7-12 女神新時代 冬のサラダ
「おい、門番。ここはマチダ領西アイハラで間違いないか?」
僕らの数歩先、門の左に立つ門番の脇に停まったジープ、いや、ジープに見える物から、男が2人降りて来た。男達の服装は、学ランあるいは海軍の軍服の様なデザインで、頭・手足の肌が出る部分は銀色の何かで覆われている。銀の頭巾から覗く顔は東洋系で、その部分が無ければ学ランを来た銀色の宇宙人かと思うような出で立ちだ。1人は手に短杖を、もう1人は板状の何かを持っている。ジープ風の車も銀色をしていて、輝いて目に優しくない。
「はい、そうですが、どちらさま…… 待ってください、手続きが!」
「我々は異端審問官だ。この村に魔王に与する異端が居ないか、確認する。そこをどけ」
高圧的な態度で門番に命令する銀のやつ。こういう時に正義のヒーローなら悪者を撃退するけど、状況が何も分からないし命の危険が差し迫っているとも言い切れないので、一歩引いて様子を見る。
村からは斧を持った中年男性と弓を持った若い女性が出て来たけど、彼らも門から少し引いた所で様子を窺っている。
「マチダ派遣軍参謀の蒲生様よりの命令書である。この村にて異端確認を執り行う。命に服せば穏便に済むのだ。村の為、道を開けよ」
服さなければ穏便でない方法を採る、それは村の為にならないという恫喝。突っぱねると言う危険な判断は出来ず、門番は銀ジープを村に入れてしまった。様子を見に来た村人は門番を仕方がないと慰め、村に戻って行った。
「全く、乱暴な連中だ」
「あれは何者なんですか?」
「異端審問と言っていたから、南から来た者だろう。馬が曳かない車なんてものがあるとは聞いていたが、この村に来たのは初めてだ」
南ってのはどこの陣営だか分からないけど、八王子以来見た馬車の時代から自動車の時代にジャンプしたことから、以前ログを見た際に“産業時代”に入ったと言う武田家の事という可能性が高い。一度やられているから、用心する方が良さそうだ。
「手続きは何をしたら良いの?」
「おや、連邦に来るのは初めてか? 連邦のルールで『入り魔法に出道具』と言って、魔法を使える奴を入れないための審査だ。まぁ、魔法が使えるかは自己申告だがな」
魔法を使える人を入れない? 八王子ではそんな話は聞かなかったけど…… それに相模原に向かうはずが、町田の相原って、相原は相模原じゃないんだっけ。
「相模原に行きたいんだけど、その手続きをしないとダメ?」
「村に入らず、この先で川を渡ってサガミハラに行くなら、手続きせず通り過ぎてくれても良いんだが、折角来たんだから飯でも食って行きな」
門番が地面に簡単な地図を描く。左を向いた象の頭みたいな形のマチダ領。その先に延びた長い鼻がマチダ領のアイハラで、八王子と相模原に挟まれた細長い帯状の地域。ここはその西の集落。象の鼻は南北に通り抜けるのに歩いて1時間くらいの狭い地域で、既に半分以上通り過ぎてる。すぐ先にサガミハラ領境界の川があるそうだ。サガミハラは連邦とやらに入っていないので、連邦に入る手続きは不要だと。
「僕らは魔法を使えるので、入る資格は無いんですか?」
「あー、使えるのか。だったら、宣誓が必要だな」
選手宣誓の宣誓? スポーツの大会で手を挙げて「センセイ!」なんてやるから、子供の時は「先生!」だと思ってた、あの宣誓。
説明によると、連邦内に居る間は“魔法を使わない”、“魔法を誰かに習得させない ”、“魔法を使えることを隠さない”の非魔法3原則を守る事を宣誓しなくてはならないそうだ。魔法を使わないという件は、魔物と遭遇し命の危険がある時は使っても良いという例外規定があるが、後で取り調べを受けて例外規定が適用される状況だったか裁定を受ける必要があると説明された。面倒な事この上ない。ちなみに、この例外規定は魔物の侵入がある様な前線地域限定だそうだ。
「魔法を使える者なら、朕とオットーも含まれるな」
「お主らは良いが、我とサクラは宣誓なるものに対して破れぬ決まりがあるのじゃ。重みが違うのじゃがな」
あー、前に女神が約束を違えたら罰があるなんて言ってたっけ。ハコネが僕を半ば騙して帰らせなかった事に関して罰として入れ替わりを永らく戻せなくされたんだった。この世界的にはもう70年以上前の事だけど。
「連邦に居る期間限定だし、いいよ。手続きしよう」
「紙にサインして、拇印を押すだけか」
「神前の宣誓は廃れたのじゃろうか」
ハコネが言う神前の宣誓とは、出身地の女神に対して宣誓すると言う形式で、約束を違えたら女神からの罰を受けるという事になっている物らしい。契約や条約の様な大切な物では本当に罰が下されるなんて事もある。出身地の女神って、僕はアマテラスさんにでも宣誓する? あるいはハコネに?
僕とハコネ、ガイウスとオットーの拇印はとても良く似ている。それもその筈、身体は同じなのだから。よく見たらおかしいと思う人が居るかも知れないけど、情報共有が雑なことを祈ろう。
全員の手続きを終わらせて、西アイハラ村のメインストリートと思われる家屋が並ぶ通りを進む。
「さっきの車、どこに行ったんだろうね」
「異端審問とか、宗教戦争でもやってるのか? この世界の宗教は女神信仰だった筈だが、異端とは女神を信じないやつか?」
いや、逆かもしれない。女神の力を奪ったという話が伝わって来るくらいだから、女神に縋ることが異端という可能性が高い。まあ僕はその異端には当たらないかな。僕にとって女神ってのは信仰の対象じゃなくて実在する種族の名称だし。
だらだら話しながら昼食に適した店を発見。メニューを見ると、「サラダが自慢」と書いてある。サラダ?
この世界に来て、サラダ料理は季節感があるのが当たり前になった。温室栽培なんてもちろん無いし、冷蔵保存技術も無いから旬なもの以外は食べられない世界だ。
ここのように雪が積もってる地域では、新鮮な野菜の入手は諦めて代わりに豆や穀物が多めに出てくる印象だけど。
「このサラダってのは、どこから来るんですか?」
「ああ、特別な仕入れルートがあってね。冬も雪が降らない南の果てから、野菜を氷で冷やして持って来るのさ」
氷で冷やして運ぶってのは昔の日本にもあったそうだけど、まず冬でも暖かい産地に雪や氷を運ばないといけないし、運ぶ野菜以上に氷は重い荷物になるから効率はとても悪い。こんな普通の店でサラダが出るとか、難しい気がする。魔法で冷やせばって思うけど、その魔法を封じた連邦での流通だし、どうするんだろう。
詳しい事は教えてもらえなかったけど、ジープの登場だけでなく生活に使う技術のレベルも高くなってる様だ。
「北から来たんだろ? ほら、このトマト、見た事無いだろう」
ああ、トマトだね、という色つや味。というか、現代日本で桃太郎として売られている品種に近いんじゃない、これ?
「このトマトから種を採って植えても、同じにはならない不思議なトマトなんだ。味も良いんだぞ?」
単なる品種改良どころか、F1品種が作られているとか、メンデル以降のレベルか。まあ、F1種子の作成は人海戦術で雄しべを取れば可能だから、最適な掛け合わせる組み合わせさえ見つければ、あとは高度な技術無しでも作れない事は無い。生物学は19世紀レベルで、工学は自動車で出て来るから20世紀前半レベルか。異世界内政チートを他陣営にやられる立場。
店長の食に関する蘊蓄を聞いていると、店の外でブレーキ音がした。さっきのジープが来たんだろうか。




