4-8 大半島戦争 厄介
「お主、その歳で良くそこまで…… いや、女神の願い事か?」
「はい」
「強くなることを望んだのか。まあ妥当なところじゃな」
それにしても、レベル100って、ハコネと1しか違わない。
種族の特性もあるみたいだから、互角以上かもしれない。
「その強さなのに、なぜ勝負には出なかった?」
「1対1ならともかく、あの状況でやっては、結果は同じでしたでしょうから」
全体をまとめる東の公方が個人の能力で負けるのはよろしくない。でも1対1なら勝算があった?
「ほう、1対1ならば、我にも勝てると?」
「かもしれません」
ほう、結構強気だ。というか、なんかハコネに対して対抗心を燃やしてる様な。
「とは言え、私は勝手な事はするべからざる身。その勝負は、またいずれ」
「そうか。いつでも受けて立つぞ」
勝手な事をしたら困るのはハコネもなんだけどね。折角の和議がぶち壊しになっても困るし。
そして翌日、屋敷引き渡しの日。
「東国管領足利政綱、和議に従いこの地を引き渡す」
「アタミ伯代理エルンスト・フォン・アタミ、受け取った。和議の項目は、守られると約束する」
和議の内容をアピールするために、儀式的に目立つことを行った。そして、ミシマ侯爵でなくアタミ伯爵が受け取ると言う点も強調。
東国管領って聞きなれないけど、 足利政綱こと今川美咲の役職名だそうだ。室町幕府とは似てるけどちょっと違う。
「では、参りましょう」
行列が、北の門へ進む。南に戻るのかと思ったら、次の目的地は北だそうだ。
一行を見送って、一息ついたところで、外が騒がしくなった。
「代理様、侯爵の使いと名乗る者が、面会を求めております」
「もう来たのか、早いな。ミシマを返せって?」
「内容は聞いておりません」
どうする? という風にこちらを見る。政治的な駆け引きは、僕らよりエルンストの方が得意だろうから、意見はしない。
「会おう。通してくれ」
「はい」
「じゃあ僕らは他の部屋に」
「そのまま居て欲しい。この町の奪還はサクラとハコネの力の因るもの。その2人が一緒に居る事が、支えになる」
まあそういう事なら、居ても良いか。面会に立ち会うのは、僕とハコネ、そしてマリーさん。その人選すら政治的な駆け引きか。さすが貴族の家の子。
「私はカキタ準男爵位を預かる、ネヴィル。侯爵様の使いとして参った」
「アタミ伯代理アタミ伯代理エルンスト・フォン・アタミだ。用件を承ろう」
現れたのは、口髭の紳士。良い人そうでは……ないな。
「単刀直入に申し上げる。ミシマをお返し願いたい」
「この件は父の意向で判断する。とは言え、無条件とは行かない」
「と言いますと?」
さて、和議の条件を飲ませないといけないから、ここからが重要なところ。
「今回は奪還であり、和議でもある。その条件を引き継がれることが、1つ」
「どの様な条件で?」
「魔族に対する、ミシマの通行と商売の自由」
「それは難しいかと存じます」
まずはそう言うよね。元通りの三島を取り戻したいのだろうし。
「これが守られないなら、私がそのまま治める事になる」
「お返しいただけないと?」
「和議の条件を守るなら返す、守らないなら返さない。それだけだ」
「では、持ち帰り侯爵様にお伝えします」
準男爵は大人しく帰った。帰るや否や、マリーさんが準男爵の人となりを教えてくれる。
「あの人は、そのまま伝えないと思います。自分の手柄をでっちあげるタイプの人です。もっと難しい条件を出したと伝えて、自分が交渉してここまで引き下げた、とか言いそうです」
「マリー、あの人嫌いかい?」
「好きじゃありません。ですが、ミシマの家は、あんな人だらけです」
なんかその話を聞くと、侯爵に返さない方が良いんじゃないかって気がしてきた。でもそれは無理なんだろうな。この町の統治機構をエルンストの元に1から作り上げるなんて出来ない。アタミ伯領よりも広いのは、さすがの侯爵領。そこを治めるための人材を、熱海から連れて来てはアタミ伯が困る。
「また、約束を守るかも分かりません。私達が離れたら好機と元通りにしようとするでしょう」
「約束を守らせ続ける方法か。何か、約束を守らなかった場合に、罰が下る仕組みを……」
「そういう事なら、私が引き受けましょう」
いきなり現れた、ミシマさん。そうそう、この人を使えば良いじゃない。僕らが逆らえなかったくらいの実力者なんだし。
「もし約束が守られない時は、水源を枯らします」
「水源?」
「ここミシマ周辺は湧水が豊富で、それがこの町を支えています。それを止めてしまいます」
この町は大きな川沿いに出来なわけじゃなく、地下水が湧き出る場所に町が出来ている。その水を止められるってのは、この町にとっては破滅に等しい。
「ちょっと警告くらいの場合は、濁らせるとか色を変えるとか、色々出来るわ」
「不信心者への警告でもやっておったのか?」
「町の人が困るからやってないけど、今回のは新しい住人のためだから」
ミシマさんの中では魔族も守るべき民になってる。この件はこの女神が適任だね。
口出しはしないけど、意思表示としてミシマさんの話に頷く。
「でも、父が侯爵として願えば、水を止めることも出来なくなってしまうのでは?」
「それは、侯爵が最初に私の前で誓いを立てたらいいの。上書きは誓いの見届け人も同意しないと出来ない様に出来るわ」
それは都合が良い仕組みだ。
「もしも、ですけど、その見届け人が居なくなってしまったら?」
「邪魔者となれば、何があるか分からないな」
マリーさんの懸念、それはエルンストに危害が及ぶ可能性。
「そうね、じゃあ見届け人は個人でなく、アタミ伯が指名した人物としましょう」
なんかそれ、侯爵はアタミ伯に頭上がらなくなりそう。でも町を取り返したのは名目上アタミ伯だし、それも妥当か。
「約束とこの決まりを石板に刻んだものを、聖堂に置きます。明日には出来てると思うから、侯爵が帰って来るのはそれ以降にしてね」
そう言い残すと、ミシマさんは消えた。僕らのようにドアを出す必要さえないとか、もっと便利な魔法を持ってるみたいだ。
「さて、これで何とかなりそうだし、今日はここまで。明日には侯爵の使いか本人が来て、もしかしたらすぐにこの屋敷を引き渡すかもしれないから、今日のうちに色々見ておこう」
ーーー
一方、その頃。
「閣下、戻りました」
「いかがであった?」
「若造は、アタミの下でミシマを治めろと」
「なんだと」
三島の西、歩いて半日のところまで侯爵一行は辿り着いていた。
「そこを私が交渉いたしまして」
「閣下、その様な無礼を言う相手に、交渉するまでもありません。連中が魔族を惑わせて町を取り戻したとの話だ。町にはファイアボールの1つも飛んでいないと聞く。魔族が居ないのなら、我らが何とでもする」
威勢がいいのは、騎士団長。ただし、彼も魔族が来たら戦わずに逃げた、口だけ騎士団長。戦わずに逃げた事による汚名を返上すべく、あえて戦いに持ち込んで挽回しようと画策する。
「マリー様も取り戻しましょう」
変な方に拗れそうになりつつ、夜がやってくる。




