度世界が滅んだとか、勇者が来てかろうじて助かったとか、過去の振り返りみたいな展開の過去編を思い浮かべてくれればいいわ。
でも、貴方にやって欲しいのはね、そういうのもまあまあ大事なんだけど、いえそれじゃなくてね? 危ない訳じゃないのよ!?来てもらって生きていて貰うだけでもありがたいの。本当に大事なのはね…………」
神様が、もんの凄くすまなそうな顔をした。
「貴方に音楽を広めて欲しいの。とりあえずはそれでいいわ、せっかく来てもらうだけでも本当にありがたいのだもの。贅沢言うなら最終的には貴方の得意なダンスとかも…………」
「は?」
「だからね、音楽を…………」
「いや、何ですかそれは…………? 私より音楽得意な人も山程いますよ? 日本人じゃ無くても、うん。日本人より音楽だったら欧米とか、欧州とかそっちの方が凄いところも多いと思いますが?」
「そ、それは…………」
再び神様が困った顔をした。
「さっきの…………乙女ゲームが関係あるんですか?」
ふと思った事を言えば、神様は沈んだ顔をパッと明るくした。
「そう、そうなのよー!だけどねそれだけじゃ無いの!貴方ほど色々な種類の楽器を作ってて、更に使ってた人はいないのよ!」
「え……楽器……?」
「そう!楽器よ!」
か、神様おめさん何ゆっとんけー!?
はっ、いや、何だそれ。
「ちょ、ちょっと待ってくれますか!?それなら楽器工場とか、楽器作ってる人の方が良いでしょう!?
まさか太鼓とかハープとかギターとかヴァイオリンとか笛もピアノもないとか!?
いや、神様の力でどうにかすればいいじゃ無いですか!ほら、楽士が状態異常治すー、とか、気分高揚させるー、とかゲームによくあるじゃん!聖遺物的に進軍ラッパとか、ハーメルンの笛じゃ無いけどそう言うのとか!?」
私の顔は真っ青になっていたに違いない、慌てて神様に確認すれば、神様はそれは申し訳無さそうな顔をまたした。
「もう、あなたの言う通りよ和音くん。
聖遺物はあるわ。だけどね、お恥ずかしい話、ピアノは教会が使い方分からないまま保管してたりとか。ぶっちゃけ王様に渡した進軍ラッパは、息子さんのお祝いで初めて使われたのだけど、まさかのネズミの大行進が始まっちゃって呪いのラッパに……いえ、戦にならなくて万々歳なのだけどね、まさかの高揚感と恐怖耐性の聖遺物のラッパが呪いのラッパに格下げよ!?王宮内に厳重に保管されてるとか!」
いや、ラッパは元々呪いのラッパだと思うんですけど……?
これはもう、何だか訳がわからない。
楽器作りから始めろって………?む、無茶振りもいいとこだろ。
「何で楽器、神様が増やさないんですか?何も守護とか付けなくても良いでしょう、エルフとか喜びそうだし、ドワーフの鍛冶屋とかだって滅茶苦茶そういうの作るのも楽しそうとか、そう言うイメージがあるのですが……」
神様は溜息をついた。
「それは、もう、昔に決めちゃってね。楽器を渡すぐらいなら他のスキルとかを渡した方が早いと思ってた弊害なのよ。今はそれも変えられないし。変えたら不都合な事も起きるのよね。
行って貰えれば分かると思うのだけど、とりあえず、今更私が楽器を渡しても私の楽器は使われない、使われていないと思ってていいわ。
歌でも何でも良いのよ! 日本のお能だって良いのよ。どうかお願い、楽器を色々作った経験だけでもあれば、まだ挽回できるから!さあ行って来て!」
え!? 挽回!? と思う間も無くサァッと霧が晴れて、真っ青な空と日差し、白い花咲く雲みたいな場所からいきなりボフンッ、と私は落ち始めた。
ちょ、ちょっと何だこれ、何だこのやろー!ギャーーせめて俯けになりたい!仰向けで落ちるとか恐怖半端ない!とかパニクってると、ムッキーの神様の声が聞こえて来た。
「貴方には私だけでなく沢山の神の祝福も与えられるから安心して頑張って音楽を広めてね!あとあと記憶はないけど貴方の家族と逢えるようにしたから、今度こそ思いっきり甘えなさい!弟くん達はお兄ちゃん達になってるけどね!それと大事なのは『君といつまでも音楽を』の曲をお願いねーーー!」
やっぱり乙女ゲーじゃねーかよ!
遠のく、太陽の光が丸投げされた雰囲気の気持ちを皮肉気に照らして、何故か頭の中に朝の音楽の様にモーツァルトの『踊れ喜べ汝幸いなる魂よ』が流れて来た様な気がしたが、やはり恐怖が勝ったのか私の意識はそこで途切れた。
けれども、泣きたくなるような暖かい感謝の気持は、ずっとずっと意識が浮上するまで身体を包んでいた。
和音くんは焦ったりすると俺という言葉を使います。