5-19 続大半島戦争 エドの秘密
「長い1日じゃったな」
ハコネとエド王宮周りの岩壁の上、水が吐き出されていくのを見ながら佇む。朝は国府津に居て、午後には箱根で女神と戦い、最後は江戸で水攻め。色んな事が動きすぎた1日だった。
「とりあえずは、お疲れ様。エルンスト達の所に戻るのは、明日にしよう」
「我の扉もサクラの領域の中じゃからな。どちらから行くにも、時間は掛かるか」
ふわっと外側に飛び降り、江戸の街を目指し坂を下る。王宮のある台地は急な坂で街へ繋がるから、その途中からは街が一望できる。
「もし、王が降伏を受け入れない場合、さらに水を注いで、この街を巻き込むまでやるつもりじゃったのか?」
「いや、あの岩壁、王宮の屋根より高いんだ。王宮が完全に水没して、王様達が回答できなくなったら、街を沈める意味もないよ」
あくまでも交渉のための水攻め。備中高松城だって忍城だって、力の差を見せつけて少ない犠牲で終わらせるための戦術。ここでやったことも同じ。
「もし交渉に値しない相手なら、王宮を消し飛ばしておしまい。こんなに面倒なことはしないよ」
「面倒の半分は、エドに押し付けじゃがな」
ハコネの余裕の笑み。この笑みは久しぶりに見るかな。
エドさんは王宮の復旧作業を手伝うそうで、そのまま王宮に残った。フジサワさんとヒラツカさんは、それぞれの拠点に戻るのだとか。もう戦場を見張る必要もない。僕らは参戦済みで、彼女らは撤退済み。
つまり、僕とハコネは、ルール上は何をやっても良い。相手側の軍を壊滅させようが、相手側の都市を壊滅させようが。
「終わらせ方は、どうしたら良いだろうね」
「それは、領主たちが決めることじゃ。女神は支えるだけ。なる様になるじゃろう」
街の建物が連なる場所に到着。
「この街は、なぜここにあるんだろう?」
「なぜ、じゃと? なにかおかしいのか?」
「ここは品川であって、江戸じゃおかしい気がする」
ハコネにとっては何の事やらという所だろうけど、王宮があったのは品川駅の西側に相当する丘陵地帯で、街は品川の駅周辺に当たる。
まあこれをハコネに聞いても仕方がないのか。
「今日はこの街をうろつこうか」
「折角遠方まで来たのじゃからな。それでも良いぞ」
「ギルドの名前もエドとあるし、やっぱり街の名はエドなんだね」
「そりゃそうじゃろう」
やけに大きな冒険者ギルドの建物を見て、そして看板を見て、そう確認する。
「エドの名の由来? それは勇者の伝説を聞きたいって事か?」
「勇者の伝説?」
「勇者ウィリアムによるエドの建国伝説さ。奢ってくれたら、話してやるぜ」
この街のギルドは食堂が併設されていて、冒険者に安い食事を提供している。
「カレーが無いのは知っておったが、米料理も無いんじゃな」
「聞いたこと無い料理だな。うめぇのか?」
「最高の料理じゃ。ミシマに行けば食べられるぞ」
あ、あまりそう言う事は言わない方が。三島は江戸とはまだ敵同士だし。
「ミシマか。戦争が片付いたら、行っても良いな。どこぞの貴族の領地にでもなるだろうから、新しい仕事にありつけるかもしれんからな」
「どこぞの貴族?」
「そりゃ、連合軍で攻め込んだとあれば、攻め滅ぼして、新しい領主が派遣されるだろう。そこの家臣にでも取り立てられたら、良い生活できそうじゃねぇか」
「それはそうと、僕は勇者のことを聞きたいのだけど」
ハコネが余計なことを言わない内に、話を変える。
なるほど、こういう人たちの夢も背負って、戦争は行われてるわけだ。残念ながら、その希望は僕らによって絶たれつつあるけど。
運べれてきた料理、僕のはローストチキン、ハコネはローストポーク、冒険者のおじさんはローストビーフ。3人共が肉料理。他に美味しそうなものがなくて。
「勇者ウィリアムの時代は、まだ再征服が完了する前。魔物がそこら中に居た時代だ」
再征服? 僕の世界では、イスラム勢力に征服されたイベリア半島を、キリスト教勢力が再征服した中世のレコンキスタってのがあるけど、魔物?
「再征服を知らないか。じゃあその前からだな。ずーっと昔、今から1000年位前だと言われているが、その頃はこの辺りはとても栄えた古代文明があった。その頃の都の名はエド」
「この街?」
「いや、名は同じだが、別の街だ。この街の名は古代の都にあやかり、女神が付けたと言う。その古代文明のエドは、今はない。古代文明は何かやらかし、大陸は魔物だらけになった。多くの者が命を落としたが、逃げ延びた者は山に潜み、ひっそりと暮らした。古代文明の栄光は失われ、その遺物はもはやどの様に作られたのかも分からん」
「そんな事もあったのう」などと小声でハコネがつぶやくが、無視しておく。
「その状態から、戦う術を身に着け、再度平地を取り戻すのが再征服。700年位前に始まった。そこまでが、勇者の出番が来る時代の背景だ」
「我からすれば、皆がオダワラに帰ってしまった、悲しい出来事じゃ」
はい、ハコネ、黙れ。
「この再征服、古いエドには特に魔物が湧く場所があり、人が住むには難しかった。当時人々は、今のこの街よりさらに南に住んでいたらしい。そんな頃現れたのが、勇者ウィリアム。まあ業績を成して勇者になったんだから、当時は冒険者ウィリアムだ。その勇者が、魔物が湧く場所はダンジョンだと気付いた」
「ダンジョンって、女神が管理してるんじゃないの? 外まで魔物が出てくるの?」
少なくとも、小田原のはそうだったし、横浜も……あれはどうだったんだろう?
「それは魔物が湧くダンジョンを真似て、各地の女神が作り出したものだ。エドのはそのオリジナル、巨大な地下迷宮だ。端から端まで歩いて何日も掛かる、何階層もある巨大な迷宮だ。全貌は勇者も掴みきれなかったそうだ。勇者はダンジョンを調べ、魔物が湧く原因を突き止め、それを絶つ事に成功した。人々もその功績を讃え、王として推戴、そこから始まったのがここの王家だ。周辺の諸侯は、勇者の仲間が立てた家や、王家の家臣がその後独立したのだと言われている」
なるほど、そんな話か。ところでそのダンジョン、なんとなく予想がついた。横浜のがあった後だし。
勇者の物語が終わる丁度良いタイミングで、食事も食べ終わった。
「勇者はその後どうなったんですか?」
「王様として余生を過ごしたんだろうけど、その後は言い伝えになってないな」
ギルドで売ってるダンジョンの地図を買って帰った。その地図を見た瞬間、ピンと来た。ハコネを連れて僕の部屋に移動。パソコンで東京の地下鉄路線図を見る。
「エドのダンジョン、これじゃないかな?」
「うむ、これじゃな。ダンジョンは創造主の遺物か。そこがなぜ魔物巣食うダンジョンになったのじゃろうな」
ダンジョンの地図は地下鉄路線図の一部を除いた部分に一致する。欠けている部分に何かあるのだろうかと考えていると、外交メッセージが届く。
「夜更けに、どうされました?」
外交メッセージで来訪を求められたので、扉の場所を連絡して来てもらった。
「僕に用事ですか? 外交でも良かったのに」
「お願いしたい事がありましたので、訪ねて参りました。ダンジョンの底から出た時も通りましたが、ここは面白い場所ですね」
「それが用事……ではないのですよね?」
僕の部屋に興味があるみたいだけど、本題はそれではないらしい。
「お願いはもっと重大な話です。魔王復活を阻止するために、協力して下さい」




