1-6 女神がここに来てどうするんだ
7/27 少し改変しました。
気付いたら真っ白い空間で、見知った女神と相対しておった。昨日読んだ漫画のままじゃな。
「あら、何しにいらしたの? ついに地上勤務降ろされましたか?」
「そんな訳あるかい。ちょっとした事故じゃ」
こいつは天上勤務の女神グリーヒト。魂を再生する担当。良い子はこのまま天上へ、悪い子は他の魂と混ぜてリサイクルし、再度地上へ。ゴミ分別おばさんと言うでないぞ。
「史上初の雑魚モンスターに倒された女神様。それもスケルトンに槍で一撃で。くふふ」
「色々あったんじゃ。まあ直ぐに呼び戻されるじゃろうから、それまで土産話を聞かせてやろう」
「それは重大なセキュリティホールですわね。彼は良い子みたいだけど、悪人に使われたら世界の終わりが早まるわね」
「その辺は、ルア様のバージョンアップで何とかするじゃろう。我は天上に告げられん身になってしもたので、代わりにバグ報告してくれんか?」
「頼まれましたわ」
「何々? ハコネちゃん来てんの? 更迭?」
「お主までそんな事を言うか!」
「そのダメっぷりがハコネちゃんの可愛い所なんだから、誇って良いのよ」
弄られサンドバック。なんじゃこいつら、暇なのか。暇なんじゃな?
「ルア様からメッセージよ」
我を弄る輪に入っておらなんだグリーヒト。ちゃんとルア様に話をしてくれていたか。まともなのはこいつだけか。大丈夫か、天界。
「ジョージ君との入れ替わりを認めたのは、あなたへの罰だとの事です」
「罰じゃと? 我が何をしたと言うのじゃ」
「元の世界に戻りたいと言おうとしたジョージ君に対して、あなたはそれを言わせず阻み、その願いは無理だと嘘をつきました」
あ……
「本来なら、彼の願いをルア様が受け入れて、彼を元居た世界に戻すべきでした。転生であれば帰ることは出来ない仕組みですが、転移は帰れる決まりです。嘘をついたあなたには、罰としてレベルをマイナス1、あなたの場合神からの降格が言い渡されるところですが、ちょうど彼が良い願いをしてくれましたので、それを持って罰に代える事にしました」
「そんな事が……」
あの時ポイントをケチったばっかりに
「あなたの行いをルア様は見ておられます。悔い改め善行を積むことで、お許しが出るかもしれません」
「それはいつまでじゃ?」
「善行を積むのに期限が必要とは、やはり神としての資格が」
「いや、今のは無しじゃ。了解じゃ」
原因は分かった。解決法も分かった。致し方ない。何とか許しを得るべく、頑張らねばならん。
「あ、ハコネちゃん、お呼びみたいよ」
「次は活躍しすぎて、地上じゃ役不足と言われて戻るからな。待っておれ!」
「はいはい、待ってますわ。次はカエルにでも溶かされて帰ってらっしゃいな」
無事に帰って来れたか。ここは…… よりによって、奴の神殿じゃな。
「お帰りなさい、姉さん。災難でしたわね」
「全くじゃ。お主、ダンジョンの管理がなっとらんぞ。なんじゃ、あのアンデッドだらけは」
「私には私の事情があるんです。それに彼らが何とかしてくれましたので、アンデッドは減りましたよ」
こいつは、オダワラ。オダワラの町とダンジョンの管理者にして、アシガラ全体の守護神も兼ねる。姉より優れた妹などおらぬ! と言いたい所じゃが、実績は認めざるを得ん。
「それで、サクラはどうなったんじゃ?」
「さっき、ここで奇跡を発動させて、眠りに就きましたよ」
「なぜここで…… まあ、これは神域を持てなんだ我のせいでもあるから、あやつを責めるのは筋違いじゃが。とは言え、礼を言うぞ。奇跡の起こし方、サクラに教えてくれたんじゃろ?」
「奇跡の起こし方は教えました。起こし方だけ、です」
なんじゃ、含みがある言い方じゃな。
「ところで、オダワラよ。我のステータスなんじゃが…… これ、何があったんじゃ?」
――――
時間は少し遡り、神殿に駆け込み、ハコネを抱くサクラ。
「女神オダワラは、ダンジョンで亡くなった方には特段の慈悲を下さいます。祈りましょう」
僕も祈る。何処かに居るはずのハコネに届くように。あるいはこの世界の他の神様に届くように。ハコネをお戻し下さい。僕に出来ることを教えてください。
「あなたの願い、私に届きました。偽物さん?」
「あなたは?」
前を見ると、ハコネによく似た女性が居る。
「私はオダワラ。この町を見守る女神です。そして、その体の持ち主、ハコネの妹です。偽物のあなたに問います。姉はどこにいますか?」
僕は正直に答える。ハコネがもとに戻るには、きっとこの女神様の力が必要だと思うから。
「あなたは姉さんの体と力を奪い、死ぬ筈のない姉さんが死んでしまう原因を作りました。分かっていますか?」
そして、口調はかなりお怒りモード。妹さんの立場から見れば、僕は姉を殺したも同然の奴。それで助けを求めるとは、図々しいにも程がある。
「分かったようですね。本来なら早々に元に戻すことを求める所ですが、どうも姉さんも楽しんでいる様子なので、今暫くの間、姉さんが本気で戻りたいと願うまでは、そのままにしておきます」
最初は嫌がってたけど、漫画とカレーは気に入ったみたいだよね。
「実は姉さんにも困った所があるのです。真面目に神としての務めを果たさず遊んでばかり。後先考えず信仰力を浪費する。ここ千年の最大の浪費が、あなたを呼んだ事。今の姉さんは売上ゼロで赤字垂れ流し、債務超過一直線で、数世紀も待たずゲームオーバーです」
放漫経営の経営者か。なんか分かる気がする。
「そこでです。あなたが姉さんの力を借りている間に、しっかりと姉さんへの信仰力を増やしなさい。姉さんが少々やらかしても赤字にならない様な、黒字体質を作り出すのです。それが、あなたを認める条件です」
放漫経営の一族社長から、雇われ社長に経営再建を託した企業の様な状態。
「ただし、あなたがかつて見た世界の様な、あくどい宗教はいけません。姉さんの名誉を汚す様な悪徳宗教は禁止です」
そう言うのは僕もご免だ。神様は吸い上げる信仰以上のものを信者にもたらしてこそ、存在価値があるんだ。
「信じるものに幸せを、姉さんに安らぎを、それをお願いします」
「分かりました。仮初の女神サクラの名に誓って、それを成し遂げましょう」
「分かって貰った所で、ちょっと一休みして、姉さんの失敗談が沢山あるのです。聞いて行きませんか? 同じ轍を踏まないことは大切ですよ」
小一時間オダワラさんの話を聞いたら、この女神様のシスコンっぷりが良く分かった。ハコネが心配過ぎて、オダワラさんの業務が疎かになり始めてるのかも知れない。何とかしないと、この町に暮らすギードさんやイーリスさんが不幸になってしまうんじゃないか。このシスコン女神と、その元で暮らす皆を安心させるためにも、ハコネ教の経営再建を頑張らねば。
オダワラさんが満足した所で、招魂の奇跡の起こし方を習って、実行した。ありがとう、オダワラさん。
でも、なぜ僕の体が消え始めるの? それは聞いてないよ?
「さて、サクラさんはターン終了ですから、姉さんの面倒はしばらく私が見なくてはいけませんね。さあ姉さん、私の元に帰ってらっしゃい」
気付いたら、部屋に戻っていた。神殿から誰が僕を運んだ? いや、ここにはハコネさえ一人では入れない。そうだ、ハコネは…… いないか。
ドアを開けて吹雪の雪原に出る。ここは最初に居た場所、仙石原か。なぜ小田原からここへ戻ったのだろう?
ハコネはちゃんと復活出来たのだろうか。あの後復活したなら、今頃は小田原の神殿でギードさん達に保護されてるだろうか。この部屋に入れなくて困ってるかな。僕の足でも歩いて二日は掛かるから、良い子で待っていてね。
吹雪で前が見えないが、戦略ビューを頼りに雪原を歩く。戦略ビューはゲームの様に地形は遠くまで見えているが、索敵範囲になってるのは箱根外輪山の内側だけ。きっとここは領内の扱いなのだろう。
その戦略ビューに、緑の点がある。これは何だろう? またスケルトンが居るのだろうか。場所はそれ程遠くない。そして、徐々に近付いて来ている。
「おーい」
吹雪の中を来るのは、男の様だ。声が聞こえる。
「ここに居るよ―」
僕に危害を及ぼすような者が居るとも思えない。だけど、危険地帯を単独で来るほどの猛者だ。警戒は切ってはいけない。
姿が見えた。青年だ。
「やっぱりここじゃったか」
その言い方、
「サクラ、久しいな。いや、お主にとっては、ついさっきかのう」
これは間違いない。
「ハコネ! 何その姿。僕、蘇生失敗して歳食っちゃったの?」
「感動の再会で、最初の一言が『歳食った』じゃと!? ちょっと部屋で話しをしようかのう」
外が吹雪でも、室内は快適。断熱とかそういうレベルじゃない。例えじゃなく本当の別世界。
「サクラ、久しぶりじゃな」
「久しぶりって、なんか歳食ってるし、どこか異世界で冒険でもしてきたの?」
「違うわ。お主が時の流れから外れておるのじゃ」
「そんなの聞いてないよ!」
ハコネの説明によると、奇跡を起こすと女神は十年間眠りに就くらしい。ただしその女神の感覚的には一瞬の出来事である。
「これは、奇跡を起こすとそのターンの行動が終了になる、という事じゃな」
「ターンって何さ? 一マス動いて攻撃とか、そういうの?」
「この世界の歴史と仕組みを、一度説明しようかのう」
この大陸ジュホンは、数千年前に創造神の一柱が故郷を模して作った。創造神が日本人か。
創造神は、故郷は狭いと思っていた。そこで世界創造の一部を任された際に、東西と南北をそれぞれ五倍に拡げた大陸を作った。天から見下ろした彼はその仕事に満足したが、地上に降りてみて驚いた。故郷の誇る名山が、惨めな姿になっていたのだ。水平に五倍にしたにも関わらず、高さは五倍にしなかったから。要するに、大陸の山々は潰れた姿だった。
そこで彼は大陸を作り直し、東西と南北、そして高さを五倍にした。美しい故郷を再現できたと喜んだ彼は、故郷の名も五倍にする事にした。十本である。
「由来、それ!?」
なんだそれ。日本じゃなくて二本で、それの五倍? だからこの大陸はジュホン?
「創造神はそれで良かったのじゃが、そこを開拓する者はとても困ったのじゃ。海沿いの平野は良いぞ。オダワラとかな。しかしここなんぞ標高3000mじゃ。草は生えるが、木は生えん。おかげで燃料に困り、家を建てるにも困る。そんな場所に、平地から移住する者はおらん。人が住まぬ地が、標高の高いあちらこちらに出来てしまったのじゃ」
ネットで地図を検索。芦ノ湖の標高は723m。この世界では3615mか。富士山の山頂みたいな標高。人が定住とか出来るのかな。
「我がこの地に人を住まわせられんのは、我のせいではなく創造神のせいじゃ。それでも我はこの地を預かったからには、オダワラに見劣りしない場所にせねばならぬ。姉より優れた妹などおらぬ事、見せつけてやるのだ!」
妹が妹なら、姉も別種のシスコンだよ。妹に対するコンプレックスをこじらせて、酷い事になってる。どうしてこんなになるまで放っておいたの!
「それで、十年経った理由ってのは?」
「この世界は、創造神達が発展を競うゲーム盤じゃ。己の推す種族が発展し、世界を制する事を目指すゲームじゃ。そのルールは、創造神が順番に世界に手を出し、全員終わったら次は十年後。手を出す機会をターンと言うらしい」
ターン制SLGか。
「創造神と民の中間に居る我ら地上の神々は、その体で行う事は民と同じく出来るが、神としての力を振るえば、次のターンまで休まねばならぬ。お主は前のターンに我を呼び戻す奇跡を行い、今日次のターンが来たわけじゃ」
奇跡は十年に一度。それって、僕が次のターン待ちの間に重大事が起こったら大変じゃない?
「ハコネはこの十年どうしてたの?」
「よう聞いてくれた! 大変じゃったぞ。家は無い、レベルは低い、カレーは食えん、漫画は無い、お主はおらん。呼び戻された時は、ここまで来ることも出来ぬひよっ子じゃったから、せっせと鍛錬をして、今に至るのじゃ」
レベル101の僕だから簡単に移動出来たけど、レベル9だった、いやダンジョンでレベルアップしてたけど、それじゃここまで来れないよね。
「ところがじゃ。女神の奇跡で天上より呼び戻されると、素晴らしい恩恵が与えられる仕組みになっておったのじゃ」
「一度死んで蘇ったと言うと、預言者として宗教を始められるとか?」
「宗教はハコネ教で間に合っておる。そうじゃない、今の我、お主の体は、勇者になったのじゃ!」
僕は女神になり、僕の体は勇者になった。そんな所まで、伝説の勇者と一緒とは。というか、このシステムを使ったから、伝説の勇者が誕生したのだろうか。
目に浮かぶ。ヒノキの棒一本持たされて、魔王討伐に向かわされる僕の姿が!