6-13 魔王の封印 罠は仕掛けられた
2ヶ月ぶりに戻ってきたみさきちは、男爵城の客室で待っていた。直垂に烏帽子と時代劇で武家の男性が着てるイメージだから男装? 色は直垂が赤に帯が白で、白拍子とは色違い。前から思ってたけど、フ族の和風ってのは歴史的和風じゃなくて時代劇的和風な気がする。
まず僕とハコネが話を聞いてから、他の皆に知らせる事にした。政治的な立場があるため、エルンスト達には話せない事もあるんだとか。
「兄様はこう言った。『東に国を建てよ』って。いつか関東を支配する日のために、関東府の長に任ずるって」
京都まで行ってきたみさきちの話は、まず兄様こと公方の足利義澄に会った話。鎌倉府の長が鎌倉公方と呼ばれたのだから、関東府の長は関東公方か。関東管領と間違えそう。関東平野の方々、存分に征服されて下さい。そしてエルンストに聞かせられない話1つ目。
足利義澄って、日本史なら1500年辺りの人で北条早雲に足利茶々丸を殺させたって話もある人だけど、みさきちは以前茶々って名になってたのは関係あり?
「それとジョージBの事だけど、去年清洲に現れた冒険者らしいわ。知られはじめた時にはかなりの実力で、先の戦争では陣借りで私達の軍に入ってたみたい」
「去年? 10年、いや11年前じゃなくて?」
あの身体が行方不明になったのは11年前のはずだから、長い期間何処かを彷徨って、最近になって表に出て来たって事?
「そういうことか。それは我がサクラを呼び出したのと同じ、女神の転生や転移かもしれぬな」
女神による異世界からの転生や転移による召喚は、それが1回の奇跡として女神のターン終了の原因になる。呼び出した時点でターン終了で、次ターンまで最大10年、女神は行動できない。そして女神が行動できない間、女神の空間に呼び出された被召喚者も一緒に時間が止まっており、被召喚者の体感的な時間の始まりは、ターン開始時になる。僕を呼び出した時もそうだったそうだ。以上、ハコネ談。
「転生と転移って何が違うの?」
「分からぬ」
分からないでやったのか! 今になって衝撃の発言。
「私も修善寺の女神に召喚されて、願い事で姫にって言ったら子供にされて伊豆足利家に生まれ育った事にされたわ」
「髪の色から、シュゼンジはそこが適当と思ったのじゃろうな」
フ族は黒い髪で日本人的外見、人族は白人系の外見。記憶を操作しても外見が違う家の子にってのは難しかった? でもよりによってそんな大それた家に。これも秘密にしておかないといけない話だろうな。
「昔芦ノ湖で会った時、あれは仲の良かった兄様が京都に行ってしまった時でね。会いに行く途中だったんだけど、色々見たいから陸路を行ったの」
三島から静岡を経て浜松まで人族の勢力圏で、それに対して甲府から諏訪を経て岐阜へはフ族の勢力圏だった。だから甲府へ向けての旅路で芦ノ湖で遭遇したという訳だった。箱根がどの勢力にも属しないってのは、都合が良かったらしい。
「話は戻るけど、ジョージBは私達と同じ境遇だとしたら、なぜ身体を取ったんだろう?」
ハコネによれば、異世界から魂だけ呼び出してこの世界に産まれる子供に定着させる転生、身体ごと異世界から呼び出す転移があり、アリサ達は前者で僕やみさきちは後者。魂だけでなく身体ごと持ってくる分、消費する信仰力は後者は割高。
信仰力貧乏なハコネがなぜ後者をやったかというと、前者をやろうにも人間が領内に生まれないから出来ず、そんな時に『異世界から持って来る割にはお買い得』な僕が存在してたかららしい。おつとめ品だったのか、僕は。
そしてジョージBの場合は、身体も転がってるの再利用して魂だけ持ってきたのでは、と。僕がおつとめ品だとすれば、ジョージBは廃棄カツ横流し事件?
「ジョージBは清洲に戻ったみたいね。目撃証言があったわ」
周辺幾つかの街で目撃されてて、鍛冶屋を訪ねたとか、魔法書や魔道具を買いに来たとか。鍛冶屋はヘイヤスタで本格的に装備を作ろうって事か。魔法書は分からないけど、魔道具は僕らがやったのと同じことに気がつくかも知れない。注意が必要だ。
「それで、サクラを元の身体に戻すのに貢献した側が、元の身体に戻ったサクラ貰う件だけど、あ、そうなったらジョージね」
勝手に賞品に決められてた件。行ってるのはみさきちだけで有効とも無効とも言ってないけど、貢献は僕が判断することにしよう。
「ここにこさせるため、仕掛けをしてきたわ。これよ!」
取り出したのは、公的な『討伐指示』という物騒なもの。そしてそのターゲットが、僕!?
「近畿と中部のフ族圏内にあるギルドに出してきたから。条件がレベル85から100。報酬が公方挑戦権!」
前に聞いた、公方を倒したら次期公方は君だ!ってやつか。でもそれ、いつも狙われ続けるんじゃない? 手段選ばなくて良ければ、負けないだろうけど。
「調べた範囲、この条件に合うのは3人。私と、兄様と、ジョージB。報酬考えたらメリットが有るのはジョージBだけ。どう? これでここへ来そうでしょ?」
まだ成功したわけでもないのに、貰って行くと言わんばかりに僕の腕に手を回すみさきち。ハコネ、心配そうな顔しない、大丈夫だから。
「期限は3ヶ月。報告に戻る時間も考えたら、2ヶ月以内に来ると思うわ。さて、もう上手く行ったも同然だと思うから、ちょっと前借りさせて」
「待つのじゃ!」
ハコネに待てと言われたけど、何をさせられるのかと思ったら、僕がみさきちに同行するだけ。みさきちと八王子やその先まで飛んでみさきちの荷物運びのお供。みさきちは無尽蔵の輸送力を持ってるから1人で行っても問題なく物資を運べるけど、ジョージBが来た際には立ち会いたいのだそうで、その時に一瞬で戻るために僕が同行して欲しいそうだ。
「別にお主が立ち会わんでも成し遂げられよう」
「貢献度の判定でズルはさせないためよ」
「ぐぬぬ……」
お前はどこのコッポラさんだ。髪の色は同じだけど。
「あ、これ、ハコネも来ないと。僕とみさきちが移動中だったら、ジョージBが来た時ってハコネが言いに来ても、扉の場所に僕らは居ないことになるじゃない」
ハコネの扉はここに出せる状態のまま僕らと来て、戦略ビューで箱根にジョージBが来る様子がないか時々確認。来たら僕が扉を出して、箱根に帰還。迎え撃てばいい。
「そうね、まあ良いわ。3人でも」
僕がアタミさん名義で外交を使えばハコネが来なくてもやり取り出来るけど、ハコネも居たほうが良いって事で。
翌朝、3人で出発。北風が寒い。
前回は結構な人数の行軍で山中湖、大月を経由したそうだけど、今回は厚木経由。今回もそのルートを飛んでも行けるけど、冬場は標高を上げると寒い。標高5倍になった籠坂峠は5500メートルで、それは天気予報で「上空5500メートルに氷点下30度の……」と出てくる高さ。気圧も地表の半分で、フ族のふりして実は日本人の体なみさきちは楽じゃないと言う。徒歩でなら高地適応の魔法を使って何とかなるけど、飛ぶのと併用は無理。
そして魔素の補給量も違うから、みさきちは連続飛行出来ない。速度だけ考えれば途中までは僕だけで行っても良かったような。
「連続で飛べるって、女神はずるいわね。私もその願いにしたら良かった」




