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2-3 女神と偽女神と元女神

 さて、変なちょっかいがあるかも知れないから、どうしようか?


「どうしたい?」

「食べ歩きじゃ」

「じゃあ、それで」

「ヴェンツェル様は放置か?」

「恐れるような相手じゃなかろう」


 少なくとも、物理的に何かされるとは思えない。あのダンジョンでへまする様なヘタレなら。 


「でも、ギードさん達は気を付けてね。一緒に伯爵様の所に行ってるから、とばっちりあるかも知れないし」


 実際はそれが一番心配だ。




 午後はギードさん一家と別行動にした。ハコネが行きたい所があるって言うから。


「多分ここじゃな」

「おや、旅の方ですね。旅路のトンネルを見て感謝の祈りを捧げたくなったのでしょう? 旅路を便利にしてくれる女神様ですから、ぜひお祈りを捧げてください」


 来た場所は神殿。小田原の神殿と比べて人の出入りが多い。祈りを捧げようとしたら、


「お久しぶりです。わざわざお越し下さってありがとうございます。ハコネさん、あれ? どなた?」

「姿はハコネですが、サクラと言います」


 気付けば町を見下ろす山上の公園で、見た目年齢は今の僕と同じくらいの女神様とベンチに座っている。


「ハコネさんは?」

「一緒に居た男の、中の人がそうです」


 そう答えると、ベンチにハコネが現れる。


「アタミはそそっかしいのう」

「いや、元々ハコネを知ってる人なら、当然間違えるって」




「入れ替わりですか。面白いですね。私もやってみたいですわ」


 ハコネと話す際は普通なのに、僕と話す時はちょっと小声。人見知りかな。話に混ざるとアタミさんが辛そうだから、アタミさんの隣をハコネに譲って見守る。


「人族ってのは大変じゃぞ。刺されてグリーヒトに会って来たり」

「グリーヒト様はお元気でした?」

「相変わらずじゃったぞ」


 女神と元女神の世間話。とても貴重な場面に立ち会ってる?


「ミシマやイトウとは連絡取り合っておるのか?」

「時々話をしますわ。イトウさんとは民が戦争中なので、民の情報交換は遠慮してますけど」

「イトウは秘密もポロっと話してしまいそうじゃからな。折角民が頑張っておるのに、女神が邪魔してはいかんな」


 頑張ってる内容が物騒なんですが、それは。


「何か聞きたい事があって神殿にいらしたのでは?」

「そうじゃった。トンネルの事を聞きたいのじゃ」


 ハコネが聞きたかったことは、トンネルについてだ。


「維持をやめたら、荒れ果てて終いには崩れます。とは言え、再度維持費を投じれば、程なく元に戻ります」

「そうじゃったか。これは奴にも直させんとな。アタミまで便利になるぞ。ミシマとの間のトンネルは直さんのか?」

「あれは私の方は維持していますが、ミシマさんが奥半分の維持を止めてるのです。民の望みだと言われてましたわ。だから行き来は出来ませんの」


 丹那トンネルの中央部は閉鎖。だから行き止まりの水源になってるのか。


「魔族がトンネルから出て来ておったが、何か悪さをしておったのか?」

「トンネルに来たエルンスト君にも同じ事を聞かれましたが、何もされていませんわ」


 女神は戦略ビューでテリトリー内の情報を得られる。当然、魔族がいた事も。おかしな事をされて被害が出そうなら、お告げとして人々を動かすことも出来る。


「あの坊主と話すのか? 男が苦手と言いつつ子供なら大丈夫とか、もしかしてそなた、ショ」

「違います、違います。誤解を招くことを言わないで下さい。困っている少年に、ちょっと手を差し伸べただけです」


 急に2倍速になる。アタミさん、ノータッチですよね?


「坊主が奥を見に行った時、トンネルの長さの割には戻りが早かった。手抜きをして調べず戻ったと勘違いしておったわ」

「あの子はそんなずるはしない良い子ですわ」

「やはり、肩入れするのう」

「だから、違いますわ」


 あれ? 昨日のエルンスト君の言葉「僕なら何も問題ない」って、尊い自己犠牲かと思ってたけど、意味違ってくる。父や兄だと見間違えがあり得るけど、自分なら親切な(・・・)女神さまが教えてくれるから大丈夫。年上の女神様を掌でコロコロ出来る自信だったのか。


「長居した。聞きたい事は聞けたし、帰るぞ」

「ゆっくりしてらしたらいいのに」

「ここにいる間、あちらでは祈ったままじゃ。ここらで切り上げねば」

「またいらしてくださいね」




 現世に戻って来る。僕はほとんど聞いてただけだった。


「勇者様、もしやアタミ様のお言葉を聞けたのですか?」


 ずっと祈ってた僕らに、位の高そうな神官らしき人が声をかける。


「エルンスト殿を褒めておられた。女神に愛されるとは、幸せな事じゃのう」

「そんな事が。すぐに伯爵様にお知らせを!」


 女神様がショタなんて言ったら、ここの神官は全員少年に交代になったりして。




 宿に戻り一旦自室へ。他の人の耳もある所で、アタミさんとの話をするのはまずいかと思って。


「ご近所女神との交流ってあるんだね」

「我らは自由に行き来できるからのう。外へ出たがらんのも多いが、(われ)は諸国を巡ったものじゃ」


 暇そうだもんね。


「ミシマさんは三島と熱海を行き来させたくないのかな」

「何か事情があるんじゃろう。民の争いかもしれん」


 食堂に降りると、ギードさん一家が戻って来ていた。


「イーリスさん、熱海と三島の関係って、良くないんですか?」


 もうほとんど関係者でないイーリスさんになら聞いてもいいかなと思った。


「それはね」


 イーリスさんに聞く、熱海の歴史。

 昔、熱海はアシガラ辺境伯の、箱根はミシマ侯爵の領土だった。両家は仲が良く、トンネルを介して交流していた。

 ある時、両家の上に君臨する国王が、両家に熱海と箱根の交換を命じた。熱海をミシマ侯爵に、箱根をアシガラ辺境伯に。問題になったのは価値の差が大きかった事。熱海には価値があったけど、箱根にはなかった。寒くて農業に適さないし、女神がポンコツだし。

 アシガラ辺境伯は大反対で熱海を引き渡さず、独立したと称して弟をアタミ伯爵にした。ミシマ侯爵は箱根を渡した、熱海を寄越せと言う。この仲違いが起きたら、なぜかトンネルが使えなくなった。それ以来、交流はほとんど無い。


「離間の計?」

「アシガラ、アタミ、ミシマを合わせると、国王に匹敵する巨大勢力になるからな。その推測は、多分正しい」

「皮肉な事に、一番得したのは、国王じゃなく魔族ってオチが付くのよ」




「あんたがハコネか?」


 夕食が並べられ始めた頃、「ドウモ、チンピラです」みたいな人達がやって来た。


「そうじゃが、何か用か? 海老を食うのに忙しいのじゃが」

「俺達も忙しい中、折角来てやったんだ。ちょっとついて来てもらおうか」


 うわ、分かりやすい。


「嫌じゃ。冷める」

「ならこうして―――― 何をしやがった?」


 ハコネが押さえたテーブルは、蹴られても動かない。


「食事を粗末にする者には罰が必要じゃな。ちょっと行って来る。師匠、この海老は我のじゃからな」


 海老の方が大事なハコネを見送るギードさん一家。


「あんなの、百人居てもハコネには敵わん。見るまでも無い」


 師匠の弟子に対する信頼は微塵も揺るがない。僕はついて行こうか? ハコネは調子に乗って油断しそうだし。




「貴様がハコネか。俺は ヴェンツェル・フォン・アタミ。貴様に魔族への内通の嫌疑がかけられている」

「分かりやすい言い掛かりじゃな」

「昨夜魔族に遭遇するも、あえて逃がした事。神殿にて弟を持ち上げて、長幼の序で成る当家の風紀を乱さんとした事」

「なぜかダンジョンの落ちていたお主の槍を見付けてしまった罪もついでに如何じゃな?」


 ハコネ、ノリノリで煽る。


「侮辱するか」

「愚かじゃのう。こんな人が多い所でこんな事を」

「不敬罪を追加だ」

「不敬でなく、機密漏洩じゃな」


 ハコネ、ネットのソ連ジョーク読んだな。彼には一瞬意味が分からなかった様だが、周りから言われて顔を真っ赤にする。


「不敬罪だ。斬れ!」


 そう言えば成長したハコネの実力を見ていなかったが、勇者と言うからには強いんだろうな。って、もうチンピラが3人倒れてる。


「ほれほれ、先程までの威勢はどうしたんじゃ?」


 ボンボン本人は当然手を出さないが、周りも手が無い様子だ。


「大人しくしてもらおうか。連れの嬢ちゃんの顔が痛てててて」


 なんか僕を人質に取ろうとした様だったので、ナイフを持つ腕を優しく(・・・)握ってあげる。優しく扱わないと、ポッキリ行きそうだし。


「ワシに敵わぬ奴がサクラに敵う訳がなかろう」

「何だそいつは!」


 ボンボンが何か言ってるけど、もう勝負がついた。


「覚えてろよ!」


 うわー、本当に聞くとは思わなかった。




「宿にご迷惑が掛かるのも嫌ね」

「温泉も楽しんだし、明日帰るか」


 ギードさん達はもう帰っても良いらしい。


「我も良いぞ。知り合いにも会えたし、もう満足じゃ」


「すみません、アシガラの方ですか?」

「オダワラのギードだが、何か?」


 今度は悪く無さそうな人がギードさんに。


「オダワラかアシガラに向かいたいのですが、ご一緒してよろしいですか?」




 彼は熱海で宿屋の主だったけど、戦争で客が減って廃業。家族4人で戦争から遠い所に移住し、再起を図りたいのだとか。


「明日出発だが、良いのか? 安全は保証できないが、ついて来るのは構わんぞ」

「ありがとうございます!」


 本当は冒険者ギルドに依頼して貰いたいけど、 普通の人では護衛を雇うなんて無理。それに熱海には冒険者ギルドがない。




 翌朝、パウルさん一行を加えた10人で熱海を出発する。昨日の今日だから、ボンボンも来ない。伯爵に噂が届いて怒られてしまえばいい。

 パウルさん一行が合流して、歩く速度の差で、マルレーネとハンスが普通の大人以上の体力なのだと知った。道場主の子だから、鍛えられてるって事かな。あるいは遺伝?


 あの長いトンネルに差し掛かる。アタミさんに感謝して通り抜けよう。先を照らすイーリスさんの魔法が何かを照らす。久しぶりの戦略ビューを見ると、赤い点が4。赤い点は、敵だっけ?


「我ら隠密の姿を見た者を、決して生かして返すわけにはゆかぬ。貴殿らに恨みは無いが、ここで消えてもらう」

「4人とも魔族よ。水源で逃がした奴だわ!」

「サクラ、子供とパウルさん達を頼む」


 ボンボンかと思ったら魔族。魔法の明かりが安定しないけど、顔の雰囲気が違う。黒髪?

 昨日のチンピラより明らかに強い。イーリスさんが魔法で牽制、ギードさんが互角かちょっと有利。ハコネが残り二人を相手する。




 ハコネに腕を切られた一人が逃げ出すが、背に魔法が炸裂して倒れる。今の魔法は、マルレーネ?


「私にも出来るのよ!」


 意外な戦力が出て来て、勝敗は決した。あと一人がギードさんに斬られた所で、生き残りは別々の出口へ逃げる。


「逃がさないわよ!」


 イーリスさんの魔法が一人を焼くが、もう一人は逃げ切られた。


「一旦アタミに戻りましょう」




「魔族三体を倒すとは見事なり」


 城で表彰される。バカボンは姿を見せていない。


「褒美に士爵を」

「辞退します」

「当家の三女を」

「辞退します」




 結局、報奨金を貰う事で折り合いがついた。


「旅行で金が増えて帰るとはな。もう冒険者じゃねえってのに」


 結構な額を貰えた。活躍したギードさん、イーリスさん、マルレーネ、ハコネで分配してと言ったけど、子供を守ってくれたからってことで僕も貰う事になった。


「内通の嫌疑が晴れたのは良いんじゃが、味方はせぬまでも敵にもせぬつもりだったんじゃが」

「降りかかる火の粉は払うしかないよ」

「お主、たまに妙な事を言うのう」


 事が済んだら昼を過ぎてしまっていたので、出発は明日に延期。その夜はボンボンも現れず、最後の温泉を楽しんだ。


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