5-6 続大半島戦争 サクラの領域
ハコネと手分けして調査する。壁にぶつかったら僕は左へ、ハコネは右へ進むと決めておく。壁のどこかに入り口でもあるのではないかと思っての事。
明かりを灯しながら歩くが、見える範囲は限られる。直径10キロを越える空洞であることは間違いない。戦略ビューで何か見えるかと思ったら、黒い円の中に緑の点が2つ。僕とハコネだ。
戦略ビューは現在地近傍が見える以外、管理下にある領域の全体像が見える。小田原を歩いても僕のいる場所から数キロしか見えないが、箱根はどこにいても全体が見える。これは小田原は僕やハコネの管理下で無いけど、箱根は管理下だからだ。
戦略ビューを見ると、ハコネはかなり飛ばしていて、もう半周近く移動してる。僕は周りの物を見ながら移動してるので、ハコネの半分も進んでない。このペースなら、7割ハコネが回るかも。でもハコネ、ちゃんと確認して進んでるのかな。
壁は垂直よりかなり前屈して、屋根の様に上に続いている。もし球状なら、この地面は球の中心よりかなり高い所にあるみたいだ。
壁もしっかり見て行くけど、壁には傷一つなく、観察するべきものも無い。ハコネがさっさと進むのも分かる気がする。
そろそろハコネと出会うかなと戦略ビューを見ると、少し前から明らかに移動が遅くなった。飛ぶのをやめたみたいだけど、何か見つけたかな? あと少しで接触だから、何かあるなら一緒に調べよう。
「ハコネ、何かあった?」
服が破れてる。何かと戦った? いや、何もいないはずだけど。
「サクラ、ここはおかしい。魔素の補給が足りんのじゃ。魔素切れで墜落して、このざまじゃ。魔素切れで戦略ビューも呼び出せぬ。まるで人の姿になっていた時の様じゃ」
魔法で飛ぶのは魔素の消費がとても大きく、人族では供給が追い付かないため持続困難と分かってる。でも女神は供給量が大きいからその問題が無い、はずだった。
「ハコネ、今は?」
「今も充分回復しておらん。魔素が得られぬ場所なんてものがあるとは……」
そんな仕掛けが。注意して調べた方が良さそうだ。
ハコネが扉を召喚できる程度に回復したので、そこを通って僕の部屋へ。
「お帰りなさい」
「素材はどうした?」
僕の部屋は秦野に扉を召喚したままで、それをいきなり呼び出しては作業中のアリサとマリに悪いので、ハコネの扉を使ったわけだ。
「さっきの魔素不足、治った?」
「ここは問題ない様じゃ。何だったんじゃろうな」
「何があったの?」
アリサ達に説明する。魔法を反射したりする金属と、その先の空洞、そして魔素が供給されない現象。
「それは私達の魔素供給について、新しい発見があるかも知れません。ぜひ見に行きたいです」
「これは良い素材だ。頑丈さと、魔法の反射。ピッタリじゃないか」
「実験、実験!」
マリだけでなく、アリサも盛り上がってる。魔法を放ったり、つるはしで叩いたり。暫くそんな事をしてから、4人でこれまでに分かった情報をまとめる。
「特徴その1、魔法を反射する」
この素材は、魔法を反射する。反射に関する法則は、鏡や水面と同じみたいだ。
「特徴その2、魔素供給を遮断する」
切り出した素材を持ち帰って調べたら、その金属で体と月の間を遮断すると、魔素の供給を受けられなかった。元々神話レベルで、魔素は月から供給されるとされていたのが、証明されたことになる。女神であるハコネも知らなかった情報だ。そしてこの素材、単層で魔素を70%を反射、25%を透過、5%を吸収と分かった。これを2層にすると、12%が透過した。25%×25%で6%にならないのは、2層目で反射された魔素が1層目の裏面で再反射されて2層目を透過する1往復追加分、そして何往復も追加した分も合わさるからだ。
単層の実測透過率から計算した2層の予測透過率と2層の実測透過率が一致することが分かったので、計算式が作れた。それを使って22層を通り抜ける割合を計算すると、推定1兆分の1にも満たない透過率となる。事実上、完全に遮断と言っていい。わずかながらハコネの魔素が回復したのは、僕らが入るためにあけた穴から漏れたかもしれない。
2つの特徴があるため、全身をこの素材で覆ってしまうと、中の人は魔法から守られるが魔法を使えなくなる。そもそも密閉したら人間は窒息するけど。
「特徴その3、自動修復は、確認できない」
ハコネが以前壊したのに翌日元に戻ってたというけど、試しに一部切り出しても、すぐには修復はされない。何日も観察しないといけないのかも。だからこれは未確認とした。
「何にせよ、恐るべき遺物であることは間違いない。何から出来ているのか、どうやれば作れるのかは到底分からないが、どう使うのかは幾つも思い付くぞ」
マリの魔法エンジニア魂に火を点けたみたいだけど、とりあえずそれは置いといて、
「ところで、この素材の名前だが、何と呼ぶ? 私はヘイヤスタを提案する。古エルフ語で反射するという意味だ」
「良い名じゃな。サクラも良いな?」
異論はない。ここでアダマンタイトとか言うのは恥ずかしいし。
「切り出したヘイヤスタを、扉に加工しよう。我々だけでは困難なので、サクラとハコネの協力も必要だ」
「もちろん協力するよ。僕らが使うんだし」
作業終了後の夜、今夜は僕の部屋の方に居る。ハコネの部屋では魔素の補充がほとんど無いのだとか。扉がある位置があの中だと、ハコネの部屋も魔素が供給されないのかもしれない。
「飛竜たちが集まるのは、満月の夜と新月の昼だったんじゃが、あれも関係あるのかも知れぬな」
「食われたのは満月の夜だっけ?」
ヘイヤスタによる魔素の遮断と反射を考えると、満月の昼や新月の夜はあの球の上では魔素が不足するし、逆に満月の夜や新月の昼は球からの反射分も受け取れる。飛竜はそれを知ってあそこに集まるのだろう。食われたあの時は、こんな事には気が付かなかったけど。食われた話なんて思い出したくないかも。
「ところで、ハコネは、箱根にある遺物の維持と復旧を出来るんだよね?」
「そうじゃ。先立つ物がないので止めておるが」
作業終了後の夜、ハコネと僕らの疑問点を整理する。
「あの空洞、あれも復旧出来る?」
「いや、出来ぬな。見ることは出来るのじゃが、維持に関して設定できぬ。我は管理者ではないからじゃ。いや、見ることが出来るという事は、サクラ、お主の管理領域になっておらぬか?」
僕の領域?
「どうやれば分かるの?」
「戦略ビューであの場所が黒い円に見えるじゃろう」
昼間に見たのと同じ、黒い円。
「遺物は維持をしておれば白く、維持費を断てば黒く表示されるのじゃが、その黒い円に意識を向けてじゃな」
黒い円に意識を向けたら、右隣に設定スライダーが現れた。そのつまみを上げて行くと、黒い円は白い円になった。
「ふむ、出来た様じゃな。やはりサクラの領域になっておるのか。とりあえず、一旦戻すのじゃ。我らが明けた穴の修復に、金が使われてしまう」
おっと、危ない。折角入り口を作ったのに、修復して塞がれてしまう所だった。
「でも不思議なのは、ハコネが以前行った時は修復されてたんだよね?」
「そうじゃな。あの時は誰が管理しておったのか。そして今、なぜサクラが管理者なのか」
都市間にある拠点は、占領によりどの都市に帰属するか変わる事がある。それはこの前見た通りだけど、都市と女神の関係は1対1で永続する物。三島が魔族に占領されても、ミシマさんがあそこの管理者だった事は変わらなかった。
それなのにここでは、変わらないはずの管理者が僕になった。前の管理者はどこに行ったのだろう?
8/17に次話を掲載します。




