6-6 魔王の封印 交易路の問題
「お隠れになった3女神の分も含め、依頼は沢山だぞ」
ジョージB追跡はかなり遠くまで行くことになりそうなので、一旦ユモトに戻って来た。そんな僕らを待っていたのは、エルンストが持って帰ってきた仕事の依頼。会議で軍備とそれを支える国力増強が必要。そこでどんなことをやって国力を高めるかという計画を立てたらしい。
「なぜあいつらの分まで我が働かねばならんのじゃ」
「まあいいじゃない。信仰が集まるよ? オダワラさんが戻ってきたら、ハコネの方が格上かもよ?」
「うむ、そうか、それは悪くないな」
なんというチョロい女神。まあハコネも本気で嫌がってるわけじゃなくて、一応は嫌だと言ったぞという駆け引きをしているつもりなんだろう。表情がそれ程嫌そうでもなかったし。
「それで、どんな依頼じゃ?」
「アシガラとミシマで新田開発、オダワラとアタミに港の建設、それからオダワラとアタミの途中に灯台が欲しい、それから……」
「多いね」
新田開発は人口増加に繋がるし、港と灯台の建設は商業の発展と各領邦間の物流改善。この地方は広々している割には人口が多くないから、開発次第では発展の余地が大きい。
「オダワラからマツダまで船が上がれるようにしたいと」
彼らが考える交易ルートは、ミシマからアタミまではトンネルを利用し、アタミからオダワラを船で。オダワラから北へは酒匂川を川船で上がれるようにしたいと。
「我々は王権から離れた。言わば新たな国が始まると言っていい。いつかまた戦いに巻き込まれるとして、その時に我々だけでも戦える力を蓄えたい。それにはまず、人が増えねばならない」
「それから、このハコネ領の開発もしなくては行けません。お願いします」
マリーさんも領主の妻の顔になっている。色々あって、成長したね。
「なるべくは望みを叶えたいけど、ここはともかく、他の領地で僕らが出来ることってあるのかな?」
「そうじゃな…… ん? これはオダワラからのメッセージ?」
メッセージ? 外交でリアルタイムに直接伝えるんじゃなく、そんな機能もあるの?
「”姉さんがこれを読んでいる時は、私は倒されて居ることでしょう。姉さんも倒されてて読むのは10年後かもしれないけど” ふふん、そうはなっておらぬぞ、オダワラめ」
「ほら、続き」
「”もし私が倒れ、姉さんが無事であれば、私が戻るまでの間、領地の皆さんをお願いします。戦いが終わり、仕事は山積みでしょう。そこで、私が戻るまでの間、管理権限をお貸しします。10年間、よろしくお願いします” ほう、そう来たか」
管理権限を貸す? そんな事が出来るのか。
「オダワラの管理は…… こうじゃな。うむ、あやつめ、溜め込んでおるな。なら遠慮なく貰って…… なんじゃ、移すことは出来ぬのか」
ハコネがなにかあくどい事をしようとした様だけど、それは良いとして。
「そのメッセージって、どこにあるの?」
「お主にも一言あるかもしれぬな。何かメッセージがあれば、ログにそう出ておるじゃろう」
どれどれ…… お、あるある。3件。
「”サクラさん、姉さんが着服しようとしたら、止めて下さい”」
「着服なんぞ、するはずがない。出来ぬようじゃし」
釘を差されたということは、何か着服できる手段があるのだろう。ハコネは気付いてないけど。
そしてあと2件。アタミさんとミシマさん。
「”サクラさん、私が戻るまでの間、私の権限をお預けします。エルンスト君の願いを聞いてあげて下さい。エルンスト君、アタミの皆さんとサクラさんの橋渡し、よろしくお願いします” これはアタミさん。僕宛か」
「アタミめ、昔から知る我でなく、サクラに渡すとは……」
「アタミ様からのお言葉、承った。サクラさん、お願いします」
次はミシマさんからのメッセージ。これはマリー宛ということになっているので、マリーに聞かせる。
「”マリー、私はすぐ戻りますが、皆さんにとってはすぐではないでしょう。不在の間は、サクラさんにお任せしますので、ミシマに暮らす皆さん、そして行き交う全ての人々のため、この力を使って下さい”」
「承りましたわ。良きようにいたしましょう」
「ミシマもサクラへじゃと……」
ダブルショックのハコネだけど、僕にと言うよりエルンストとマリーに託されたという形。どちらも故郷のためだから間違った使い方はしないだろうという長年の信頼があってこそだろう。
「そう言う訳で、ハコネが小田原方面、僕が熱海と三島を任されたということで、さっきの依頼を実施するわけだけど、出来ることから始めようか」
「これだけの力を振るうのは初めてじゃ。楽しみじゃのう」
「ハコネさん、同行させて欲しい」
なんとなくエルンストが不安そうに見える。勝手にやられては堪らないという感じに。
会議が終わってエルンストが戻ってきたのが昨日だそうで、僕が担当する領主はまだ拠点に帰ってないはず。そこで、熱海や三島の仕事は後にして、足元から進めようということになった。
「この先、ここへ多くの者が来るじゃろう。我らに願い持つ者たちが。まずはここからオダワラの間も道を整備せねばならんのではないか?」
「いや、僕らが聞きに行った方が早いでしょう。巡回したらいいんじゃない?」
「そこは陳情に来いとすれば、この地も栄えるじゃろうに」
そう言う意地悪は行けません。陳情のため都に集まるって、どこかの一党独裁国家じゃあるまいし。そんなの真似したら、プーさんって呼ぶよ?
「でも確かに、他の3領邦の交通網は頼まれたけど、ここのはどうしよう? オダワラからここまで、それとここから湖畔の村を通って三島まで、道を整備したほうが良いね」
「湖畔の村は、村そのものがまだまだじゃからな。村支援のためにも、道を引かねばな」
各地に道を整備するに先立って、この地方で使われる馬車について調べた。
「熱海や小田原と、三島や御殿場で、車輪の間隔が違うみたいなんだ」
「それがどうしたのじゃ?」
「車輪の間隔が違うと、轍に沿って走れる馬車と、合わない馬車が出る。このままだと、三島の馬車が小田原まで走るのは難しい」
この地方は雨が多いから、石畳を整備しようと考えてる。そうなると、轍に合わない車輪間隔の馬車が走りにくいという問題が起きる。熱海や小田原の馬車は、三島の馬車よりも少しだけ幅が狭い。丹那トンネルが使えない時は道の轍が違うことを気にする必要は無かったけれど、これからは問題になりそうだ。
「ミシマの馬車は、アタミに来たときはどうしているのでしょう?」
「轍を避けて走ってるみたい。倒れそうで危ないから、何とかしたいそうだよ」
公益を優先して、どっちかに統一しようってのが良いのだろう。でも、どちらかが変えなくてはならなくなり、不満が残るかもしれない。
「今、熱海で市が立つ場所は、城の前だっけ?」
「そうだ」
城は熱海駅と来宮駅の間にある丘の中腹にある。そこから南へ市街が広がっている。
「これからは三島からの荷と、陸路で届く小田原の荷、船で届く各地の荷が行き来するようになる。市を港を作る場所に移して、そこまで三島からトンネルを抜けた馬車が入れるようにする。西から来る道と、南北の道で轍は異なるけど、そうすれば何処の馬車も入ってこれる」
「アタミの馬車がミシマに行きづらくはならないか?」
「東西交易に携わる商人と、南北交易に携わる商人で別れるだろうね。でもそれで、双方の商人が競争するようになって、巨大商人の独占が防げるかもしれない」
両方を持つ商人も出て来るだろうけど、特化した方が車両整備とかで有利になるかも知れないし、面白い試みじゃないかな。




