2-2 女神へのセクハラは禁止です
野営地を出て歩き続け、その夜は真鶴の村に宿泊。
「それじゃあ、また明日の朝」
夕食後にギード一家と別れ、僕とハコネの部屋へ。鍵をかけて、ニートホイホイ。パソコンで地図を見る。
「この黒白の線は何じゃ?」
「これは鉄道の印。どう説明したらいいかな」
「鉄道の事くらい知っておるぞ」
「なぜ知ってるの?」
鉄道とは程遠いこの世界。それは僕の言う鉄道と同じなんだろうか。
「創造主時代の文明には鉄道もあったのじゃ。場所によっては遺物もあるぞ」
「どこかで見に行けるかな?」
「あちこちにあるぞ。文明が後退した際に列車は放棄されて失われたが、鉄道は女神が頑張って遺構を維持しておる所も有るぞ」
「ハコネのは?」
「我は維持費が出せんかったからな。残ってはおらん」
明くる日は昼過ぎに隣の湯河原に到着。宿の夕食まで時間があったので、ハコネとふらりと町に出る。
「熱海への道、海の方でなく山の方に向かってるね」
熱海に向かう道が、目の前に聳える山に続いている。ここ登って行くの?
「言ってた物が此処に在るやも知れんな」
ハコネが少しハイペースで歩く。その先には、
「トンネルだ」
「やっぱり在ったじゃろう。これが昨夜言った、鉄道の遺構じゃ」
鉄道トンネルが道として使われている。線路は残ってないけど、ここに線路があった形跡はある。結構な大きくて、馬車がすれ違える。
「嬢ちゃん、珍しいだろう。この先アタミにかけて、こんな古代の遺物が幾つもあるぞ」
トンネルの入口付近の人が声をかける。
「アタミの神は、このトンネルの他に古代の水源も残してくれた。この道を行くなら、女神様への感謝の祈りを忘れずにな」
夕食の後、ハコネと確認する。
「女神が手を抜かぬ限りにおいて、遺物は何千年も維持されるんじゃ。アタミは律儀じゃな。オダワラの奴はケチって、駄目にしたと言うに」
「それはハコネもでしょう。トンネルとか古代文明の遺物は女神が維持してるの?」
「そうじゃ。創造主達が造った物は、女神の管轄じゃ。民が造った物とは別扱いじゃ」
翌日、トンネルをギードさん達と進む。
「これは古代の文明が遺した遺産らしい。無事なものについてはそのまま使ってるが、壊れたら直す術がないのだそうだ」
「オダワラにもあるの?」
「オダワラにも遺跡はあるぞ。今度見に行くか?」
「行きたい!」
ハンス君は遺跡にも興味があるのか。イーリスさんの魔法の明かりが、行く先を照らす。足元はコンクリートだろうか。古代文明と熱海の女神は良い仕事をしてたみたいだ。
「未発見のトンネルを我が掘ったと言えば、信仰も集まらんか?」
「駄目でしょ、嘘は。うちにも掘ってくれって頼まれたらどうするのさ」
長い長いトンネルを抜けると、熱海だった。
「賑わっておるのう」
「イトウがあった頃は、中継点としてもっと栄えてたのよ。残念だわ」
イーリスさんが熱海に詳しいのは、こっちの方の出身だかららしい。
「おや、アジロのお嬢様。お久しぶりです」
イーリスさんおすすめの温泉宿があるってのでそこへ行くと、イーリスさんの知り合いだった。知り合い効果で予約無しでも良い部屋をゲット。持つべきものはコネだね。コネとハコネは大違い。
さて、ジュホン式の温泉、堪能するよ。じゃなくて、勉強するよ。
浴場は、日本の様に大浴場。シャワーにサウナまで付いて、他の技術水準とバランスが取れてない気がする。
「温泉は、勇者王がしきたりを定めたそうよ。温泉好きだったみたいね。怪我とかやけどの治りが早くなるわ」
暖簾があるとか、風呂上がりの牛乳が売られてるとか、ここだけ日本。
男女別風呂なので、イーリスさん、マルレーネと一緒。二児の母と思えないイーリスさん。これは三児の母になる日も近いかもね。
風呂上がり、今日も歩き疲れた子供たちを先に寝かし、ギードさん一家と外出。西に名所があるのだそうだ。
「この先に女神の穴と呼ばれる場所がある。山に空いた穴なんだが、奥から水が出続けるそうで、水道として使われる。この水を飲むと子宝に恵まれるって言い伝えもあるぞ」
ネーミングが卑猥だ。ギードさんがハコネにニヤニヤしながら説明するが、ハコネの表情が引き攣っている。来てみると、水が大量に出て来るトンネルだった。
「ハコネ、これ、トンネルだよね?」
「そうじゃ。だが水源として使われておる様じゃな」
「この奥は行き止まりだそうよ。良く子供が探検に行っては、怒られる場所なの」
どこへつながるトンネルなのか、今夜帰ったら確認しよう。
「ん? あれは?」
トンネルから誰か出て来る。出て来た者達は僕らの横をすり抜けて行こうとするが、こちらには鑑定持ちのイーリスさんが居るのだ。
「魔族よ!」
「逃がすか!」
魔族達(推定)が駆ける。魔族は人族の敵だと言うが、僕は敵だと思ってない。僕やハコネを傷つけられたら敵だし、そうでなければ敵じゃない。その対象にギードさん一家や小田原の人も含めていい。ハコネも同じ考えなのか、特に動かない。
しかしギードさんとイーリスさんは違う様だ。逃げる影を追って行った。
「さっきの、どう思う?」
「魔族が何をしておったのかは分からん。水源に毒でも入れようとしてたなら、その時は成敗じゃな」
「そういう可能性もあったのか。捕まえた方が良かったかな?」
「過ぎた事は良いではないか。我も今は中立じゃ」
魔族に関して外で話すと言いにくい事もありそうだから、宿の部屋で。
「中立とかあるの?」
「女神はその時に影響下にある民の味方じゃ。オダワラは人族の味方をするじゃろうし、イトウは20年前までは人族の味方をしておったが、今は魔族の味方をするじゃろう」
「そんなコロコロ変わるものなの?」
「影響下の民あっての女神じゃ。自らの民と仲違えて、良い事など何もない」
そう言われると、女神ってのは人ではなく機械の様だ。女神の立ち位置って良く分からない。
「過ぎた事は良いではないか。それで、あのトンネルの事も気になるんじゃろう?」
そうだった。地図を見ると、これも鉄道と一致した。丹那トンネルだ。東海道本線の 熱海から三島に行く途中にあるトンネルで、東京・品川間以上の長さがある。湧水が膨大で掘るのが大変だったことが記されている。
「奥が行き止まりって事は、ミシマの奴が維持費を出し渋ったんじゃろうな」
翌日、ギードさん一家と城に来た。子供も連れて来たのは、ギードさんとイーリスさん二人で魔族の件を報告したいからと。僕らがお守りをするって案もあったけど、僕も城内が見たかったし、マルレーネとハンスも見たがったから全員で来た。
「伯爵様はお忙しい。面会は取次に申し込むように」
そして門番の言葉が以上の通り。まあ、そうなるよね。
「私はアジロ男爵の次女イーリスです。魔族に関する緊急の報告ですので、お取次ぎを」
貴族の令嬢だったの?
「水源から魔族、毒を混入された可能性有り、か。大至急調べさせよう」
貴族的な都合で、報告役はイーリスさん。僕らは後ろで大人しくしている。場内を見たかっただけで、面倒には巻き込まれたくないし。
「後ろに控えるのは…… 勇者!?」
ほら、面倒に巻き込まれる。ヒノキの棒は要らないよ。
「なんとかなったね」
魔族との戦いに最前線で参加してくれとか姫との結婚とか勝手な事を言われたけど、行けたら行く、前向きに善処しますという事にした。ここでも行かないって意味に捉えられるよね? ヒノキの棒渡されてないし。
「俺からも、もしもの時はお願いしたい。イーリスの両親、マルとハンスの爺ちゃん婆ちゃんだ。勝つまで出来んでも、無事に撤退できる位はしてやりたい」
「師匠にそう言われたら、何もせぬ訳にも行かぬではないか」
謁見の間から立派な廊下を歩きながらそんな話をしていると、出口で子供が門番に止められてる。
「僕が行って確かめて来てやる。通すんだ!」
「駄目に決まってるでしょう。護衛も無しに通す訳には参りません」
あ、これは関わっちゃいけないやつだ。そそくさと通り抜けよう。
「外へ行きたいの?」
そんな目論見を粉砕する無邪気なマルレーネ。フラグが、フラグが立ったよ。子供はマルレーネを見て、ギード一家を見て、僕を素通りしてハコネを見た。
「ちょうど勇者様が通り掛かるなんて、これはアタミ様の思し召しだ。勇者様を護衛に付けて、僕が行って来る!」
ハコネにデコイを掛けておくべきだった。職業:無職って。
「エルンスト様、そんな訳ないでしょう。あっ、イーリス様、お疲れさまでした」
来た時に居た門番だった。
「本当に勇者様だぞ。僕の鑑定を疑うのか? な、勇者様なんだよな?」
違うって答えて! 何かの間違いですって答えて!
「その通り。我は勇者ハコネじゃ!」
おばか~!
「そうか、アジロのってことは、君らは僕の再従妹弟じゃないか」
伯爵家三男のエルンスト君(10)のお供をする事になった。町を出ない様には釘を刺されたから、この用事に長くは掛からないだろう。イーリスさんは貴族の籍を外れてはいるが、現伯爵の従妹に当たる。鑑定持ち家系だそうだ。謀略飛び交う貴族社会で鑑定持ちはとても有利だけど、イーリスさんは貴族からの縁談を断って小田原に出て来たそうだ。イーリスさんを安全な後方に逃がしたいお母上が味方してくれたとか、その道中の護衛がギードさんだったとか、それだけで物語が書けそうだよ。
同年代同士、子供三人が並んで歩く。僕も入れた四人にはしない。見た目は中学生でも、中身はいい年なんだよ。
「すまない、通してくれ」
さすが貴族の坊ちゃま、衛兵が道を開ける。ただし僕らは「お前誰だよ」という視線を送られるので、規制線の中には入らないで野次馬ポジション。
「鑑定したが、この水は問題ない」
そうか、水の鑑定をしたかったのか。利口な坊ちゃまだね。
「穴の奥を確認したか?」
「はい。異常はありませんでした」
「偽装があるかも知れない。奥で鑑定するから、付いて来い」
危険があるかもしれない最前線まで行くとは。貴族は安全なところで踏ん反り返ってるんじゃなく、ノブレス・オブリージュを実践しているところは見所がある子だ。三男は伯爵を継ぐ事は無いのだろうけど。
結局何も見つからなかったそうで、規制は解除された。この水が使えないと町全体に大きな影響があるそうで、勝手に出て来たっぽい坊ちゃんだが大活躍だった。
「鑑定を間違い毒を見落としたら民に死者が出る。もし家臣の誰かがその間違いを起こしたら、死罪もあり得る。父上や兄上なら治世が揺らぐ。しかし、僕なら何も問題ない」
この子、本当に十歳? 何百年生きてるハコネが霞んで見える。
「護衛感謝する、勇者ハコネ。いつか肩を並べて戦えることを祈る。では」
「エルンスト君、凄いよ。あんな子初めて見た」
「君付けはよしなさいな。貴族の扱いは難しいのですよ」
貴族との付き合い方を一番知るイーリスさん。無礼討ちとかあるのかな。
「あんな子が育つなんて、伯爵様の教育はすばらしいね」
「いや、皆が皆、あの様に育ったわけでも……」
イーリスさんの歯切れがちょっと悪い。
「実は身内の過ちをハコネさんとサクラさんには謝らないといけないの」
「10年前にダンジョンでハコネが刺された槍だが、あれはここの伯爵次男、ヴェンツェル様がダンジョンに潜った際に持っていた魔槍だ。危機に瀕した時に落としてきた様だ」
「そんな危険な槍が魔物の手に落ちたら、ギルドに報告義務があるの。危険な武器持ちはネームドに相当するからね。それなのに報告しなかった」
ミスは誰にでもあるから仕方がない。でもミスを隠して被害を大きくした事を許そうって気にはなれない。名誉に囚われた、悪い意味で貴族らしい御仁らしい。
「あの事件で回収された槍について冒険者に聞き取りをしたら、自慢の魔槍を見せびらかしていた伯爵次男が浮かび上がった。当然アタミ伯爵に伝わり叱責されたそうだが、逆恨みで物騒な事を言ってるらしい。ハコネに対してな」
被害者なのにトラブルを呼び込み恨まれる。ハコネの主人公属性は最強だ。僕は脇役?