7-9 女神新時代 神官の嘆き
代官の長氏は多忙ということで取り合ってもらえず、4人を回収しにギルドに向かう。短い冬の日は傾き、そろそろ東の山の陰に沈もうとしている。
「神殿で願い事をする者を、願いを女神に伝える者と伝えないの者に選別する役割を神官が行っていた例はある。アタミなんかがそうじゃな」
「神官が賄賂とか取ったりしないの?」
「それが見つかり、神官が追放された事例は数えられん程あるのは確かじゃ。正体を偽った女神が街に出て、そんなのを暴いたりな」
八王子の街路を歩きながら、この世界の残念な話とそれへの対策を聞く。ハコネのようにフラフラしてる女神も居るけど、多くは自分の領域に居てたまに出歩く程度。そのたまに出歩くのが、余の悪を正すためなんて言う、どこかの時代劇のような事をやってるのか。
ギルドに到着するも、4人の姿がない。説明を聞くだけにしては放置しすぎて、何処かに行った?
「ご一緒にいた4名の冒険者の方なら、防具屋さんがぜひ来て欲しいと連れていきました。何でも、今時珍しい鎧を着けているから、職人達に見せたいのだとか」
珍しい鎧? みさきちが持ってた足利軍の装備だったような…… 城の人が使ってるのと違いがあったっけ? 防具屋の場所を教えてもらい、連れ戻しに行こう。
「それで、勝手に交換しようとしてたわけね」
到着した防具屋で奥の部屋に通され、たどり着いたのは何かの毛皮や木材、金属の板などが整然と並ぶ倉庫兼工房。そこで職人達が4人の着ていた鎧を解体して調べていた。
「彼らは文化的価値がある古鎧を手に入れられ、私は相応しい装備を入手できるのです。良い取引でしょう?」
「元の鎧は兵卒用の鎧とのこと。冒険者に好まれる魔物由来の素材を用いた装備に置き換えた方が良い」
確かに、これまでは兵士の装備だったけど、他の領地にその装備で向かって問題にならないのかという問題はあった。その点では冒険者らしい装備に置き換えというのは構わないのだけど…… 借り物だから、返すのが筋じゃないかな。新しいのは稼ぎで買うってことで。
「それでは、本来の持ち主様に1着だけ譲って頂けるように、交渉願えませんでしょうか?」
職人達は黒髪の屈強なフ族で、その中で白髪混じりの1人、あとでここの長と分かった人がそんな事を言うけど、骨董品が出てきた事で本来の持ち主が分かったりはしないものだろうか。その場は交渉はするということで、4人の鎧を注文して引き上げた。
防具工房を出るともう暗い。街灯は当然なく、店の前に室内から漏れる明かりが差すばかり。そこでオットーがライトの魔法を使い、数メートル以内を照らす。覚えた魔法は使うほど上達するのだそうで、こんな事でも練習にはなるらしい。
「ルイさんが青、オットーさんが灰色、ガイウスさんが紫、ヨリトモさんが白。旨く分かれたね」
「これは創造主の時代に我らの旗がその様な色だったことに由来する。旗は全勢力異なる色になっていたから、重ならずに済むのだ」
「酋長は肌色だったな」
旗ならともかく、装備を肌色にするのは躊躇する。
そんな話をしつつ、本来行こうとしていた街の社に到着したけれど、遅くなってしまったからか門は閉じられていた。
「明日の朝、また来るしかないか」
「では、夜の情報収集、街の酒場に行くとしよう」
宿屋は1階に酒場にもなる食堂、2階が宿泊施設という構成らしい。僕の部屋に行けば宿は不要だけど、4人は冒険者ライフを満喫したいそうで、夜は宿に泊まりたいそうだ。魔物狩りで稼いだお金で泊まれるから好きにしたら良いけど、僕は自分の部屋が良い。あと、みさきちの所に行くのも初日からサボるわけにも行かないし。
「見慣れないが、旅の途中かい?」
「これからハダノまで行くのじゃが、この町で気がかりなことがあってな」
食堂ですぐに周りに溶け込めるハコネ。そこに僕も混じるという流れて、話に入って行ける。ハコネによると、元々出来たわけではなく、僕の身体で人として旅の生活をしていた10年で身についたそうだ。どっかのゲームのように、会話とかいうスキルを上げたら身に付くなんて便利なことはなく、地道な経験が物を言う。
4人掛けテーブルに3人の中年男性という所へ、ハコネと僕が混ざる。外見は可憐な少女2人で、歓迎されないわけがない。テーブルにある料理を食べ良いとか、欲しいものを注文していい、お代は3人が持つとか、ちょっと申し訳無く思わないでもない。ありがたく頂くけど。
「俺達は西のサガミ湖の近くに住んでるんだが、この街のギルドに狩った魔物の素材を持ち込みに来た。それなりの金になったから、ちょっと豪勢にしてるわけだ」
「嬢ちゃん達はあっちの4人と一緒かい? 何処かのお嬢様と従者4人か? 嬢ちゃん達良く似てるな。姉妹か?」
「我ら2人の旅に、あの4人がお供じゃ。正しくは、4人はこのサクラのお供じゃ」
よく喋る2人と静かな1人。その1人は他のテーブルに混ざりに行ってる4人を睨み、言葉を発しない。
そして、その静かだった人が、急に僕の方に顔を寄せて来た。
「あの4人がお供というお嬢さん、どういう事なのか詳しく聞かせてもらえないか?」
「何を?」
男は吐息が掛かりそうなほど近付いて来る。男に近付かれて喜ぶ趣味はない。この見た目でここまで酒場で近付かれるとか、おまわりさんこちらです的な事案なんだけど。
でもそんな邪な話ではなく、他の席から聞こえないようにこっそり話ためだったらしい。
「アンデッド、それも人間と同じ様に話し笑い飲み食いする。そんなアンデッドは、伝説にしか出てこない高等な種族のみ。そんな彼らを従えるとか、あなたは本当に人族ですか?」
酒場に貸し切り用の個室があるというので追加費用を払って借りた。上の部屋に連れて行くのは、見た目的に誤解を招きそうなんでパス。
「私はこの街の社で神官をしていました。今は職を失い、同郷のあの2人と冒険者稼業ですが。その神官時代の修行の成果で、アンデッドに対抗する魔法を幾つか使えます。近辺で見掛けるようなアンデッドなら即座に土に返す事も可能ですが、あの4人には効きそうにもない。もちろん話もできて敵意も見せない相手をいきなり浄化などしませんから、そこはご心配なく」
鑑定の魔法が使えるわけでなく、アンデッドがいると何となく分かるのだとか。あちこちでアンデッドを浄化して周る巡回神官だったそうだ。見た目には元神官という感じがしない細身のおじさんだけど、本人が言うには結構な腕らしい。
僕の説明は、代々伝わるネクロマンサーの秘術と、強大な力を持ちどんなアンデッドでも従えた先祖から代々に仕える従者いうことにした。偉大な勇者が魔王を倒した時代から伝わるとか、それっぽく。信じてくれたか分からないけど、それ以上は突っ込まれなかった。
「ところで僕も聞きたいのですが、この街の社は、今はどんな状態なのですか? 女神様に願いが届けられないという話を聞いたのですが」
僕の問いかけに、彼はゆっくりとこれまでの出来事を説明してくれた。
この街の社は、夜だから開いていないのではなく、常時閉鎖されているとのこと。魔王が復活して東を荒らし始めた頃、代官の伊勢さんが最低限の神官を城に移籍させた上で、閉鎖してしまった。魔王と戦うために、女神ハチオウジと緊密な連絡が必要だから、城に居て欲しいというのが理由。
「それ以来、我々元神官たちは1度も女神様にお会いできていません。我々が面会を願い出ても、城で門前払いになってしまいます。市井の願いを届けようと頑張ったのですが、どうすることも出来ず、このように冒険者として生きていくことになっています」




