5-3 続大半島戦争 自称村作り準備vs騎士
「騎兵は全部重装騎兵なんですか?」
「いや、良い鎧は正騎士のみが身に着ける。騎士に付き従う者は、普通は軽装の歩兵、あるいは騎乗した従者だな。今回の敵の速さを見るに、従者も騎乗した者を連れて来たのだろう。騎士1人につき、従者は10名程度が普通だが、騎乗できる従者のみであれば多くは無いだろう」
速攻重視で歩兵を除いた、重装騎士と軽装騎兵の混成軍。それを防ぐための方法が必要だけど、僕とハコネは戦えない縛り。これを何とかしなくてはいけない。
「皆さんは普段は何をされてますか?」
「俺は漁師だ。沖は危ないんで、浜に近い所で網入れてるんさ」
「おいらは畑仕事だ。麦畑だな。あとコメも作ってみようってんで、今年は少しだけやってる」
狩りだされた村人に何かできる人が居ないか聞いて回る。猟師でもいれば、弓が使えるから戦力になるかと考えたのだけど、居ない様だ。
「敵が来るんじゃろ? おいらたちは戦えないんで、帰らしてもらえるんかのう?」
「そうなると思いますよ。でも敵が来る前に、いくつかお願いしたい事が……」
「明日には敵が来ると言うのに、あんたらは何を始めるんだ?」
土塁構築を監督する兵士の長、ギルさんに問われる。そりゃ、疑問に思うよね。
「僕らは訳あって戦いには出れないので、戦い以外で皆さんのお役に立つことをしたいと思って」
「それと、後ろの連中の荷物、どう関係するんだ?」
「漁師さんの古い網は、敵襲前にちょっと地引網漁をしようと思いまして」
ギルさんはぽかんとするが、エルンストがお願いしたら許可して貰えた。
「あと、谷を望む台地に、これを作りたいのですが」
「作法に従い、見届けに来た。守護女神のヒラツカだ」
「オダワラよ。お久しぶりね。こういう形で会うのは、何百年ぶりかしら」
翌日午後、敵方先鋒が来る前に女神のヒラツカさんがやって来た。人間の戦いが始まる前から、お互いに手出ししていないことを示すために両軍の女神は同席して戦いを見守る。これが人族同士の戦争における作法だそうだ。
ちなみに、今日の僕はマルレーネと揃いの冒険者風な装備に、デコイで中堅冒険者くらいに偽装。こそっと混じって戦おうとか、そう言うのは……多分無い。
「そちらはハコネか。最近は飛べるようになったと言う話だが、大人しくここで見ていろ」
「なんじゃ、そんな話がもう伝わっておるのか」
「うちの上空を飛んだ事もあるだろう。あの時は何が来たのかと思ったぞ」
横浜との移動では人里は避けたけど彼女の領域を通ったからね。確認されていても仕方が無い。
「これは水田か。魔族の食べ物が入って来てるとは聞いたが、作物まで持ち込んだのか」
「収穫は当分先じゃが、カレーライスは最高じゃぞ。そのうち食わせてやろう」
「魔族の食い物のために奴らと手を組んだと噂されているが、冗談じゃなかったのか。まったく、そんな事で事をややこしくしやがって」
ーーーーーー
「止まれ!」
ヒラツカ鉄騎兵の隊長、コマ準男爵の指示で全軍が停止する。
「ここからは、本当の戦いが始まるだろう。奴らを出し抜く程の速度で来たので敵兵は揃っていないだろうが、とは言え何か罠を仕掛るくらいはあろう。注意して進むように」
3日間の行軍、各拠点で特に抵抗も受けず占領する事が出来た。拠点にはアシガラから派遣された兵士が数人ずつ居たが抵抗は無く、無益な時間と命の浪費は避けられた。この行軍は奇襲でいくつの拠点と要衝を抜けるかが鍵であるため、騎士と馬を持つ従者のみで駆け抜けて来た。
最後の拠点ニノミヤからここまでは、海沿いの台地。台地は所々で谷が刻まれ、アシガラへの街道はそれを降りて川を渡って登ってを繰り返す。それぞれが本来なら守りに適する要衝だろうが、我らの早さに対応できていないのだろう。ここまでは見事に、侯爵閣下の思惑通りだ。
この途中の村人の話では、あと谷を2つ越えたらアシガラの平野だ。隊長の見立てでは、迎え撃つならそのどちらかだそうだが、目の前の谷もこれまで見た谷と同じく、堀も拒馬も無い。
「行くぞ!」
騎士たる我らは馬上槍を手に輝かしい鎧を身に纏い、馬にも帷子を備えている。数百の槍兵でも並べねば、我らを阻むことは出来ない。
谷を越えて坂を上り切ると、台地の上は水面が広がっている。
「水? こんな上に池か?」
濁った水。深さが分からず、槍の柄で深さを確認しながら進む。従者が確認した場所を後続が続いて進むが、どうしても歩みは遅くなる。
「聞いたことがあります。アシガラで魔族の作物を育てるために、浅い沼を方々に作っていると。沼で育つ穀物だそうです」
それがこれなのか。特に穀物が育てられている様子は無いが、まだ開墾中で植える前なのだろうか。
「あっ!」
足を取られ躓いた騎士が沼に落ちる。まずい。
ゴボゴボゴボ……
馬から沼に落ち、重みで起き上がれず溺れる。こんなに浅い場所でも、重い鎧を着た騎士には命取りになる事がある。
「大丈夫ですか! うぐっ」
軽装の従者がすぐさま馬を降りて彼を助けに向かうが、そこに矢が射かけられる。軽装の皮鎧は、矢を通してしまう。
沼と化している台地を避け、谷から浜に降りた。浜は大きな礫が転がり馬の脚には大変歩きづらいが、あの沼よりはマシだろう。
隊長も引き際に沼にはまり、自慢の赤髭が残念な事になっている。
「砂であれば歩きやすいのですが、これはつらい」
「だがここでは転倒しても溺れる事は無い。この方が安心して進めるだろう」
右手には崖があり、その上が四苦八苦した沼だ。あの後何人かが溺れ、脱落した騎士が7名。その騎士を助ける際に犠牲となった従者13名を含め、20名が列を離れた。溺れている数歩先の仲間を助けに向かえず、見殺しにするしかなかったというのは、こんなに悔しい事は無い。
救い出されたものの意識が戻らない者もあり、助かるか心配ではある。
「この先、網が干してあります」
先頭を行く従者が私の隣にいる隊長に報告する。
進むと、人の頭ほどの礫が転がる浜に、何枚も大きな網が干されている。ここは漁師たちの干場か。網は崖から波打ち際まで隙間なく並び行く手を阻む。無理に進めば、網に馬の脚を取られることになりそうだ。
「網をどけるぞ。従士たち、前へ!」
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田に落ちた騎兵を散々痛めつけた後、再び身を潜めて、機会を窺う。敵は田を諦めて浜に降りる筈だと言う男爵従士の金髪少女。彼女が言う通りの展開になっている。
予想通り、浜に来た敵兵は、網を退ける作業を始めた。重い鎧を着た騎士は馬を降りると厄介な為だろうか、軽装の騎兵が馬から下りて作業を始める。金髪少女は漁の手伝いだと言っていたが、実はこの様に重装の騎士より前に軽装の騎兵をおびき出す作戦だったのではないか。
「撃て!」
田の端、浜を見下ろせる場所から、矢を射かける。もちろん標的は、軽装の騎兵だ。
我々が矢を射かけるのに混ざり、男爵軍の剣士が丸太を次々と転がす。坂を転がり、騎士の方へ。
転がってきた丸太を避けよと馬が暴れ……
ーーーーーー
「敵軍は引き上げました」
矢を射かけていた兵士が報告に来た。少し暗くなってきたので、足場の悪いどちらの道も今夜は突破されないだろう。
「騎兵に矢を射かけるなら動きを止める事。普通なら槍を並べて動けぬ様にするところだが、泥も網も槍兵の代わりになったわけか」
「いや~、うまい飯のための準備が、こんな事で役に立つとは思いもしなかったのじゃ」
「丸太落としは中々の効果でした。馬が怯えて暴れたもので、何人もの騎士が落馬しておりました」
「食べ物があれば、住む所。家をたてるための材木にするつもりだったんだけど、また運ばないとね」
「あんたたち、わざとでしょ!」
ヒラツカさん、それは言い掛かりですよ?
1-1と1-6、2-12を更新しました。
話の流れが変わるようなものではありませんが、女神業界界隈の色々をその後の都合に合わせて少しだけ変えました。