4-13 大半島戦争 開拓
「ここは最高じゃないか! 屋敷はここに持ってくるべきだったか」
箱根にエルンスト夫妻をご案内。ハコネ男爵(予定)というのは形だけかと思ったら、ちゃんとユンカーの様に土地に根差した領主となるつもりみたいだ。食べ物の自給自足さえままならない領地だけど、本気で開発してくれるならうれしい。
今いるのは、僕らが最初に建てた宿屋、ハコネサクラ館。昨夜はエルンスト夫妻も温泉を満喫。温泉がある土地の出身だから見比べた様だけど、満足してくれたみたいだ。
「砂と石で、畑を作るのに適した場所では無いのが残念だ」
合流する2つの川と温泉が湧きだす山に囲まれた三角形の土地。そこにハコネサクラ館含め5軒の温泉宿が並ぶ。そこらへんは川が運んできた砂や石で、耕すには向いていない。
「南の台地の方は、畑に出来るかと思うが、どうじゃ?」
「エルンストは畑向きか見ても分からないでしょうから、私とハンスで調べて来るわ」
南側の川を渡った先は、傾斜がある台地になっている。リアル日本で言う所の、旧東海道沿いに温泉宿が立ち並ぶエリア。南の川を渡った先で台地へ登って行くマルレーネとハンスを見送り、こちらはこちらの仕事を進める。
「屋敷の場所はどこにするのじゃ? 宿の裏の山はどうじゃ?」
「ちょっと険しくて、私達には辛いです」
「山城を築くわけじゃないんだから、下の方が良いよ」
高さ1000mの見上げるような傾斜の山だから、守りに適した城を築くなら良いかもしれないけど、日常生活にはとっても不向きだ。特に水くみ。
「町より一段高いところで適地があれば良いのだが」
「なら、東側の川沿いに良い場所があるよ」
僕が案内する場所は、箱根湯本駅の川を挟んだ向かい側。某有名ホテルが立って居る筈の場所が、丘と川に挟まれた平らな土地になっている。向かい側の箱根湯本駅があるべき場所よりはかなり高く、そして裏は高さ200mくらいの丘。その丘にも櫓を立てれば、この谷一帯を見渡せる。
「川に橋を架けると、オダワラから温泉街に行く者からであれば、橋の向こうに門を見上げるわけだ。良い立地だ」
その後他の候補も 見て回る。温泉街に西、裏に滝がある場所も気に入って迷った様だけど、やはり先の場所の方が良いという事になった。
熱海に運んだ屋敷は、再度箱根に移築する。その屋敷だけでは夫妻の居住スペースにしかならないので、まわりに政庁としての機能を持つ建物を配置する予定だ。
「ところで、水と温泉を引くことは出来ないだろうか?」
「それが出来ると素晴らしいですわね」
目の前に川があるけど、標高差60m。水汲みは重労働になってしまう。
「だったら、畑の方と兼ねて、水路を作りましょう。ここの沢から、こっちへ水路を……」
畑になるか見に行ったマルレーネが、地図に線を引く。僕の部屋から繋いだネットを介して、この辺りの詳しい地形図をダウンロードしてあったので、等高線に沿って川の水を引く流路を設計する。畑予定地の西の端は沢があり、その流れを台地に引いてそのまま畑を潤し、そのまま屋敷にも繋げてしまおうと言う算段だ。
「沢が枯れたら困るが、良いのか?」
「畑に水が無く民が困っている時、領主も苦しみを分かち合う。それで良いだろう」
折角の美談だけど、きっと水不足になったら魔法で水を出すと思うけどね。
計画から1か月。屋敷の再移築は完了し、周りに建物を建て始めた。家臣のための家は屋敷から一段下がった所に建てる様だ。ここの地形はとっても都合よく出来ている。家臣と言っても、熱海から派遣されてくる人が20人程。中小企業って感じだ。マルレーネとハンスも一応家臣と言う扱いだけど、ちょっと特別扱いなのか屋敷に一番近い所に2棟並んで家を建てている。
「2人には、何かあった際はすぐ駆け付けてもらいたいからな。俺とマリーの風呂まででも付いてこれる、一番近い護衛だからな」
土魔法による水路を作りは、イーリスさんも応援にやって来て、マルレーネと2人で頑張っている。ギードさんとハンスがそれをサポートしてる。ギードさんが一番農作業の事を知っているので、3人はギードさんの指揮の元で開墾に勤しんでいる。
「ほら、起きて。みんな仕事に行ったよ」
「我らは見守るだけで良いじゃろうに」
僕とハコネは、もう1つ開拓地を作る準備をしている。南の川を延々と遡り、峠を越えて芦ノ湖へ。中の人が美咲であるチャチャに遭遇した場所、芦ノ湖に面した場所だ。
話は数日前に遡る。
「ミシマは魔族と人族が交易する事を始めたわけだが、ハコネにも魔族を呼べるだろうか」
エルンストは、三島で彼が取りまとめた和約を、ハコネにも適用することを考えている。人に和約を押し付けておいて、自分はそれをやらないという事に責任を感じてしまうらしい。あと打算として、文化や技術の面で協力を得たいのだとか。あと料理。
「ここはオダワラにも近いので、難しいのではありませんか?」
小田原は依然と変わりないルールで動いている。だから、小田原から来る客は、魔族を見たらいざこざを起こす恐れがあるのだ。
「アシガラ辺境伯も和議に理解を示してはいるが、その先の諸侯は全然だからな。彼らがハコネにも来るとすれば、時期尚早か」
彼らは受け入れてはいるが、熱海の人達でさえ抵抗がある人も多いそうだから、領主がルールを決めた所で社会はすぐに変わらない。少しずつ馴染ませていかないと、困った事が起きてしまうかもしれない。
「領内に彼らも住める町を作るのはどうでしょう?」
「町をもう一つか?」
「彼らは私達よりも高い場所、寒い場所でも暮らしていけます。それなら、領内に住み分けできる場所があるのではないでしょうか」
あ、そういう事なら…… 地図を取り出して開く。
「領内に、良い場所がありますよ」
「人族ではここは開拓できぬ。この標高では、奴らはすぐに息切れじゃろうからな」
開拓地は、芦ノ湖の南岸。標高5倍の芦ノ湖は、標高3600mもあり、富士山の上でおにぎりなんて食べるどころじゃない。高山病で。ましてや、体力を使う開墾なんて出来たものではない。そんな環境で生まれ育った人なら可能かもしれないけど。
そこで、魔族から住民を募って、開墾して貰おうなんて話が出て来た。果たしてそんな都合よく来てくれるのかと三島にスカウトに行ったら、興味を示したのが1家族。さらに増えたらと、カレーを食べたあの店に募集のチラシを掲示して貰った。開拓地に1家族じゃ辛いだろうから、もう何軒か集まったら入植開始することにして、僕らはその準備として現場を調べて居る所だ。
「水は目の前から得られるから良し。燃料となる木が少ないから、伐りつくしてしまわない様にしてもらわないと」
「畑では芋を育てるそうじゃが、どう栽培するのか知らぬからな。畑は、一緒に作った方が良いじゃろう」
僕らがする事は、箱根湯本からの道と三島からの道をここまで繋ぐこと。箱根湯本からは60km、三島からは80kmとどちらもかなりの距離で、一般人の足では野営が必要になる。そこで土魔法で足元を固めて行く事、目印や野営場所の設置を進めて行く。
野営場所向きの水が得られる場所を見付けて、石で固めた小屋を作る。それを数か所。それらを繋いで、街道にする。
「峠越えは、人族には無理じゃろうな」
「風魔法で酸素補給って手もあるそうだから、出来る人も居るかもよ」
「まあ我は、カレーの材料が届いてくれたら、それで良いのじゃ」
ハコネのやる気は、結局食べ物で釣って保たれているのだった。




