6-9 魔王の封印 陸の輸送路、海の輸送路、空の輸送路
御殿場での仕事を片付けた鍛冶屋のゴヴニュがやって来たり、同盟参加を希望した御殿場の組合長を同盟の3領邦に連れて回ったり、アシガラ辺境伯領に何本もの用水路を掘ったり。慌ただしく過ごしたら、あっという間に2ヶ月が経った。
木々の葉は緑なままだけど、たまに冷たい風が吹く日もある。僕らのリポップが1月1日に固定で、これまで秋まで到達できた事が無かったから、ここで体験する始めての秋。
「湾岸協商との協定について、説明する」
窓の外を見たりしながら、会議に参加中。場所はアタミ伯の館、議題は外運。
トンネルから港へのケーブルカーが完成、各港の灯台も建設工事が進んでいる。酒匂川の水運インフラは未完成だけど、インフラ面はそれなりに準備が進んだ。問題は、ソフト面。
「湾岸協商は彼らにアタミでの交易特権を与えることと引き換えに、技術を提供しても良いそうだ」
アタミ伯の大臣が取り決めを読み上げる。聞いているのは、恰幅のいいおじさん、冒険者っぽい人、そして海賊? 海上貿易に参加したい人が、アタミ伯の屋敷に集まっている。
僕とヨコハマさんを通じた、アタミ伯とヨコハマ市長の外交で、双方に利がある取り決めがまとまった。アタミは造船技術も操船技術も未熟で、その技術を一から育成するのは大変。そこで江戸湾を通じた交易でそれら技術を高めてきたヨコハマと提携しようという話になった。提携とは言え、実質はヨコハマを中心とした湾岸協商に参加する形なので、ヨコハマに交易上の恩恵を提供して、技術を貰う。
「湾岸協商以外の湾岸諸都市との取引は、ヨコハマを通すことが条件だ。危険回避のため協商外の都市へ寄港は認めるが、荷の上げ下ろしは行わない事」
湾岸協商というのは横浜を盟主とした江戸湾の交易同盟。それ以外に横須賀を盟主とした同盟もあるそうだけど、アタミ伯はヨコハマを選んだ。ヨコスカは先の戦争で敵だったこともあり、そんな相手を富ませるより、戦争に参加しなかったヨコハマが良いと。位置的にはヨコスカの方が便利だったんだけどね。
「南との貿易は行ってよろしいのでしょうか?」
恰幅のいい商人が手を上げて質問。南と言ったのは、伊豆半島南部の魔族の事。公式の場では彼らをフ族と呼ぶことに決まっているけど、彼らの自称をそのまま使いたくない、しかし魔族と呼ぶのは禁止。そこで南と言う呼び名が出来た。長年の宿敵だったから、人の意識は一朝一夕には変わらない。ちなみに僕もちゃんとした場ではフ族と言うけど、内輪では魔族と言ってたりする。別に侮蔑的な意味じゃなく、最初そう言い方をしたから何となく。
「フ族との貿易は協商との協定外だ。協商はフ族の領域まで交易に行く事は望まないとのことだ」
「ならば、我々が彼らから買い付け協商に売れば、良い稼ぎになるかも知れません」
「協商は鉱物が足りないとも聞く。協商との協定にいくつかの不自由はあるが、得るものは多いだろう」
今のところ、魔族と協商は種族的な敵対関係は解消していないから、積極的にやり取りをするのは避けたいのだろう。双方にとっての緩衝地帯が、間にある同盟諸邦。中継貿易で稼ぐのに適した位置関係。
「当面の間、船大工は当家で雇用する。またヨコハマに船を注文するのであれば補助を出そう。そのための担当者をヨコハマに派遣する準備をするように」
「ドックの構造は良く知らないので、技術者を連れてきてもらえれば、お手伝いします」
「左様ですか。サクラ様は色々なことをご存知なので何でも出来るのかと思っておりました」
会議の後、アタミ伯と今後の事を打ち合わせ。最初の船はヨコハマから買うとしても、修理やその後の造船は自力で行いたい。何なら、魔族の技術も入れた最先端の造船という手もある。しかし魔族側の造船所は伊豆半島にはないため、技術導入は断念した。一部だけとは言え、鉄張りの装甲艦というのは高くもなるし。
「ところで、沖にある島はどういう扱いなんでしょう?」
「これまでは海に出るわけにも行かず、放置しておりました。そうですな、我等の船を手に入れて、島へ渡る事も出来ますな」
伊豆半島の沖には幾つもの島がある。熱海の沖合に初島という小島、更に沖には伊豆大島など伊豆諸島。距離が5倍と言うことで、日本では本土から180kmだった八丈島は小笠原諸島までに匹敵する900kmも離れた場所になってしまった。では小笠原は4500km先にある?
島の事情に人族は疎い。海は魔族の支配下という状況が海の向こうへの興味を削いでしまったんだろう。これからは変わるかな。
この島の事が気になったのは、一番近い初島は潜在的にはアタミさんの領域かもしれないから。かもってのは、今の支配権はアタミさんに成ってないから戦略ビューで確認できないけど、これまでの例では日本の行政区とこちらの区分けが一致してるから、だったら初島は熱海だろうって事。アタミさんの領域だけど、別の勢力が支配してるから見えません、って状態なんじゃないかって。
だからって、取り返しに行こうとかは考えてない。余程の理由がなければだけど。
「ジョー、じゃなくてサクラ、久しぶり」
「政綱さん、いらっしゃい」
八王子の方で戦ってた正式名では足利政綱、元の名をチャチャ、中の人の名を美咲が戻ってきた。
ここは箱根の湯本。一仕事終えて帰ってきたら、来客が来てると言うから誰かと思ったら。
「昔の呼び名でも良いのに」
「チャチャ?」
「じゃなくて」
彼女の中の人であるところの美咲、子供の頃はみさきちなんて呼んでたっけ。今更その呼び名?
「それはともかく」
「みさきち」
「はい、みさきち。帰って来たってことは、戦いは終わり?」
彼女は着物をベースに足や腕部分に切れ込みを入れて機敏な動きが可能なように改造したような服。部屋は畳敷きの部屋、そして座卓に座椅子と旅館っぽくした部屋で、ぴったりマッチしている。
「サクラ達の戦争が終わったら、全部が私達の方に来ちゃうのよ。やってられないから、おしまい」
八王子を占領後、青梅、入間、狭山、川越まで占領したそうだけど、進出はそこまで。東に行くのでなく北東に向かうのは、秩父から西へは補給線が繋がってるからだとか。てっきり八王子から中央線ルートで江戸直行かと思ってた。
「5つも拠点を抑えたから、今回はこんな所でしょう」
「それで、1人で先に飛んで帰ってきたの?」
「ちゃんと仕事で来たのよ」
行軍しながら訓練を続けて、元々の力量が高い将達が飛べるようになった。そんな将が10人を超えて、各拠点に2人配置された。近隣の拠点が攻められたら1人が耐えている間にもう1人が他の拠点に助けを求めに行く。そして複数拠点から飛べる者が集結して、相手を撃退。魔族ってのは元々が人族より強く、そんな中で特に強い将が10人も集まれば、大抵の敵は撃退できてしまう。女神が攻めてくるでもない限りは。
仕事ってのは、新規占領地と伊豆半島の間で物資の輸送。召喚された時の願い事として、ストレージ的な能力を貰ってるらしい。僕が部屋に物を入れるのよりも遥かに大きな容量で、戦地を飛び回って物資の輸送を担当。今回もその一環で伊豆半島まで戻るので寄り道。
「人とか生きたものは運べないのが不便なんだけどね」
サイズは小さいとは言え僕の方は人も運べるから上位互換? みさきちはゲームっぽい間隔でアイテム置き場を考えた願い事をして、似た機能だけどちょっと違うものになったようだ。
戦争はともかく、交易に使ったら、船なんて目じゃない便利な輸送法だ。流通で世界を牛耳れるんじゃないの?




