5-2 続大半島戦争 11人
オダワラさんの神殿で作戦会議が行われ、首脳陣を送り返したのが昨日。そもそも移動手段が馬車までのこの世界で、どこでもドア状態の僕らが関わる事が反則級のではあるけど、戦闘には関わらない方が良いと言う話だったので、手伝えるのはこの位まで。
多数の兵士を運ぶ事も出来なくは無いけれど、その位目立つことをすると女神による介入という話になってくる。
今いる場所は、川沿いの石垣。小田原から平塚に向かって最初の拠点であり、東から攻め込まれた場合の最終防衛線。日本での位置としては、西湘バイパスの国府津インター付近で、親木橋と言う場所になる。北から南へ流れる川の西岸に、石垣が組まれている。石垣はそのまま海岸まで続く。長さ3キロにもなる、大きな施設だ。
「ここは今回の様な戦いに備えてじゃなく、東から魔物の群れが来ても西側の平野に拡散させないために作られたの。ギルドへ依頼が出て冒険者がここに集められることがあるわ」
「山から下りて来る狼だとかにはあまり意味が無いですがね。大型の獣が現れた場合には役立ちます」
マルレーネやエルンストは若いながら冒険者としても経験を積んできたので、その様な機会があったみたいだ。
「ここで川を渡って来る敵を迎え撃つのか。だが前線が長いと、守りが薄い場所が出来てしまう」
「魔物と戦う場合は、中央に誘導する役が居るわ。だから防塁全体で守る必要は無い。人が居ない場所から回り込むような賢い魔物とはやり合ったことが無いから、あまり参考にはならないかもね」
僕が見た事がある魔物も、人間を見つけたら襲い掛かって来るようなやつで、奇襲的な方法をやられたのはただ一度、最初にハコネがやられた時だけだ。
「もっと狭くて守りやすい場所は?」
「東へしばらく行ったところは、山がもっと海に近づいて狭くなるから、そこへ行ってみよう」
川を渡って1時間ほど進むと、多数の兵士が即席の土塁を作る準備を始めてる所にたどり着いた。
「やはりここで迎え撃つつもりみたいだな」
「何者だ?」
「ハコネ男爵とその家臣ハンスにマルレーネ、仲間のハコネとサクラです」
彼らはアシガラ辺境伯軍の工兵部隊。ここで迎え撃つ準備をしているそうだ。場所的には、日本では国府津駅がある付近。
「オダワラ様の支配範囲は、東へ3つ目の宿場があるホンゴーまで。つまり、そこへ敵軍が侵入すれば、オダワラ様が閣下に知らせて下さる。城からここまでと距離は同じくらいだが、我が軍は急ぎの行軍に慣れているから、先に着くだろうな」
急ぎの行軍は、栢山の城から熱海まで援軍に行くなど、魔族との戦いで鍛えられてきたそうだ。そういえば、道が良いのもそのおかげだと、始めて熱海に行く道中でギードさんが言ってたっけ。
工兵部隊の邪魔をしない様に、見て回る。土塁の東は窪んで谷になっている。谷底と土塁がある場所は200mくらいの急斜面で、落差が50mくらいはある。これを駆け上って攻めて来るのは大変だろう。そのまま海まで行くと、浜は東西で落差は無く、土塁があるだけ。僕が攻め寄せる側なら、この浜を進んで来るだろうね。大きな石がごろごろしていて足元が悪いけど。
「浜の幅は100mか。ここなら敵が多くても守るのは容易そうじゃな」
「何日先か分からないけど、ここで戦いが起きるのか」
「売られた喧嘩は買うしか無いのじゃ」
最初に前線に立つのはアシガラ軍。ハコネ男爵軍は軍と言うほど人数が居ない、というか、このパーティーから僕とハコネを除いたのが出兵する全兵力。つまり3人。マリーは箱根で留守番だ。
人数的は少ないけど、ハンスとマルレーネは貴重な戦力だし、一応は戦争の原因でもあるので表に出て活躍を見せないといけない。巻き込まれた3領の士気に関わる。
「こんなものかしらね」
「これで一応格好はつく。夜はどこかに消えるでは、格好がつかないからな」
ハコネ男爵軍の野営を設置する。野営と言っても、ハコネの魔法で石壁を作って小屋にした。設計はマルレーネ。存在をアピールするのが目的で来ているので、夜は箱根に戻って寝ていると言う訳にも行かない。
「寝床と机くらいは置かないとな」
「これでどうじゃ」
入口の部屋に机と椅子、そこから右手の部屋はエルンスト用でベッドが1つ。左手の部屋にはベッドと言うより寝床という言葉が合うのが4人分。これで5人が居るという形にしてある。
戦いに参加して良い男爵軍としては、僕とハコネが除かれて3人になるけど。
「エルンストは大将だから夜勤は無し。私とサクラ、ハンスとハコネが交代で番をするって事で」
「番は要らぬのではないか? 敵が居れば、オダワラが何か言って来るじゃろう」
ここはオダワラさんの支配領域なので、彼女の戦略ビューで敵対勢力が居るかは一目瞭然。
「でも、オダワラさんには敵対しないけど、僕らにだけ敵意を持つ誰かが来た場合は、どうなるのかな?」
「味方のはずの相手が急に敵になる。エルンストを差し出せば戦いが避けられると考える誰かが、とかね」
「姉さんはここかしら?」
ぬるっと現れるオダワラさん。
「なんじゃ、お主、もう来たのか?」
「先鋒が少し前に私の領内に入って来た。思ったより動きが早かったわ。アシガラ軍も動き出すから、ここで待つことにしたわ」
宣戦布告からまだ3日。平塚から国境までの距離からすると、宣戦布告当日には出発したのではというくらいに動きが早い。連絡は女神の外交を介して即座に出来るとしても、動員準備はそれなりに時間が掛かるはず。
「宣戦布告の時点で、動員済みという事か」
「準備が整ったから宣戦布告でしょうね」
「間に合うのか?」
まだ工兵部隊しか居ない。それで戦うと言うのは、地の利があるとは言え分が悪い。
「先鋒が拠点を押さえると東の支配が切れて、本隊がどれ程で来るか見えないわ。先鋒の数は200よ」
この世界では、支配領域では女神が戦略ビューでそこに居る者を確認できる。支配領域は、拠点を中心としたエリア単位。
ヒラツカ軍は、先鋒として200人を送り込んで来て、大磯西部の本郷を押さえた。ヒラツカ軍先鋒が本郷を押さえるまで、本郷エリアはオダワラさんの支配領域だから、そこに来たヒラツカ軍の数は丸見えになった。
しかし、本郷をヒラツカ軍先鋒に押さえられた今、オダワラさんは本郷に居る彼らの情報を得られない。だから本隊の数は分からない。情報を与えないために、最小限の先鋒を送り込み拠点を制圧と言うのが、女神が関わるこの世界の一般的な戦法だそうだ。
「ホンゴーからニノミヤまで、13キロ。先鋒は騎兵でしょうから、夕方にはニノミヤの情報も途絶える事になるわね。明日夕方には、先鋒がここまで来るかしら」
「アシガラ様の本隊は?」
「先鋒の150騎が、早くて明後日午後ね」
一同、沈黙。
「200ごとき、我が一撃すれば」
「それは、ダメよ」
それをやると厄介な事になると言うのは、今回の戦争の大前提。本当にどうしようもない事態になるまでは、やってはいけない。
「敵の騎兵って、どんなの?」
「それは俺が説明しよう」
エルンストは教育を受けているため、軍事の事も幾らか分かる。この世界で騎兵は騎士階級。頑丈な鎧で固めた重装騎兵。そんな騎兵が突撃してくるのを、歩兵が阻止するにはどうするか? 魔法があるから魔法を連発、そんな長篠の戦を魔法で出来るほど、魔法使いはありふれていない。重装騎兵の鎧を打ち抜けるのは、マルレーネくらいのレベルが必要で、国に30人いるかどうかだし、そんな貴重な人材を前線に投入しない。だから、普通は槍兵を並べる。
「工兵に槍で戦ってもらう?」
「工兵? なんだそれは? もしかして、土塁を作っている彼らの事か? 彼らを戦いに駆り出すのは無理だぞ。指揮者数人を除いて、兵士じゃない。村々から駆り出された村人だ」
「兵士は8人ね」
つまり、ここにいる戦力は、8人の兵士と村人たち。そしてハコネ男爵軍が3人。
戦えるのは11人。敵は200人。さて、どうしよう?




