6-5 魔王の封印 港町
いきなり空から「こんにちは」ではどんな扱いを受けるか分からないので、近くの山に着陸。陸から街に入るルートで一般人に混じって土肥の街にたどり着く。
土肥の街へは、門番はいるものの取り調べがあるでもなく、そのまま入る事が出来た。街は柵に囲われ、門から続く道は先の方で海に続いている。道の両側には水路があり、綺麗な水が流れてる。建物は白い壁と茶色い窓、そして瓦屋根という和風の町家と同じ雰囲気で、これまで居た場所とは異文化で時代劇のセットに来た感じだ。
道を歩く人の多くは魔族。魔族は黒髪に日本人のような顔立ちで、服装は着物風から洋風まで色々。ちらほらと他種族が混ざり、外国人観光客が増えた京都の街?という雰囲気になっている。
「ジョージBを追いかけるなら、港へ行くかないと」
「なら、このまま進めば良かろう」
道の両側を見ていくと、お茶屋、町家、武家屋敷、井戸に馬小屋。子供が多数見える建物は学校? ゴミが落ちてないし、誰かが争う喧騒もない。
「こういう様式の町は、僕は馴染みがあるんだけどね。故郷がこんな感じ」
「そうか…… 帰りたくなっておるか?」
ハコネは眉が下がった少し申し訳なさそうな様子で尋ねるけど、この町並みは文化は同じでも時代が違いすぎて郷愁を感じさせるものでもない。テレビで見たことあって違和感がないというだけ。
「僕の故郷の、すごく古い様式がこんな感じ」
「この様な建物を、ユモトにも建てて見るかのう」
キョロキョロしながら道の終わりまで来ると、岸壁になっている。船へと渡るための木の板、そこを行き来する水夫、荷物を収めるための倉。ここも時代劇の船着き場のような景色だけど、船に違和感がある。
「船の上のは何じゃ? 櫓か?」
「見た目が黒いのは金属だね」
土肥に向かう途中に丘の上から見えた黒い船。近くで見ると、黒い部分は何か金属で覆われていて、それ以外は木造に見える。舟形の上に金属で覆われた四角い建物が乗っているかの様なデザイン。
「鉄甲船?」
図鑑で見た織田信長の鉄甲船がこんな感じだった様な。そうすると、金属を使うのは、火の害を防ぐためだろうか?
「嬢ちゃんたち、どこから来たんだい?」
「ハコネから来ました」
水夫たちとは違う少しキレイ目な服装の人と、鎧を着た見回りの兵士らしき人に声をかけられる。その鎧も時代劇の侍風。
「人探しなんです。多分この街に来て、船で何処かに向かおうとしたと思うのですが」
人相書きを取り出して見せる。写真を模写した手書きの人相書き。
「見たかもしれないが、似たやつかもしれん。他に何か特徴はないか?」
「馬に乗って、大きな金属を運んできたはずなのですが」
「この地方は金属の産地だ。それじゃありふれてて、見つからんな」
先に着いていたら、目の前の船に乗ってる可能性もある。見せてもらえるかな?
「船の見学って出来ませんか?」
「すまねえな、この船はもうすぐ出港だ。船の中を見たければ、次の便にしてくれ。トバまでの次の便は4日後だな」
ジョージBは陸路を歩いてるはずだから、この街へ向かってるとしたら到着は明日か明後日。次の船便は4日後という事は、この街で滞在する期間があるから、そこで捕まえられる。急がなくていい。
「ジョージBが西に行くなら、次の便に乗る。だから4日後に、ここで捕まえられるはず」
「ただ待つのも退屈じゃ。この近辺を見て回るか」
「前から欲しがってたよね」
「これを持ち帰れば、どこでもカレーが作れるのじゃろう?」
「まあそうだけど、料理は得意じゃないから、別の人に頼んでよ」
翌朝、土肥の街の市場でカレー粉を確保。香辛料をそれぞれ集めるのかと思ったら、カレー粉として売られていた。船乗りが消費するための食材として、香辛料から加工済みの物が売れるらしい。
「船乗りが好むのか?」
「海の上は日付の感覚がなくなりやすいから、7日ごとにカレーの日にするんだって」
日本の海軍が脚気の対策と曜日感覚を忘れないために毎週土曜日をカレーの日にしてたそうだ。ここでもそのサイクルと同じってのは偶然?
「我は毎日でも良いのじゃがな」
「一緒に食べる人が飽きるから」
市場でこんな買い物出来るのは、人族の地域で共通のお金がそのまま使えるから。敵国のお金だから使えないと言われるんじゃないかと思ったけど、双方の通貨で値段が書いてある。おつりは、ここの通貨で。和平が成ったからでなく、元々そうだったのだとか。外交的な対立と経済面は切り離しって事みたいだ。
売ってる食材も幅が広い上に、驚いたのがお湯で戻せるフリーズドライ食品がある。長旅でも美味しい食事が食べられますって。
珍しいから見学させてもらった学校は、数学、地理、歴史、生物、物理、天文学、そして魔法が教えられている。習ってる歴史はハコネ曰く「人族のよりも正しい」とのこと。地理の授業でこの大陸全土のことを教えられていたけど、やはり思った通り日本全土が大陸としてある様だ。北海道は北になり過ぎて生活に適さない場所に成ってるようだけど。魔法の授業というのは、これまで見てきた魔法以外に錬金術もあった。そう言えば化学がなくて錬金術。僕らの世界の化学もルーツは錬金術だっけ。
全体として、学問のレベルが人族よりも一段高い。食べ物のレベルは二段高い。人族の学問は中世レベル、こちらは近世レベル。食べ物は工業時代レベル。
「ハコネ、小田原って学問は遅れてる方なの?」
「いや、人族の中ではそこそこな方じゃ」
だとしたら、種族間で学問のレベル、というより文明のレベルが違うのかもしれない。新大陸が旧大陸から侵略を受けたのは、単なる武器の違いでなくその武器を与えるに至った文明の技術の差。技術の差は学問の差。伊豆半島が徐々に侵略されてきたというのを種族間の身体能力の差で説明付けようとしていたけど、文明というレベルで負けていることが原因かもしれない。
「じゃが、武器にしても魔法にしても、戦う術はそれ程差がないようじゃな」
「発展の方向が、軍事よりも文化方面に偏っているのかもね」
言うなれば、現世の日本のように。
次の船を待つ期間で、街の外の見学にも行ってみた。金山を始めとした鉱山を見せてもらったり、棚田が山高くまで続く絶景を観光したり、漁師がとってきた魚市場で見たり。そんなのんびりした3日が終わり、港に次の便がやって来た。
「ああ、あんたらか。いいぞ、見て回って」
「見学したいのは我だけじゃ。じゃあ、港で待っておれ」
取り逃がさないように、船の中をハコネが、船に乗る人を僕がチェックする。西に行く船だからか、乗るのは魔族が殆ど。でもジョージBは姿を見せない。夕方の出向間際まで見て、結局乗船者にジョージBは無し。
「まだ到着しておらぬのか? そんな事はあるまいに」
「もう1便待ってみようか?」
結局、次の便にもジョージBは現れず。見落としがないかと港を見ると、3回見送ったのとは違う船が停泊している。大きな箱をいくつも運び込む様子が見える。
「あの船は何じゃ?」
「あれかい? あれは商家の船だな。アツタまで行く商船で、ここらに無い食品を持って来てくれる。この辺の金属を載せて出ていくんだ」
そして、前回の寄港は6日前。つまり僕らが鉱山を見に行っていた日。
「ああ、珍しい金属を持った少年な。前の便に乗せてくれと言うから、その金属のひと欠片を旅費に貰って、乗せてやったぞ」
商人が見せてくれた金属、それは紛れもなく、ヘイヤスタの切れ端だった。




