5-4 続大半島戦争 情けは人の為ならず
「ありがとうございました。隊長」
山側の道、浜辺の道、どちらの罠も騎士の作法を守らぬ卑怯な物だったが、幸いにも一兵も損ずることは無かった。奇襲を受けた時は冷や汗ものだったが、無事に戻って野営を設営、私を含め魔法が使えるものが負傷者の治療に当たっている。
敵の罠も大したことが無く、落馬での捻挫や矢傷が主だったおかげで、私の回復魔法でも十分に効果があった。
「戻りました」
雨がテントを打つ音で聞き取りづらい。夕方の戦いの後降り始めた雨は、勢いを増している。
「雨音で聞き取りづらい。近くへ。それでどうであった?」
「敵の野営は小規模で、恐らく20人以下」
「そうか」
ちらりと、横であの方が頷いているのを確認する。
あの罠をその人数で仕掛けたと言うのは理解しがたいが、思い出してみれば村人でも出来そうな物。罠を仕掛けた者は村に戻ったという事か。
「ご苦労だった」
戦いの後で降り出した雨はまだ止まない。あの沼が一層厄介なものになってしまうが、沼を越える策はある。
「卑怯な手も使って来る奴らだ。奇襲を想定し、見張は怠らない様に」
「はい!」
むしろこの野営を襲撃するのなら、受けて立つ。沼や浜で戦うよりは、足場が良い分、我らが有利だ。
この野営は沼から谷を越えた足場の良い土地にある。向かって正面が谷、右手が山、左手は崖があり崖下に浜。奇襲があるとすれば山からだろう。見張もそちらには厚くしてある。
「女神様もお疲れさまでした」
「この位しか出来ないけどね。明日は頑張って頂戴。明日も私はオダワラとハコネを見張るわ」
戦場の傷を女神様の回復魔法で癒すのはこの場合認められないため、回復魔法は私が使った。偵察も、敵軍陣地に行って居た女神様から聞くのは反則なため、あくまでも自軍から偵察を出した。頷くぐらいは許容範囲だろう。
「逃げろ!」
「奇襲!? 騎士たるもの、逃げろとは何事だ!」
急いでテントを飛び出た瞬間、テントは濁流に押しつぶされた。
―――
「酷いもんだね。貯水池、大雨で崩れちゃったか」
「また治せばよいじゃろう。こんな事もある」
奇襲? いや、これは本当に違う。
水田のために貯水池が必要で、谷の上流に堤防を作って水を貯めてたんだけど、大雨で堤防が決壊。でも運が良い事に、堤防が崩れた場所は東側で水田に濁流は流れ込まなかった。
そして、決壊した濁流は谷の向こうにあったヒラツカ軍の野営を押し流し、多くの兵が崖から転落。野営は跡形もなくなってる。
浜に降りると、崖から転落したのだろう意識を失った重装騎士。腕が鎧もろとも変な方向を向いているので、まず鎧を魔法で修復し、続いて中身に回復魔法を掛ける。
「サクラ、敵軍を治療するのか?」
「これは災害。災害の時は敵味方無し。こっちもリカバリー!」
3人助けた所で、海中から何かがやって来る。
「やってくれたわね。テントの中に居たから、あやうくテントで簀巻きになって海に沈むところだったわ。私もまとめてとは、良い度胸じゃない!」
ヒラツカさんだった。海まで運ばれ泳いで帰っていたのか、ずぶ濡れだ。
「これは天災じゃ。雨も我らが降らせたものでは無い。濁流も溜池の堤防が大雨で決壊しただけじゃ。もちろん、誰かが堤防を壊したとかでも無いぞ」
「これは戦いでなく天災です。一緒に助けましょう。今なら助かる人も居ますよ!」
僕も泥だらけになりながら歩き回り、崖下に転落した人を見付けてはハコネかヒラツカさんを呼ぶ。回復魔法は2人に任せた。
僕は服装は女神っぽいのじゃなくて冒険者っぽいのだったから、汚れる仕事担当。
「敵軍だから放っておけばいいのに」
オダワラさんが手伝ってくれたら、戦略ビューで流された人が居てもすぐ分かったはずだけど、オダワラさんは敵軍に情けは不要と切り捨てた。
「情けは人のためならず、です」
「情けが仇とも言うわよ」
情けは人のためならず、回りまわって我が身のためになるよ、という諺。情けを掛けるべきじゃないという意味に誤解されることも多い。
翌朝。雨は上がり良い天気。そんな中を、白旗を持った人がやって来た。白旗は降伏だけじゃなく、停戦交渉に来る時も使われる。
「コマ準男爵の逝去により、臨時の隊長となったタカムラだ」
「エルンスト・フォン・ハコネだ。コマ準男爵のご逝去に対して、お悔やみ申す」
隊長が亡くなったのか。立派な鎧を着ていたばっかりに、濁流に呑まれたら身動きが取れなかったんだろう。冥福を。
「亡くなった方々を女神様に運んで頂く。今日から3日間の停戦としたい」
「ぜひそうすると良い。これはあくまでも天災。天災の前に、敵も味方も無い」
「それでは失礼する」
以前僕の部屋に供養するアンデッドを集めて運んだことがあったけど、ヒラツカさんがやる事も同じだった。遺体を運ぶのを僕も手伝って分かった。途中まで数えてたけど、40人以上。
真夏だから、そのままにして置いたら遺体が大変な事になってしまうので、全ての遺体を収容するとヒラツカさんは大急ぎで平塚に向かった。
200人程で来て40人も失うのは、潰走とも言えるが、それでも秩序を保つのはさすが騎士だ。
「馬はほぼ全て流された様じゃな。替えの馬が来るまで、奴らも戦いたくないんじゃろう」
「大雨でこちらの援軍も少し遅れるかもしれないわね。4日あれば、さすがに揃うでしょうけど」
「面白い! その戦い、私の力を得た者が勝者となるだろう!」
前線が停戦中なので、秦野に来てアリサとマリに顛末を話す。もちろん、秦野に来たのは世間話をするためではない。
「女神による介入と疑われるわね。人の戦いでなくなったと言われる可能性があるわ」
こんな事をオダワラさんに言われたからだ。農作業だとか言い訳をしたところで、人の戦いを越えたとエドさんが言えば、双方の女神達が参戦することになる。そうなったら勝てるのか? いや、勝つように準備をしないといけない。そこで、秦野に来たのだ。
「魔法増幅魔道具、あれを僕ら用のを作れないかな?」
「女神ヨコハマがそれに類するものを使って列車を動かしたのだから、出来なくは無いだろう。だが、ハイエーテルを引き受けるだけの容量を持たせたら、マルレーネが使ったような大きさにはならない」
大きな容器、簡単には破損しない頑丈さ、運ぶのに不便しない形状。同時に満たしにくい難題に、アリサとマリの2大頭脳が考えても、すぐ結論は出なかった。
「サクラもこれだと思った形の模型を試作して欲しいのだが」
「模型の試作? どうやって?」
マリの提案は、無理難題。僕の図画工作センスは、画伯と言われたくらいのレベル。ダメな意味で。
「手作業でなくていいよ。その為の魔法を私が教えるから」
アリサ先生、図工音痴にも出来る魔法をお願いします。
教わった魔法は、使い物にならなかった。僕がやるとファイアボールと状況は同じで、魔法の結果が全て明後日の方向に生じた。
「魔法による造形がここまで狂うなんて」
アリサ先生、匙を投げないで!
決して僕が画伯だからじゃない。魔法が全部ずれる病のためだよ!
「魔道具には座標修正機能も付けておくか」
「そんな事出来るの!?」
そうか、最初からこの魔法ずれ病を補正する魔道具を作って貰っとけば良かったんだ。
「簡易版ならすぐ作れる。待っててくれ」
そしてマリが持ってきたのは、メガネ型の何かだった。
「魔法が当たるようになるメガネ?」
「この眼鏡の上側は、サクラの魔法がずれる角度分屈折させてある。魔法の狙いを定める際は、上目遣いで」
「たったそれだけ!?」
魔道具でさえ無かった。老眼鏡もどきだ。




