6-10 魔王の封印 賞品
「私のと組み合わせると、大量の荷物を一瞬で別の場所に運べて、人の移動も可能ってことになるのね」
「部屋を通るって仕様じゃなければそう使ったかも」
輸送手段の話から、僕の部屋に連れてくる話に。部屋自体は以前見せてたけど、その時はベランダからハコネの空間を通って別の場所に行けることは言ってなかった。そこで実演として、みさきちをハコネの扉から外へ連れて行く。おっと、玄関から靴も持ってこないとね。
「ここは?」
扉から出た場所は、木が生い茂る丘の上? 戦略ビューで見ると、ここは足柄平野の北の端で酒匂川が平野に出た辺り。今いる場所は、川の南岸の堤防らしき場所みたいだ。
戦略ビューでは堤防を降りた南の方に人が居るようだから降る。降りた所にあるのは、壁面に継ぎ目もない石の壁が続く立派な水路。でも水は流れてない。未完成の用水路だろうか? それを渡り、その先の平地で溝に入って作業している人が居た。こっちも用水路っぽいけど、さっきのとは出来が雲泥の差。雑な石垣の隙間を小石で埋める作業をしてる。手作り感満載。
用水路で作業する人にハコネ達の居場所を聞いて、用水路沿いに歩く。
「用水路をこの平野全体に? 大事業ね。そんなに経済力があるの? 維持するのも大変だと思うんだけど」
「まだこれから開拓しようって段階だし、そんなに余裕はないと思うんだけどね」
姫様だからか、みさきちの視点は費用の話に。僕の興味は作るところまでで、お金のことはあまり考えていない。用水路ってちゃんと管理しないと使い物にならなくなったりするのかな。
さっきの手作業の石垣作りから考えて、完成までかなりの時間が掛る様な。その間はお金を産まない土木工事で、お金は出る一方になる。太っ腹なアシガラ辺境伯。
「サクラ! それと…… チャチャ子ではないか」
「何よその呼び名」
用水路を枝分かれさせるための石垣を作ってるハコネを発見。隣で指示を出しているのはエルンストだ。この工事全般、アシガラ辺境伯は資金を出した上でエルンストに任せている。ハコネの力が必要ってことで。
設計は辺境伯が派遣してきた人と、秦野から連れて来たエルフの混成技術者集団。作業をするのは地元の人々で、麦の収穫が終わった頃から人数が増えてきた。遠方から来た人も多く、肉体労働要員、魔法で石の加工をする人、作業する人達の胃袋を支える役と色々な職種がある。即席の村が工事現場付近に出来ていて、住居は小屋が立ち並んでる。用水路完成後は開拓者の村に再利用できるからと、仮設にしてはちゃんとした小屋になってる。
さっきの立派な水路は創造主時代の遺物で、そこから枝分かれさせた用水路を作るのがここでの仕事だそうだ。
エルンストが見せたいものがあるというのでついて行くと、手作り用水路は創造主の水路に合流。さらに歩くと、水路を跨ぐレンガ造りの建物? レンガ造り建物、他で見かけないから、これが創造主の遺物だろうか。
「これは何だと思う?」
水路を跨ぐ建物、建物は傾斜地に建っていて、急な坂を登った上に建物に繋がる上の水路がある。その落差は40mくらいかな。エルンストにはこの建物が何かわからない。それはそうだろうな。
「水力発電所」
建物の中に入ると、予想通りの装置があった。銘板に1780年型水力タービン発電機と彫り込んである。今が2690年だから、900年以上前の装置だ。
「オダワラの権限があるから、この水路に維持費を投じてみたのじゃ。すると、水路だけじゃなく、この建物も現れてのぅ。長年放置されて朽ちておったのが、復活した様じゃ」
「でも、電気は使わないよね」
「あの時代は、使い道があったんじゃがな」
ハコネの領域にも同じ様なのがあったらしい。ほぼ使われないまま、ここがそうだった様に、今は朽ち果てているそうだけど。そうか、そこに維持費を投じれば、電気も使えるのか。どこにあるのか、今度調べてみよう。
建物を出てさらに水路の上流を目指すと、トンネルに繋がってる。
「この先はどうなってるの?」
「トンネルを抜けるとまた水路があり、その先で同じように発電所じゃ。今は水が来ないように、上流の水門を閉じてある」
発電所はともかく、水路はしっかり整備して農業用水には使えるようにしたい。
来客があるということで、今日はエルンスト達も箱根に戻って夕食会。みさきちは立場的には公爵相当だそうで、アシガラ辺境伯のところへ行こうかという話もあったけど、急に行くのも向こうの都合が付かないだろうし、今回はお忍びの立ち寄りってことで、そのまま箱根で。
エルンストが一番聞きたがったのは、みさきち達の占領地に対する戦後支配体制。征服地域は領主がフ族に替わる以外は特には仕組みを変えないけれど、一般人に対してはどの種族も同じように扱われる。少数の征服者が大人数の被支配者を治めるにはそうせざるを得ない。三島があのまま占領下だったらそうなってたんだろう。
「あちらの女神とはどうなったのじゃ?」
「領主がどの種族でも構わないという方達で、特に問題もないわ」
八王子から先の占領地はその様になった。八王子の手前、富士吉田から中央道ルートの八王子までは、フ族の領域以外はエルフ、ドワーフが混在していて、どこも敵対関係に無く通過させてもらえたそうだ。
「ところで、元の体を探すってのはどうなったのよ?」
「その事で頼みがあるんだけどね……」
みさきちと三島で最後に会って以降の、捕まえたり逃げられたりの顛末を説明。そして、これからやろうとしてる事も。
「今の輸送が終わったら報告に京へ戻るから、その時に聞いてみるわ。報告が終わったらまた戻って来るから、その時にでもどうだったか教えるわね。2ヶ月後くらいになるかしらね」
「それは助かるよ」
「それで、元の身体に戻ったら、私達のところに来れるの?」
え?
周りの全員が、同じく「え?」という表情。
「だって、そのジョージBはフ族の一員として今いるわけでしょ。中の人チェンジとは言え、こっちの所属って考え方もあるわよ」
「いや、ここの所属じゃろう。そもそも我が召喚したのじゃし」
「そ、そうよ」
ハコネ、ちょっと焦り顔。これまで全く口を挟まなかったマルレーネも声を上げる。
「まあその件は、追々考えましょう。敵味方なわけでもないし、便利な移動手段もあるんだから、二重生活だって可能じゃない。何なら両方に奥さんいたりとか」
「奥さん!?」
マルレーネ…… あ、そうか。マルレーネは中身ハコネで身体は僕っていう状態に対して色々想いがあるんだった。中身僕で身体も僕の場合、そこん所どうするんだろう。
「そもそも結婚は無い。2人どころか1人も無い。あ、マルレーネの事を嫌って言うわけじゃないよ」
「そんな意味じゃ!?」
マルレーネはまた僕とハコネが入れ替わればそれが一番喜ぶ? そうするつもりはないけど。
あくまでもここに居るのは一時的な話。ちゃんと元の世界に戻る前提だから、そんな事をするわけにも行かない。
「じゃあ、サクラを元の身体に戻すのに貢献した側に付いて貰うって事で」
「こら、待たぬか!」
「こちらは私一人の分、そっちは誰でも良い。これがハンデね」
西方に伝手があるみさきちが有利だけど、ハコネ側は数で勝負出来るんだろうか?
というか、この掛け、成立したの? 本人の意見は!?




