5-1 続大半島戦争 同盟の結成
「姉さん、ちょっと良いかしら?」
僕もハコネ同様戦略ビューで外交について表示されるのを確認していると、久しぶりに聞く声。オダワラさんだ。
「私、何も聞いていないのだけど」
「うむ、何も言っとらんからな」
基本的にハコネはオダワラさんの扱いが雑。愛情はオダワラさんからハコネへの一方通行らしい。
「では僕が経緯を説明しますね」
「つまり、食べ物のためにこんな事に?」
「いや、カレーのためじゃないぞ。人族も魔族も力を携えてじゃな……」
カレーのためだけじゃない、が正しい。カレーのためも含んでる筈だ。
「サクラさん、誰と話をしているので?」
「アシガラの守護女神オダワラさんです」
「では、オダワラ様にお伝えいただけないか。アシガラ公への伝言を」
領主間の外交は急ぎの場合は女神がリレーする。電話が無い世界だから、これが一番早い。
それから、アタミさん、ミシマさんにも連絡を取った。両女神から聞いた、アタミ伯とミシマ侯が考えるエド王の真の狙いは、小さな男爵領の話ではなく、半島全体の支配。
アタミとミシマの両家を血縁で結ぶエルンストへの宣戦布告は、両家に対する宣戦布告と同じ。まとめて潰してしまおうという狙いだろうと。そう言えば、戦略SLGでも良くやるよね。同盟国まとめて釣る様な宣戦布告。
「ハコネさん、サクラさん、関係者をどこかに集められませんか?」
「任せておくのじゃ。っと、我の扉は今はここじゃ。サクラの扉がアタミのままじゃろうから、サクラが行くのが良い」
「じゃあ、ちょっと行って来る」
ハコネが出した扉をくぐり、僕の部屋を経由して熱海に到着。
前回は3月の結婚式だったから、4か月ぶりの熱海。魔族も出入り可能になったはずだけど、まだ戦争の記憶が新しいだけに姿を見せていない様だ。
「サクラさん、お久しぶりです。色々お話ししたい事はありますが、歩きながらにしましょう。こちらへ」
僕が着くとすぐにアタミさんが現れた。屋敷の廊下を歩きながら情報交換。
「伯爵には王からの布告を説明済みです。もう関係者の招集が掛かっています」
「そうなると、伯爵を連れ出すのはまずい?」
「今すぐは良くないですが、伯爵にお話はしておいて、都合が付いたらという約束はしておくのが良いでしょう」
執務室は、出入りする人が引っ切り無しな状況だった。
「サクラ様、話は聞いておりますが、今日の所はご勘弁願いたい。明後日、5名で打ち合わせに伺いたいが、運んでいただけますか?」
伯爵、エルンストのお兄さんのアドルフさん、他3人だそうだ。
それから三島に飛び、同様にバタバタしている中を同じく明後日迎えに来ることになった。
「姉さん、辺境伯も姉さんに味方する事になったわ」
「我にではなく、エルンストにじゃ」
僕が行くまでも無く、オダワラさんが話を付けてしまった。そうなる様な気はしてたよ。
「それから、姉さんはハダノとも縁があるだろうけど、あそこは巻き込まない方が良いわ。通過を認めず中立にさせる方が、敵方の進路を限定させられるわ」
縁ってのは、僕の体にハコネが居た際の色々の事だろう。アリサとマリに最近会ってないけど、元気かな。こんな事態になって、どんな反応を示すだろう。彼女たちの居た日本は、僕の日本の様に平和では無かったみたいだから、戦争ってものに違う思いがあるかも知れない。
「万全の作戦を立ててあるから、任せて頂戴。それでももしもの際は、フジの飛龍を呼び出しても良いわよ」
そんな事をしたら、江戸が焼け野原になりそうなんですが。
会合当日。僕は熱海から伯爵一行、三島から侯爵一行を運ぶ。行先は、小田原の神殿。段取りはオダワラさんが付けてしまった。
「やっぱり、こうなるよね」
それぞれ当主、軍務、政務、外交の首班に、女神で5人だった。そう、両方共、女神様もお待ちかねだった。
会合は、アシガラ辺境伯も味方してくれることの表明、4者で同盟を結び事に当たる事、大まかな戦略について話し合った。
「エドから直々には来ないだろう。まずはヒラツカとチガサキあたりが攻め寄せるか。両者合わせると、同盟の全兵力で良い勝負だ」
戦いに赴くのは、領主が抱える常備軍と臨時の傭兵。傭兵ってのは、ギルドで冒険者から募るのも含まれ、またそこには人族以外も含まれる。期待戦力は、アシガラ辺境伯が2000、アタミ伯爵が800、ミシマ侯爵が1200だ。出せる大部分を動員するそうで、それが可能になったのは魔族との和約が守られると信頼しての事。特に今回は魔族も江戸を目指して進行中だろうから、敵の敵は味方ってやつだ。
ハコネ男爵の兵力? 16かな。
敵側は、ヒラツカ伯爵とチガサキ伯爵は兵力2000以上。その先にさらに兵力が多いフジサワ侯爵とトツカ伯爵、北にもいくつも諸侯が居り、それらは全て敵に回るようだ。それらがすべて来ると、2万以上。桶狭間の戦いの様な兵力差だ。もちろん、こちらが織田家。
「だが、ヒラツカとチガサキは同時には来ない。手を携えるなどできない奴らだからな」
「隣同士ってのはそんなもんだ」
「チガサキを待たずにヒラツカだけで動き出すだろう。これは数日中に動きがあろうから、両家からの軍は間に合わなぬだろうが、ヒラツカのみであれば当家で何とでもなる。普段の鍛え方が違うからな」
東に諸侯の軍は、ここにいる4領の軍より弱いと言うのが共通理解な様だ。魔族と戦ってきた最前線のアタミとミシマ、ダンジョンで魔物と戦う事を訓練に取り入れているアシガラ。同数で負ける事は無いのだとか。それに防衛戦であれば、地の利もある。
「この地図をご覧いただきたい。隊列を組んで敵方が進める道は、この海沿いだけと考えて良い。我が領内のコウヅ、そこからヒラツカが押さえるオオイソまでは、その様になっておる」
「今後敵方が増えようとも、前面は狭い訳か」
「この辺りが迎え撃つに良さそうではありませんか?」
アドルフさんが指し示すのは、国府津駅付近。確かにその辺は山が海に迫っていて、とても狭い。しかしそこを突破されたら、広い足柄平野に入ってしまう。戦闘前面幅の制限を受けない平野での戦いは避けたい所だろう。
ここまでのやり取りを、僕やハコネを含め女神5人は静かに聞いている。口を出してはいけないと言う事は無いそうだけど、なるべくは人の力でという事らしい。頼られ過ぎないように。
「情報提供や輸送の手伝い程度なら良いでしょう。前線に出てとなると、まずいわ」
前にも聞いた話だけど、僕らが戦場に出る事になると、女神の相手は女神がという事になる。
「分かってると思うけど、私はここにいる中で一番力がある。だけどね、その地からの素は、信仰であり、人口。ヒラツカやチガサキまでは私と同じくらい。フジサワになると、私でも手に負えないわ」
この世界の人口密度は、食べ物が手に入る場所は高く、平地が少ないと疎ら。横浜なんかは案外平地が少ないけど、それでも僕が見た中で最も人が多かった。その人口が力なら、エドさんとやらはどれ程の力を持っているのだろう。
この世界の江戸はまだ漁港です、なんて事は無いのだろうな。
「ところで、この同盟に名前を付けようと思うのだが、何か良い案があるだろうか?」
そんなアシガラ卿の言葉から、皆が色々な案を出す。アシガラ・ミシマ・アタミ・ハコネ領邦間連合体なんて長い名前の案から、エド王国に対抗して連合王国を名乗ろうかなんてのも。
「発端は、魔族とも和約を結び、新しい繁栄を目指すことでした。同じ誓約を持つ我らという事で、誓約者同盟というのはどうでしょう?」




